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第十六章

その前にやっておくこと

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「ミール」

 ミールが待っている曲がり角へ戻った。

「カイトさん、ご無事でしたか。分身体が突然やられたので心配……どうしたのです? その人」

 僕は、ゴンドラ内から担いできた若い男を床に降ろした。

 歳の頃は十代後半ぐらい。

 その顔は、湖で自決させられたキールという青年とそっくりの美形。

「レムのクローンだ。ゴンドラ内で気絶していたのを連れてきた。さっそくで悪いが、こいつの分身体を作ってほしい。こいつが、気絶した原因を確認したい」
「わっかりました」

 横になっている男の胸に木札を置くと、ミールはその横で結跏趺坐けっかふざして呪文を唱えた。

 ほどなくして、男の身体から分身体が起き上がる。

 さっそく分身体に質問してみたが、彼はここ一ヶ月の記憶がなかった。

 では、一ヶ月前まで何をしていたのかというと、神殿で神官見習いをしていたらしい。

 それが、突然レム神から召還されることになり、そこから先の記憶がないのだ。

 おそらくその時点で、身体を疑似人格に乗っ取られたのだろう。

「ううん……あれ? ここはどこだ? あの……あなたたちは誰です?」

 男が目を覚ました。

 事情を聞いてみたが、彼が喋った事は分身体とまったく同じ事。

「カイトさん。これじゃあ、分身体を作った意味がないですね」
「いや、十分に意味があるよ」
「どうしてですか?」
「分身体の中にいるのは、一ヶ月前に眠らされた彼本来の人格だ。本体が分身体と違う事を喋ったとしたら、彼はまだレム神と接続されたままだという事になる」
「なるほど。分身体とまったく同じ事を喋ったという事は、レム神との接続が断たれた証拠と言えるのですね」
「そういう事だ」

 今の僕たちには、プシトロンパルスを観測する手段がない。なので、接続状態を確認するにはこういう方法しかないわけなんだな。

「とにかく、第五層でのレム神の影響はなくなったのは確かですね。ではカイトさん。みんなのところへ戻りましょう」
「ミール。その前にやっておくことがあるんだ」
「おお! そうでした」

 何を勘違いしたのか、ミールは突然僕に抱きついてきた。

「ちょ……! ミール……なにを……」
「なにって、その前にやっておく事に決まっているじゃないですか」
「え? いや……その……」

 ミールはかまわずヘルメットの着脱ボタンを押すと、外れたヘルメットを床にそっと降ろした。

 そして再び抱きついてきて、僕と唇を重ねる。

 いや、『その前にやっておくこと』とは、これではないのだけど……
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