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レード山林地帯開拓編
第46話 利権争い
しおりを挟む「ご安心を。人員の推薦はお任せください」
彼から手紙で招待を受けた俺は、王都のワーカー農官候の屋敷に訪れていた。
応接間に通されて、待っていた彼と簡単な挨拶の後に本題を話し始めた。
レード山林地帯の開拓したいので人手紹介お願いしますと。
森を拓く労働者にそれをまとめ上げる隊長に、人材が不足しすぎている。
フォルン領で募集しようにも限度があるし。
「こちらとしましても、面倒を見ている貴族たちに仕事を振れますから」
レスタンブルク国において、貴族はみんな金持ちで楽に生活できるというわけではない。
下級貴族と呼ばれる階級――騎士や準男爵は大きな勲功をあげた当代限りで世襲なし。
世襲できる男爵や子爵も、爵位を継げるのは長男だけである。なら長男以外はどうなるのか……。
簡単である。だいたいは平民に落ちる。次男は長男に何かあった時のために家に残れるが……。
三男以下はそれすら無理。つまり自分の食い扶持は自分で得るしかない。
それ故に三男以下の者は、コネを活用して少しでもよい仕事にありつこうと努力するのだ。
……次男までで子供産むの止めればいいのに。
「私も面倒を見ている貴族から、陳情が多く来てましてね。是非、レード山林地帯の開拓に息子を使ってくれと。まだ協力関係になってもいなかったのに」
「随分と手の早いことで……」
「そうでもしないと彼らも生き残れませんから。他の大貴族も同じような状況だと思います。私はアトラス子爵と知り合えていて幸運でした」
苦笑するワーカー農官候を見て、俺は貴族たちを甘く見ていたことを知った。
まだ俺はレード山林地帯の開拓を開始すると、公的に宣言したわけではない。
開始宣言したら他の貴族たちや商人も動いてくれるかなくらいの認識だった。
餌を撒いたら集まってくるコイではなく、人が見えた時点で餌待ちで集まってくるコイだった。
あいつらすごいよな……。
「それと新たに新種の作物の栽培はどうですか? 香辛料になるものを育ててると聞きましたが」
「ははは」
俺は誤魔化すように笑うことにした。こっそりコショウとか育てようとしてるのバレてるし……。
またカーマかラークが王に伝えたのだろうか。彼女らがいるとフォルン領の情報が王都に筒抜けである。
改めて恐ろしく太い王家とのパイプが繋がってるな……。
「香辛料が得られるなら、レスタンブルク国は更に発展します。国のためによろしくお願いしますよ」
「ははは」
もはや愛想笑いで返すことしかできない。フォルン領のものは国のもの、みたいにされてはたまらないな。
ここは帰ったらカーマとラークにガツンと言おう。勝手に王家に情報を漏らすなと。
アイスとケーキなしにすると脅せば言うこと聞くだろう。
ワーカー農官候は紅茶の入ったカップを手に取り、その香りを楽しみだした。
「ところで実は私の娘の結婚相手を探していまして。フォルン領の有力者でどなたか、いかがでしょうか?」
「…………結婚できる者が一人もいません」
「……そ、そうですか。え、縁故関係の厄介な縛りがないのはまあ……利点かもですね……」
ワーカー農官候は持っていたカップを少し震わせて、乾いた笑いを浮かべた。
フォルン領に若手なんていないのだ。領地の有力者を紹介しよう。
還暦のセバスチャン! おっさんのセンダイ! 変人セサル! 以上!
改めて見ても酷いラインナップである。将来性が微塵も感じられない。
セバスチャンにいたっては本来なら引退してるべき年齢である。センダイはまだ結婚できそうだが、以前に軽く聞いてみたら独身バンザイと言っていた。
セサルは論外である。あんな奴の妻とか、並みの人間の精神力では耐えられまい。
メンタルお化けを用意しないとすぐ離婚するだけである。そも本人も婚姻望んでなさそうだし。
「そうなると……アトラス子爵はまだカーマ様とクーラ様しか妻がいませんよね? 私の娘はいかがですか?」
「いえいえ。あの二人だけで……下手に妻を増やせば、王家からの覚えも悪くなりますし」
カーマとラークだけでも手に余るのに、更に妻など冗談ではない!
そもそも二人でも十分に多い! 貴族なら妻を五人は娶れがこの国の常識だが俺は無理だ。
「王家としてはむしろ妻を増やせと思ってますよ」
「えっ」
「今から三十年後、フォルン領の領地や権利は恐ろしく拡大しています。その時に貴方の血を受け継ぐ子が少ないと、権利の奪い合いで間違いなく国が荒れますし」
三十年後のことなど考えたこともなかった……俺は今を生きるので精いっぱいだし。
……まあ何とかなるだろ。ちゃんと代官を指名して、管理者を決めておけば。
最悪、養子をとるなどの手段もあるだろうし。……そもそもカーマとラークとすら、子供を作る発想がなかったのは内緒である。
「そういうわけで私の娘は」
「おっと時間だ! 我が妻を待たせていますので!」
これ以上追い詰められる前に、戦略的撤退を敢行することにした。
急いで椅子から立ち上がり、逃げるように応接間から出ようとすると。
「人材は後でフォルン領に向かわせますのでよろしくお願いしますね」
「ありがとうございます」
「それで私の娘を」
俺は急いでその場を逃げ出した。関係ない話題で呼び止めて、話の続きをしようとするか。
ワーカー農官候、油断も隙も無い御仁である。
屋敷の前で待たせていた馬車に乗り込み、王城で待つラークの元へと向かう。
「ラーク、待たせたな!」
「むしろ早い」
「気のせいだ! フォルン領に帰るぞ!」
ワーカー農官候から逃げてきたのがバレる前に、ラークに転移してもらってフォルン領へ戻った。
屋敷の庭に転移すると何やら外が騒がしい。大勢の叫び声が聞こえる。
「何だ!? とうとうフォルン領の貧困に耐えれなくなった領民の暴動か!? やめろ! 俺は悪くない! この領地が救いようがないのが悪いんだ!?」
「それはない」
ラークの言葉に俺は冷静さを取り戻した。確かに一年前ならいざ知らず、今は領民たちはよい暮らしをしているはず。
フォルン領が救いようのない土地という認識が、なかなか頭からこびりついて離れないだけで。
暴動が起きるほど酷い政治をしていないはずだ。だとすればこの騒ぎはなんなのか。
「……考えてもしかたないか。見に行くぞ」
「うん」
ラークを連れて騒ぎの元を見に行くことにした。彼女がいれば一般人の群れなど怖くない、いざとなったら魔法で殲滅できる。
俺が屋敷の門にたどり着くと、明らかに平民ではない上等な服を着た者たちが詰め寄っていた。
その者達が屋敷になだれ込むのを防ぐように、セバスチャンが斧を片手に門の前に立ちふさがっている状況だ。
「我が名はロン男爵! アトラス子爵にお目通りを!」
「どけい! 平民風情が私の邪魔をするなっ!」
「私はアトラス子爵の親戚の者!」
「黙りなさい! このセバスチャンの髪が白いうちは、部外者立ち入り禁止ですぞ! これより先に行くなら、この斧を受けてみるですぞ!」
「「「うっ……」」」
セバスチャンが斧を素振りしだして、その迫力に貴族たちは後ずさる。
流石はセバスチャンである。奴らも感じたのだろう、このまま押しとおろうとすれば殺られると。
セバスチャンならば殺る。主君の寝ているベッドにすら斧を振るう男だ。
しかしこの騒ぎはあれだな。宝くじを当てたら親戚が増えるとか、募金を募られるとかの類だな。
関わっても百害あって一利あるかないかだ。下手に俺が出たら騒ぎを燃え上がらせることにもなりかねん。
「…………ケーキ食べるか」
「うん」
セバスチャンに全てを押し付けて、屋敷でお茶でもすることにした。
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