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ベフォメット争乱編
第75話 エフィルン再来①
しおりを挟むラークとカーマの決闘の翌日。俺は屋敷の執務室で報告書を確認していた。
盗賊の襲撃被害はフォルン領へべれけ防衛隊の活躍によってゼロだった。
捕縛した盗賊たちは無駄飯喰らわせたくないからさっさと王都に連行した。
ちなみにフォルン領とは別の領を根城にしていた盗賊団で、何者かの依頼で俺達を襲撃したらしい。
何者かは盗賊団の口からは聞けなかったが、十中八九ベフォメットだからこれでひとまずこの件は解決だ。
だが……以前の主要メンバーが不在時のテンサイ盗難事件。今回のカーマとラークの魔力切れをつく襲撃。
俺達の領内の動きに対してクリティカルな攻撃が繰り返されている。
間違いなくやっているのはベフォメットだが、かなり厄介というかここまで弱みをつけこまれると気持ち悪い。
領内に内通者がいるのはわかっている。フォルン領は急激に人口を増やしたのだから、紛れ込んでいないわけがない。
だがそれは領民の中にという前提だ。ここまでクリティカルな攻撃を領民に紛れ込ませた内通者程度の情報で行えるか?
「……主要メンバーの中に内通者がいるのだろうか。いやないな」
仮に誰か裏切っていたらテンサイが強奪されているか、盗賊襲撃で被害が出ていただろう。
主要メンバーの誰かが裏切って足を引っ張ったら、その時点で目に見える形で明らかになるはずだ。
主要メンバーは全員が高い能力を持っているだけに、裏切られればかなりの被害が出てしまう。
そうなると純粋にこちらの行動に合わせて超迅速に最適な攻撃を仕掛けてきている。もしくは……俺達がベフォメットに都合よく動かされているかだ。
今まで行われなかった剣術大会。急に生えてきたラークとカーマのどちらが強いかの噂。
どちらもある程度は意図的に起こせる話だ。剣術大会はレスタンブルク国の他貴族に働きかければ開催できそう。
ラークとカーマの噂はもっと簡単だ。紛れ込ませた領民に噂させるだけでよい。
「……たかが一領地相手に国がここまでするなよ」
「ベフォメットからしたらここが最も警戒すべき場所だからね。ボクに姉さまにあなた、戦争時に大局を動かせる者が三人いるんだから」
カーマが椅子に座って機嫌よくカップアイスを食べている。
彼女にとってこの執務室は休憩所でありアイス補給所である。ここはサボり部屋じゃないぞ!
「あなたも絵本読んでるじゃない」
「あれはサボりじゃないから。イマジネーションを拡大して、知見を広げるために重要な業務であって……」
ごまかそうとするがカーマがジト目で見てくる。難しそうな言葉を羅列しても無理だった。
ちなみに決闘で負けたほうが手料理を作る約束だが、引き分けだったのでカーマとラークで一緒に料理を作ってもらった。
結論から言うと調理室が爆発した。君ら混ぜたらダメなんだね、酸素と水素化合させたら爆発するみたいなアレなんだね。
あの時のカーマが漏らした「お肉焼くより人を焼く方が簡単……」という言葉は今なお忘れられない。
一人ずつ料理させたらかろうじて爆発は起きなかった。
ボヤ騒ぎや屋敷の床凍結注意報は出てしまった上に、作られた料理はカーマは炭、ラークはアイスと言い張った冷凍肉だったが。
とりあえず二人に調理室立ち入り禁止令を出しておいた。下手に料理の練習されると死人が出かねん。
「やれやれ……何で一領地が他国と戦わねばならんのだ。もっと元バフォール領に頑張ってもらって、ベフォメットの侵攻を防いでもらわなければ……」
俺が報告書を見ながら愚痴をもらしたが特に返事がない。
少し寂しかったのでカーマたちの様子を見ると、二人とも真剣な表情で執務室の東の壁を見ていた。
西の壁だと聖書《エロ本》部屋の隠し扉があったが北に心当たりはない。
「どうした? そっちの壁には何もないはずだが……」
「……姉さま、あの魔力って」
「……エフィルン」
二人は顔を見合わせて頷くと俺に視線を向けてきた。
「エフィルンがフォルン領北に現れたよ。どうする?」
「…………なんで?」
本当に何でエフィルンがやって来ているのか。彼女は単騎でベフォメット全軍に匹敵するとかいう化け物。
ラークとカーマの二人がかりでも勝てるか微妙と聞いている。そんなのがどうしてやって来るんだよ! 来るなよ!
「……どうするも何も。行って話を聞いてみるしかないだろ」
ここがバフォール領なら後は知らんと速攻逃げ出すところだが、フォルン領に現れたとなってはそうはいかない。
被害が発生しないうちに何の用か話を聞いてみる必要がある。
流石に攻めてきたということはないと思いたい。それなら軍隊引き連れての進軍だろうし。
ラークの転移ですぐにエフィルンが出現したらしき場所に向かうと。
「マシュマロ欲しい」
「ま、マシュマロ……? なんだいそれは?」
「マシュマロ」
街道を馬車で移動している行商人に、マシュマロを要求するエフィルンの姿があった。
……フォルン領ならマシュマロが買えると思ったのだろうか。
「エフィルン。マシュマロは売ってないぞ」
「あ、マシュマロの人」
「誰がマシュマロの人だ」
エフィルンが俺達を見つけて駆け寄ってくる。……何となくだが以前よりも元気がよい気がする。
以前は死んだ魚のような目だったが、今は死ぬ直前の魚の目をしている。
「今日は何の用だ」
「王子からの命令。遊んで来いって。それと以前のマシュマロを更に二倍もらってこいって」
「…………マシュマロを樽6つ分欲しいと?」
エフィルンは首を縦に振った。
……マシュマロをそんなに大量に用意してどうするのだろう。まさか彼女がひとりで食べるわけでもあるまいし。
ベフォメットの貴族内でマシュマロが流行ったのだろうか。
貴族のパーティーで大量のマシュマロを食べ合う……女子会かな。
「まあいいけど。用事がそれだけなら……」
「今日は帰るなって言われてる」
「またか」
またエフィルンを1泊させる必要があるらしい。
フォルン領内に入れるのは危険な気もするが……意見を求めるつもりでカーマたちに視線を向けると。
「まだ目の付くところにいたほうがマシじゃない? このまま領内に滞在されるなら」
「同感」
二人から反対意見もないので諦めて、俺の屋敷に案内することにした。
ラークの魔力節約のためにヘリを購入して、エフィルンにも乗り込むように言うと。
「ゴーレム?」
「そうだ。俺特製の空飛ぶ鉄のゴーレムだ。早く乗ってくれ」
俺が運転席から返事をして乗り込むのを促す。だがエフィルンはヘリのまじまじと観察して首をかしげる。
「……本当にゴーレム?」
「ゴーレムだ。これはゴーレムだ。どこがゴーレム以外に見える? 動く鉄の塊なんぞゴーレムだろう。ゴーレムだ」
相変わらず勘のよい……ひたすらゴーレムと連呼してごまかしておいた。
エフィルンもようやくヘリに乗ってくれたので、屋敷までゆっくりとフライトした。
そして屋敷の目の前に着陸する。こないだのテンサイ盗難事件の時もだが、実は俺はヘリが着陸できるようになった。
毎回スカイダイビングは危険極まりないので頑張って練習したのだ。
そして屋敷の中に入って応接間にエフィルンを案内し、みんなを椅子に座らせる。さてここからどうするか。
……そういえばセサル変人がエフィルンに会いたいと言っていたが……果たして会わせてよいものか。
でもあいつのお願いって初めて聞いたんだよな。いつも他人のお願いは聞くが自分は言わない奴だ。
「……仕方ない。ラーク、セサル変人を呼んできてくれ」
ラークはうなずくと執務室から出て行った。あの変人を見せるのは少し怖くはあるが。
いやよく考えたら事前に確認しておくべきだな。セサルの話す人物像とこのエフィルンは全く同じだ。
ベフォメットの魔法使いで、髪の色も名前も同じだから確実にセサルの妹のはずだが万が一もある。
「セサルという者を知っているか?」
「知らない」
エフィルンは無表情のままだ。
万が一あったわ。やべぇ……すでにあの変人呼んでるんだけど。
……あの変人に妹呼ばわりされたらキレられてもおかしくない。変人妹誤解罪とかで。
こんなところで暴れられたら大被害だぞ!? バカな、こんなことでフォルン領がピンチに!?
「……ちょっと急用を思い出し」
「エフィルンがいると聞いて!」
俺がセサルとエフィルンの邂逅を阻止するため動こうとすると、すでにセサルが応接間にたどり着いてしまった!
セサルは必死に走って来たのか息も絶え絶えだが、エフィルンの姿を見て目を輝かせた。
完全に奴はエフィルンのことを妹と勘違いしている。
くっ! まだだ! 奴の口を塞げばっ!
「エフィルン! かなり成長したね! あの時はぐれて以来、ずっと心配していたんだ!」
俺はその口を止めるために麻酔銃を【異世界ショップ】から購入しようとするが。「対人用は購入したことがないから入店しないとダメ」とミーレの声が頭に響く。
仕方がないので買ったことのある、対ゾウ用大口径麻酔銃を手元に出す。
多少口径は大きいが威力は折り紙つきだ! これでセサルを眠らせれば……!
「……誰?」
エフィルンはセサルに対して首をかしげた。
やはり別人だったようだ。あるいはセサルの妄想上の妹だったようだ。
もうこれ以上喋る必要はないぞセサル。今俺が眠らせてやるっ……この辛い現実からっ!
「何を言うんだ! 私だ! 君の兄のセサルだっ!」
痛々しい勘違い変人の悲痛な叫び。だがその言葉が放たれた瞬間、エフィルンの様子が狂った。
彼女は両手で頭を抱えながら目を大きく見開く。瞳孔が完全に開いていた。
「あに……? なに……それ……しらな……セサル……誰、誰」
今まで出したことのない声で何かを唱え始めるエフィルン。
……これはあれじゃな。魔法が暴走して屋敷が吹き飛ぶ奴じゃな!?
「させるかっ! これで眠れ!」
そんなことをさせてなるものかと麻酔銃をエフィルンに打ち込む。
見事に直撃して彼女は意識を失わなかった。
むしろ正気? を取り戻したようで頭を手でおさえるのをやめると。
「貴方は誰?」
「ば、バカな……」
セサルに無表情のまま質問を投げかけた。変人は床に崩れ落ちた。
……ドラゴンも昏倒させる麻酔銃なんだけど、何で普通に意識あるんですかね……?
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