上 下
109 / 827
第六章

ティータイム

しおりを挟む
 雨が止むのを待って、アンダーは城を出た。
 城から十分離れたところで、切り株に腰を下ろして笛を吹く。
 音は鳴らない。
 人の耳には聞こえない音波を出す笛だからだ。
 犬笛みたいな物。
 ただし、これで呼ぶのは犬ではない。
『さっぱり来ねえな』
 アンダーがもう一度笛を吹こうとしたとき、羽の音がした。
 見上げると、赤いリボンをつけたベジドラゴンの子供が降りてくる。
『子供に用はない。大人を呼んで来い』
『大丈夫、アタシ、人、乗セラレル』
『本当かよ? 謝礼は、酒しかないぞ。お前飲めないだろ』
『オ父サン、オ酒、喜ブ』
『そうかい』
 アンダーはベジドラゴンに跨った。
 
 エシャーが飛び立ったのをPC画面で確認した僕は、席を立ちレインコートを羽織った。
「Pちゃん。ここを頼む」
 僕はミールと一緒にテントを出た。
 外は、やや肌寒い。
 空は相変わらず、どんよりと曇っている。
 雨季は、まだまだ続きそうだ。
 トレーラーの下に、もう一つテントが張ってあった。
 今、その中でキラ・ガルキナがミールの魔法で眠っている。彼女は一見元気そうに見えたが、ミールが見たところ精神に相当のダメージを受けているようだ。
 分身魔法を、何度も暴走させた結果だ。
 ミールが言うには、死んでいてもおかしくなかったらしい。
 ミールは、キラ・ガルキナに三日間安静にしているように命じた。
 本格的な修行は、それからだそうだ。
 
 僕らはトレーラーを降りると、発電機の傍へ行った。
「城はどっちの方向?」
「あっちです」
 ミールの指差す方向に双眼鏡を向けた。
 程なくしてエシャーの姿が見えてくる。
「来た。ミール、テントに隠れて」
「はーい」
 ミールはキラ・ガルキナのテントに入った。
 しばらくして、エシャーが上空に現れる。
 僕はレインコートのフードを被った。
 これで、地球人かナーモ族か、すぐには分からないだろう。
「おい! なんでこんなところで降りる?」
「雨ヤドリ、モウスグ、雨フル」
「お前、そんな事分かるのか?」
 エシャーは、僕の目の前に降りた。
 エシャーに跨っていたアンダーが降りてくる。
「よお、あんた。済まないが、もうすぐ雨が降るそうなんだ。休ませてもらっていいかい?」
「ああ、いくらでもいていいよ」
 ていうか、このまま帰さないけど……

 僕は、アンダーを発電機の傍に案内した。
 そこに置いてあった折り畳みテーブルに、ガーデンパラソルを立てる。
「へえ、便利なものだな」
 アンダーは、感心したように言う。
「雨が通り過ぎるまで、ここでゆっくりしていってくれ。今、茶を入れるよ」
「おお、わりいな」
 丁度その時、雨が降ってきた。
「ベジドラゴンて天気が分かるのか? 初めて知ったぜ」
 いや、君をここへ降ろすためにエシャーに言わせただけだよ。
 本当に降ってくるとは思わなかった。
 ちなみに、エシャーが着けている赤いリボンは、今回の事に協力してくれた事への僕からの報酬。
「お待たせしました」
 Pちゃんが、お茶を運んできた。
「おお! 可愛いメイドじゃねえか」
「ありがとうございます」
 Pちゃんは、テーブルに茶器を並べた。
 ちなみに茶と言っても、地球の茶葉を使っているのではない。
 この惑星にある、茶と似た植物の葉を使っている。
「ん?」
 茶器を見てアンダーが、怪訝な顔をする。

 あ! うっかりしてた……

 ナーモ族の使っている茶碗は、両側に取っ手が着いてるのが普通。
 これは、取っ手のまったくついていない東洋風茶器。
 怪しまれたか?
「これ、ひょっとしてケイトクチンか?」
 え? 今、景徳鎮けいとくちんって言ったような?
 ちなみに、この茶器はPちゃんがプリンターで出したもので、ブランドなどまったく知らない。
 てか、なんでこの男が、地球の磁器ブランドなんか知っているのだ?
 まあ、とにかく怪しまれたわけじゃなかったのか。
「Pちゃん。これは、景徳鎮なのか?」
「いいえ。伊万里いまりです」
 アンダーは、首をひねった。
「イマリというのは聞いたことないな。それも、カルカの物か?」
 カルカ!? それ、ミールが言っていた、帝国に滅ぼされた国……
「さあ? 古物商から手に入れたのでね。どこで作られたものかは知らないんだ」
「そうか。しかし、こんな高価な物使っているって、あんた金持ちなんだな」
 高価なのか?
「親父が、ケイトクチンを持っていたんだ。昔、カルカの商人から買ったとか言ってたな」
 カルカに景徳鎮が? 
 こりゃあ、ますます行って確かめないとな。
「もっとも、今は家にはないけどな」
「割ったのかい?」
「いや。俺が売りとばした。おかげで親父から、勘当されたぜ」
 なるほど。ミールの言う通り、こいつワルだな。 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄。一度、体験してみたかったのですわ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:260

幸子ばあさんの異世界ご飯

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:133

落ちこぼれ[☆1]魔法使いは、今日も無意識にチートを使う

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,996pt お気に入り:25,353

首筋に 歪な、苦い噛み痕

BL / 連載中 24h.ポイント:349pt お気に入り:18

天の御国

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

孤独な王弟は初めての愛を救済の聖者に注がれる

BL / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:687

強面騎士の後悔

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:35

騎士団長が大変です

BL / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:1,100

処理中です...