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第十章

クエンチ

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「もっとも、私は二人とも逃がす気はないがな」

 いつから、そこに? いや、聞くまでもない。芽衣ちゃんと口論している間に決まっているが……

「エラ……なぜ攻撃してこない?」

 エラは不敵な笑みを浮かべる。その頬には、非致死性ゴム弾を食らった傷が残っていた。

「すぐに黒焦げにしてやろうと思ったが、君らの口論が面白かったので、しばらく見物させてもらっていた」

 悪趣味な……しかし、攻撃されなくて助かった。

「というのは嘘だ」

 え? 嘘なの……

「騙されないぞ。カイト・キタムラ。いかにも、私の事を忘れて内輪もめをして隙だらけのように見えたが……」

 いや、実際そうだったのですけど……

「おまえが、そんなミスをするはずがない」

 ごめんなさい。していたのです。

「ずる賢いお前の事だ。わざと隙を見せて、私にブラズマボールを撃たせるつもりのようだったが……」

 ずる賢いって……こいつに言われるのは、なんかヤダな。
 しかし、こいつは何を勘違いしているのだ?

「私をあまり馬鹿にするなよ。私とて核施設で、ブラズマボールを使う事の危険性を知らないほど馬鹿ではない」
「え? じゃあ、なんでさっき止めに行った人を殺した?」
「ああ。あいつは、なんか私を馬鹿にしているように見えたので、ムカついたから」

 ひでえ!

「この船に乗る時も、ここでは強力な磁気が作用していてブラズマボールはまっすぐ飛ばないと聞いていた。それにお前は私のプラズマボールの軌道を操る事が出来たな。この部屋で私がプラズマボールを放てば、核廃棄物の貯蔵庫にでもぶつかるような罠でも仕掛けていたのではないのか?」

 はあ? 何を言ってるんだ? この人?

「核廃棄物? なんの事だ?」
「とぼけるな。核施設には核廃棄物が付き物だ。それが漏れるような事になったら、私は助からないが、ロボットスーツを着ているお前たちは助かる。そういう事だな?」

 こいつもしかして? 横で芽衣ちゃんが片手を上げた。

「あの。エラ・アレンスキーさん。ちょっとお聞きして良いですか?」
「なんだ? モリタ・メイ」
「エラ・アレンスキーさんの核に関する知識は、データを取られる前のオリジナルさんの知識ですか?」
「いかにも。私も二十一世紀の地球で生きていたからな」 

 という事は……こいつ思い違いをしている。ここにあるのが核分裂炉だと……
 だが、ここにあるのは核融合炉。核廃棄物などほとんど出ないし、もちろん貯蔵庫なんてない。

「うふふふふふふふ!」

 なんだ!? 芽衣ちゃん、不気味な笑い声なんか上げて……

「よくぞ見破りましたね。エラ・アレンスキーさん。お察しの通り、この施設の核廃棄物貯蔵庫には、強力な電磁石を仕掛けました。この部屋でプラズマボールを放てば、磁力に引き寄せられて貯蔵庫に直撃し、この部屋は一瞬にして死の灰に汚染されます。私達はロボットスーツで守られていますが、あなたは一瞬で死にます」

 おいおい……エラの誤解に付け入る気か……

「やはり、そういう企みか。そんな手には引っかからんぞ」
「ですが、エラ・アレンスキーさん。それが分かったとして、どうするというのです? プラズマボールなしで、私達に勝てるとでも?」

 ハッタリでエラのプラズマボールを封じるとは……芽衣ちゃんを少し見くびっていた。

「あはははは! 勝てるさ。忘れたのか? ナンバー5がカイト・キタムラに勝った時の事を。あの時、私のプラズマボールはまったく、当たらず、カイト・キタムラには至近距離まで肉薄された。私はあの時、死を覚悟したが、次の瞬間、奴のロボットスーツがバラバラになった。最初は何が起きたのが分からなかったが……」

 こいつもあの時、追いつめられていたのか。もっと、余裕なのかと思っていた。

「考えてみれば、当然のことだ。金属でできたロボットスーツが、私に近づけば高周波磁場の餌食になるだけ。ならば、プラズマボールなど使わなくても、お前たちに近づくだけで私はお前たちを倒せる」

 そう言って、エラは僕らに向かって歩き出した。

「来るな!」「来ないで下さい!」

 僕と芽衣ちゃんは、同時にショットガンを連射した。だが、弾はエラの数メートル手前でプラズマ化してエラに届かない。

「無駄! 無駄! 無駄! そんな物は私に通じない」
 
 僕達はジリジリと後退して、核融合炉まで移動する。

「どうした? もう後がないぞ」

 エラはジリジリと近寄ってくる。五メートル以内に近づかれたらアウトだ。

「北村さん」

 芽衣ちゃんがこっそり手招きしている。僕らは核融合炉を背にして横に移動して行った。

「原子炉など背にしても無駄だぞ。私はプラズマボールなど使う気はないからな」

 もう少し……

「さあ、どうしてほしい? なんなら抱きしめてやろうか」

 その時、警報が鳴り響いた。

「なんだ!? 何が起きた」

 エラは自分が何をしてしまったか分からないようだ。
 帝国語でアナウンスが流れる。

『クエンチ警報。クエンチ警報。核融合炉緊急停止』

 今だ!

 僕は拳銃を抜いて、エラの顔面を撃った。
 ゴム弾が高周波磁場を突破して、エラの左目を直撃する。

「ぎゃああああ! 目が! 目が!」
「芽衣ちゃん! 逃げるぞ!」
「はい」

 僕達は裏口から逃げだした。
 爆発が起きたのは、扉を閉めた直後。
 もちろん、核爆発なんかではない。
 核融合反応はすぐに停止したはず。核爆発だったら、扉を閉めたぐらいではどうにもならない。
 爆発を起こしたのは、核融合炉に使われていた超電導物質。
 エラの高周波磁場が核融合炉に触れてしまったために発熱して、超電導物質の一部が常電導状態になってしまった。
 そのために抵抗の無い超伝導物質のコイル内を流れていた電流が発熱して爆発したのだ。

 再び部屋に入ってみると、エラは絶命していた。
 胸に刺さっていた破片が死因の様だ。
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