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ベフォメット争乱編
第79話 面倒ごと
しおりを挟む日が真上に登ったころ、俺は執務室で漫画を読んでイマジネーションを鍛えていた。
サボりではない。繰り返すがサボりではない。
俺は自分の戦闘力を上げるために、特殊能力系漫画を読んで勉強しているのだ。
登場人物たちの面白い能力や戦い方を己の物にするために。
今だって主人公が油を全身に纏って火だるまになる技を繰り出していた。
これを活かせるわけがないだろう馬鹿か。死ぬわ。
そんなわけで漫画の続きを読もうとするとラークが執務室に入って来た。
やれやれ、漫画を読んでるところを見られたのでケーキを渡さねば。
「ベフォメット動いた。バフォール領窮地」
ラークは俺の前に来るとそんなことを言ってくる。
ベフォメットがバフォール領に進軍してきたようだ。
遅かれ早かれ来るとは思っていたが予想よりも遥かに早いな。
「そういえばバフォール領って誰が領主になったんだ?」
バフォール領は元領主のバイコクドンが捕縛され、新しい領主を選ぶと聞いた記憶がある。
新しい領主に頑張ってもらわないとな。バフォール領がベフォメットに占領されると面倒だし。
出来れば有能な領主がいいな。無能は勘弁だ。
「決まってない」
「……無能どころか頭すらないのかよ」
ラークの一言に絶句してしまう。能力以前にトップがいないとは……。
王は何をしているんだ。確かにベフォメットの進軍はかなり早いが、領主くらいは決めておかないとマズイだろう!
「領主にできる人がいなかったんだよ……バフォール領を狙う口だけ無能貴族が多くて……。口を揃えて、優秀であろうが手柄を立ててない人はダメ。私こそが相応しいって……」
カーマがひょっこりと執務室に入って来た。
悲しいくらい内ゲバ極めてるなこの国。無能ほど声が大きいと言うが本当らしい。
「それで決められないまま今に至ると?」
「あはは……大丈夫。ここでベフォメットを迎撃して手柄を立てた人が領主になるから!」
「そうかそうか。ベフォメットを迎撃するために領主が必要なんだが馬鹿か?」
本末転倒感がやば過ぎる。カーマも自覚しているようで渇いた笑みを浮かべている。
この国はもう少し独裁政権になったほうがよいと思う。
独裁政権は悪いことばかりではない。トップが決めたことが即座に実行されるから動きが早いのだ。
逆に議会制はとことん動きが遅くなる。平時ならともかく戦時中は急いては事を仕損じる……違った、兵は神速を尊ぶだ。
「王は何でそんな動き遅いんだよ。俺の時は強権発動したのに」
「…………貴族は名誉とか利益にうるさいから」
カーマが俺から目を逸らしている。まるで俺が貴族ではないかのような発言だ。
……フォルン領、最初は貴族の領地に見られてなかったんだろうなぁ。
遠い目をしているとラークが俺の服を引っ張ってきた。
「来いって」
「誰が」
「父」
どうやら俺は王に呼ばれているようだ。
……どう考えても面倒ごとしか想像できない。本当にありがとうございました。
かくなる上は……俺は座りながらフラッとよろめくと。
「おっと持病の風邪で頭痛が」
「それ持病じゃないでしょ」
カーマに即座に突っ込まれてしまった。
だって行きたくないでござる。絶対また妙な要求されるんだから。
今の気分は厄介上司に呼び出し食らったサラリーマンだ。
「……仕方ない。とりあえず話は聞きに行くか」
そんなわけでラークの転移で王城に向かい、玉座の間で王と面会している。
「これは相談だが……バフォール領主にならんか?」
「嫌です」
俺は王の申し出を脊髄反射で断る。嫌だよ、ベフォメットとの最前線の土地なんて。
しかもあそこの領民わりとクズっぽいの多かったし。俺のことも散々クズって言ってきたし。
人の噂も七十五日と言うので俺のクズ噂は消えてるだろう。だが俺の恨みは一生である。
そもバフォール領はかなり大きいので、フォルン領と地続きとはいえ一緒に治めるなど不可能だ。
しかも繋がってるといっても、間に天外魔境の東レード山林地帯もある。
「ならば臨時でベフォメットとの戦いが落ち着くまではどうだ?」
「デメリットしかないので嫌です」
あまりに酷すぎるだろ。戦わせておいて戦争終わったら土地くれないとか。
「だろうな……すまん、忘れてくれ。バフォール領主に任命できる人間が、其方以外にいなくてな……」
王は椅子に身体を預けると大きくため息をついた。
目にクマができているので寝不足なようだ。かなり苦労しているようだがもっと頑張ってくれ。
「改めてだ。ベフォメットがバフォール領に侵攻を企てている。領主にはならなくてよいが、其方もバフォール領の防衛に加わって欲しい」
知ってた。どうせ呼び出しくらった時点で予想はついている。
俺はこの国最強の魔法使いと認知されているので、何かあったら防衛戦力として計算される。
それ自体は想定の範囲内だ。それ自体は。
「わかりました。何かあればすぐに応援に向かいます。ただし二つ条件があります」
今までも支援ももらえずに国の危機と戦ってきたのだ。
ジャイランドとかバイコクドンを相手取って倒したのに、未だに大した褒美ももらえてない。
……ジャイランドは目覚めたの俺が悪い説もあるから強く言えないけど。
それでも流石にずっとタダ働きは断る。
「……申してみよ」
「1つ目。応援に軍隊は出しません。俺とラークとカーマ、後はまあ……賑やかしで酔っ払いとかくらいで。そして基本的に自分の判断でのみ動きます」
「………よい。よいが酔っ払いはむしろ邪魔ではないか?」
王は困惑しながらも承諾してくれた。うちの酔っ払いそこらの険悪君よりは強いので。
自分の判断で動くのは無能に命令されるのは勘弁だからだ。新バフォール領主に命令されてはたまったものではない。
どうせ無能だしそんな奴の指揮下は勘弁だ。いざとなったらバフォール領見捨ててトンズラするつもりだし。
「2つ目。今回のベフォメット争乱が落ち着いたら、これまでの功績の報酬を渡してください。例えば国宝とか」
「…………それは」
王の隣にいるワーカー農官侯が絶句した。俺も国宝よこせってなかなかアレだとは思う。
そもそもレスタンブルクの国宝が何なのかも知らないのだが。ようは報酬を寄越せと言ってるだけだ。
「…………其方は私の義理の息子だ。少し融通をきかせてくれんか」
「親子間でも金勘定はしっかりすべきかと」
「…………確かに理は通っている。わかった」
王はかなり苦悩した後に絞り出すように返事をした。
あれだ、妻に小遣い絞られてる夫みたいだな。
「具体的な報酬はベフォメットでの活躍も含めて渡す。期待しているので、報酬が超高額にならないようほどほどに大暴れして欲しい」
「活躍して欲しいのか欲しくないのか、どっちなんですかね……」
金策に苦悩する王。まるで三十年ローンに苦しむ夫のようだ。
芋とかテンサイを支援してこれだから悲しい。なんか貧乏領主として親近感が湧いてしまう……。
そして王との謁見は終わったが、面倒ごとは押し付けられてしまった。
……まあベフォメットとの戦いに関しては、カーマとラークを嫁にもらった時から関係者だから仕方ない。
ベフォメットなんぞに渡しはしません! まで言っておいて、何もしませんは流石に無しだ。
このまま領地に戻ってもよかったが、せっかくなので王城の客室でゆっくりすることにした。
カーマとラークは実家だし里帰りみたいなものだ。フォルン領のが里だろは禁句だ。
「ところでこの国の国宝って何だ?」
ソファーに座りこんで、すでにアイスとケーキを食べているカーマとラークに視線を向ける。
彼女らは食べるのをやめると。
「3つあるよ。レスタンブルクの涙、神の落とし物……ごめんね、最後のひとつは知らない。歴代の王にのみ知らされるものだから」
「ふーん……レスタンブルクの涙と神の落とし物はどんなものだ?」
「レスタンブルクの涙は、人の頭ほどの大きさのダイヤだよ。神の落とし物は……なんかよくわからない物」
俺はカーマの言ってることがよく分からない。よくわからないものがよくわからない。
「よくわからないものって……なんか特徴とかないのか」
「本当によくわからないんだよね……なんか箱っぽい? あ、そういえばあなたが出した監視カメラ? とかに形状が似てるかも。名前の理由もよく分からない物だから、神が落とした物だろうって理由だし」
「似てる」
……神の落とし物とは機械の類なのだろうか。何でそんな物があるかは知らないが、だとしたら不要だな。
レスタンブルクの涙はいいな。人の頭ほどの大きさのダイヤなら恐ろしい価値だ。
「よし。活躍したらレスタンブルクの涙をもらって売りさばこう」
「国宝だよ!?」
「国宝だろうが神宝だろうが売れば金だ!」
「国宝売ったらダメだよ!? 絶対ダメだよ!?」
カーマがかなり必死に止めてくる。どうやら本当に売ったらダメなようだ。
売れない巨大なダイヤとか価値ないな!? でかいし重すぎて装飾品にはできないし……。
杖の先端につけて鈍器代わりにしか使えないぞ!?
「持ってるだけで価値があると思うんだけど……」
「使えない物に価値なんてない。なんかすごいパワー秘めてたりしないのかそれ」
「そんなのないよ。ダイヤだし」
「カーマかラークって占いできない? 水晶玉の代わりに巨大なダイヤならなんかご利益ありそう」
「「できない」」
やだ、うちの国宝不要すぎる……。
「不要じゃないよ! 人の頭ほどの大きさのダイヤだよ!?」
「じゃあカーマ、もらったらお前にあげるから身に着けて飾れよ」
「……ごめん。いらないや」
「せやろ」
大は小をかねると言うが限度がある。人の頭の大きさのダイヤなんぞ筋トレグッズだ。
流石はレスタンブルク、国宝が不要なあたり本当にレスタンブルクである。
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