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第十二章

伝書鳩

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 僕と芽依ちゃんの間に発生している反重力フィールドの中で宙に浮いている状態の兵士に僕は言った。

「一応言っておくが、抵抗はしない方がいいぞ。抵抗すれば、君はここから地面に落ちて死ぬ」
「そんな馬鹿なことをしない」

 ずいぶん高い声だな?

「ロボットスーツを相手に戦っても、勝ち目がないことぐらい知っている」

 え?

 兵士はヘルメットを外した。

 肩の辺りで切り揃えた赤い髪がファサっと現れる。

 声が高いと思ったら、二十歳前後の女か? それもかなりの美女。

「どうだ。そんな無粋なスーツは外して、私といい事をやらないか?」

 はあ? 何言っているんだ? こんなところで……色仕掛けか?

 芽衣ちゃんがショットガンを女に向けた。

 女の顔がサッと引きつる。

 マガジンはゴム弾ではなく実弾になっていた。

「北村さん。この人、殺して良いですか?」
「だあ! ダメダメ! 武装解除した相手を殺しては」

 僕は女の方を向いた。

「君さあ、そんな見え透いた色仕掛けはやめてくれないか。ややっこしくなるから」
「わ……私では魅力がないのか?」
「そうじゃなくて!」

 いやまあ、魅力はあるが……

「普通、分かるだろ! 色仕掛けだって」
「いや、ヤベは馬鹿でスケベだから、この手に引っかかると聞いていたのだが……」

 ヤベ? 矢部の事を知っているのか?

「失礼な人ですね。北村さんを矢部さんのような下品な人と間違えるなんて」

 芽依ちゃんにショットガンを突きつけられて女は慌てた。

「ま……待て! 君達はヤベとコブチではないのか?」
「違います!」
「芽依ちゃん。落ち着いて、落ち着いて。撃っちゃ駄目だから」

 芽依ちゃんが落ち着くのを待ってから僕は女に話しかけた。

「君にはいろいろ聞かなきゃならない事がありそうだな。なぜロボットスーツと、そのパイロットの名前を知っている?」
「私は先日、リトル東京に行って来た。そこでロボットスーツの現物を見ている」

 なんだって?

「その時に聞いたのだ。ロボットスーツのパイロットが二人、帝国へ逃亡したと……君達ではないのか?」

 そうか。こいつら、昨夜のうちに帝国艦隊が逃げ出した事を知らないのだな。

「どうやら、君は根本的に誤解しているようだな。今、ロータスの町に帝国軍がいると思っているのだろう?」
「違うのか?」
「帝国軍は、昨夜のうちに逃げ出した。君達との戦いを避けて……」
「では……君らは何者?」
「僕は北村海斗。こちらは森田芽依。リトル東京の者だ」

 まあ、僕はまだリトル東京に行ったことがないけど……

「リトル東京だと?」
「僕らの他にカルカの人たちもいる」
「なぜだ!? リトル東京もカルカも反帝国勢力だろ。ロータスはずっと帝国に味方してきた」
「ロータスは別に帝国に味方していたわけじゃない。中立を守っていただけだ」
「しかし、奴らは帝国軍に物資を売って儲けていた。許せない悪党だ」

 ううん……こういう人に中立という概念を理解させるのは無理かな?

「我々は帝国に味方するロータスに、鉄槌を下しに向かっていた。なのに、なぜリトル東京がロータスの味方をする?」
「なぜって……犯罪集団が、町を襲おうとしていたら、普通守るだろう」
「犯罪集団だと!? 我々が犯罪集団だと言うのか!?」
「違うのか?」
「違う! 我々は、レムという似非神から、人々を解放するという崇高な目的で集まったのであって……」
「その志はよし。だけど、この武装集団は、君らの崇高な目的を理解して集まって来た者ばかりだと思うのか?」
「う……」
「先ほど、デポーラ・モロゾフという女と、ヴィクトル・アルダーノフという男を捕虜にして聞き出した。こいつら、町へ入ったら略奪をする気満々だったぞ」
「確かに……便乗して悪事を働こうという輩も少しはいるが……」
「少し……?」

 女は少しの間押し黙ってから訂正した。

「か……かなり、いるが……我々はけして犯罪集団ではない。それに、ロータスが、帝国に味方する悪党だというのは事実だ! そんな奴ら、少しぐらい懲らしめてやっても……」
「君は何か勘違いしていないかい?」
「勘違い? なにを……」
「ロータスというのは町の名前だ。そこに人格などない。そして、町にはいろんな人がいる。女や子供やお年寄りも……」
「う……」
「君達があの町に攻め込めば、君達に便乗したゴロツキどもが、町の女性を陵辱し、子供を奴隷にして、血に飢えた連中が見境なく人を殺しまくる。君はそうなってもいいの?」
「そ……そんな事は……そんな事はさせない」
「どうやって?」
「どやってって……」
「ゴロツキどもが暴れるのを止められるの?」
「と……止める」
「無理だね」
「なぜ、無理と決めつける!?」
「では、どうやって君達は、彼らの略奪行為を止めるつもりだ?」
「それは……」
「まさか、レイラ・ソコロフが『乱暴はおやめなさい』と言えば、奴らがやめるとでも思っているのか」
「そ……それは……」
「とにかく、僕らとしては犯罪集団を町に入れるわけにはいかない。さっきも言ったが、僕らはリトル東京の者だ。その気になれば、悪魔のハンマーで君らを殲滅することも可能だが、曲がりなりにも反帝国勢力である君達にそんな事はしたくない。だから、撤退してくれないか」
「全軍撤退命令を出す権限は私にはない」
「では、レイラ・ソコロフに会わせてくれ」
「それが、祖母がどこにいるのか分からないのだ」
「祖母?」
「ああ! 自己紹介が遅れたな。私の名はナージャ・ソコロフ。レイラ・ソコロフは私の祖母だ」
「分かった。それで、ナージャ。君のお婆さんはどこにいる?」
「だから、分からない」
「分からないはずないだろう。大砲が進撃の合図だと言うことは知っている。君達が大砲を撃ったという事は、指令を受け取っているはずだ」
「確かに指令は受けた。しかし、指令はあれで送られてきたので……」

 ナージャは下を指さした。

 彼女の指差す先にあったのは鳥籠。その中に一羽の鳥が……

「あ!」

 急に芽衣ちゃんが何かを思い出したかのように叫ぶ。

「北村さん。さっき私達とすれ違った白い鳥、足に通信筒のような物があるのを見ました」

 という事は伝書鳩で司令が送られてきたのか。これでは、居場所は特定できない。

 しかし、レイラ・ソコロフはなぜそこまでして自分の居場所を隠す?

 そう言えば、この鳩と僕達は町の上空ですれ違った。

 ウェアラブルコンピューターの端末に地図を表示した。

「芽衣ちゃん。さっき、僕達が鳥とすれ違った場所って分かるかな?」
「この辺りです」

 芽衣ちゃんが地図の一か所を指差す。

 現在僕達がいる砲兵陣地とその場所を直線でつなぎ、その線を延長するとマオ川にぶつかった。

 そうか! 

「レイラ・ソコロフは川からロータスに乗り付ける気だ」

 僕が叫んだその時、通信機のコール音が鳴った。

 通信相手はミーチャ?

「ミーチャ。何かあったのか?」
『カイトさん。大変です。アレンスキー大尉が港に』

 なに!?

『さっき上流から小舟が五隻やってきて、三十人ほどの人が埠頭に降りてきたのですが、その中にアレンスキー大尉の姿が……』
「そいつらはどっちへ行った?」
『町役場の方へ』

 くそ! 悪い予想が当たってしまった。
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