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第十六章

指揮官は辛いよ

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 イリーナのスパイダーはマニュピレーターを失ったので、もう高周波スピアは使えない。

 だが、八本の足が健在なのでスピードは相変わらず速く、芽依ちゃんはその動きに翻弄ほんろうされていた。

 しかし、イリーナのスパイダーも、九九式の装甲を破る攻撃手段がないので、互いに決め手に欠けている。

 一方、橋本晶が芽依ちゃんの方を振り向いたすきを狙って、緑のスパイダーがネットを放ってきた。

 だが……

「甘い!」

 橋本晶は、振り向きもしないで《雷神丸》をふるい、ネットを十の字に切り裂く。

「私が余所よそ見をしている隙を突いたつもりであろう。だが、甘い。目で見ていなくても、心の目でお見通しだ」

 すげえ! 心眼って奴か。

 ところで、心眼なんて持ち合わせていない僕が、仲間の戦いぶりを悠長ゆうちょうに眺めていて大丈夫なのかというと……

 バサ!

 あんまし、大丈夫じゃなかった。

 一瞬の油断から、カルルの放ったネットをまともに被ってしまったのだ。

「どうだ、海斗」
「く!」

 と、悔しそうなふり。離脱しようと思えばいつでもできる。

「もう動けまい」

 こいつ。さっき、芽依ちゃんがどうやって抜け出したか見ていなかったな。

「海斗。指揮官とは辛いものだな。部下の戦いぶりに目を配りながら、自分も戦わなければならない」
「おまえだって、立場は同じだろ」
「確かに。だから、俺もイリーナが気になって自分の戦いに集中できない。しかし、おまえは同時に二人の部下を気にかけなければならない。一人多い分だけ、おまえの方が不利だ」
「ちょっと待て! 一人多いって? あの緑のスパイダーは?」
「あれは、俺の部下ではない」

 え?

「少し前、第六層の通路を通って勝手に押し掛けてきて、俺の部下を引きずり下ろして勝手にスパイダーに乗り込んできた奴だ」

 誰なのだ?

「したがって奴が、橋本晶にやられても俺の知った事ではない。それより海斗、ネットを被せられてはもう動けまい」
「それはどうかな?」
「なに?」

 僕は左腕に到着していたホルスターから、高周波カッターを抜いた。

 カッターを振り回すと、鉄よりも強いパラアラミド繊維が切れていく。

「そのナイフは?」
「これは高周波カッター。パラ系アラミド繊維でも容易に切れる」
「いつの間に、そんな物を用意していた?」
「そっちがスパイダーを出してきたのは確認済み。スパイダーの主な武器は、ネットランチャーだと分かっている。予習復習は完璧さ」
「くそ! こうなったら」

 カルルは橋本晶の方を振り向く。

 彼女と戦っている緑のスパイダーは、ネットの他に鎖鎌くさりがまのような武器も使っていた。

 あれもオプションの一つなのか?

 敵の鎖鎌に対して、橋本晶は脇差しの《風神丸》を抜いて、二刀流で相手をしている。 

「そのあたりで切り上げて下さい。敵陣へ向かいます」

 カルルが敬語を使っている? 何者?

「カルル! わらわに命令するでない」

 あれ? この女の声……

 緑のスパイダーに乗っている人って……

「姫。実は敵陣に、ミーチャ・アリエフ君がいることが判明しました。キラ・ガルキナもそこにいて、今からいけない事を教えようとしています」

 カルルが『姫』って言っているという事は……
 
「ぬわにい! それを先に言わぬか!」

 緑のスパイダーは、橋本晶から大きく距離を取った。

「おぬしとの勝負はお預けじゃ」
「待て! 逃げるか?」
「逃げるのではない。いずれ日を改めて勝負じゃ」

 緑のスパイダーは、八本の足のうち四本を天井に向けた。

 そのまま天井に向かってジャンプ。

 天井に足が着くと、そのままスパイダーの機体は天井からぶら下がった。

 そういえば、スパイダーは天井や壁を走れるってカタログに書いてあったような……

「ミーチャ。待っておれ。わらわが迎えに行くぞ」

 緑のスパイダーは、天井を中央広場に向かって走り去っていく。
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