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第十六章

「つまらない物を切ってしまいました」

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「アクセレレーション」

 だめだ! 九九式の加速機能でも、スパイダーには追いつけない。

 スパイダーの装甲は薄く、ショットガンでもダメージを与えられるはずだが、当たらなければどうにもならない。

 特にカルルの機体は赤いだけあって、他の機体より三倍速いような……いやいや、それはただの気のせいか。

「どうした海斗! 遅いぞ! 遅すぎる」

 調子にのりやがって……いかん! 熱くなるな。冷静に……

 カルル機の動きを目で追って、未来位置にショットガンを向けた。

 その瞬間、緑色の物体がこっちへ向かってくる。

 ネットだ! 

 空中で広がってくるネットを辛うじて避けた。

 さっきから、この繰り返し。

 ショットガンの狙いが定まりそうになると、ネットが襲ってくる。

 しかし、ネットだって無限に放てるわけじゃない。

 いずれ尽きるはず。

 それより、芽依ちゃんの方が心配だ。

 ちらっと視線を向けると、ネットを被せられて動けなくなった九九式に対して、イリーナのスパイダーが高周波スピアを構えていた。

「覚悟はいいかしら? メイ・モリタ」
「よくありません。覚悟を決めるまで、もう少し待っていただけますか」
「待てないわね。でも、大丈夫。覚悟を決める時間なら上げるわ。急所を外してプスプスと身体中を刺して、時間をかけてジワジワと殺して上げるから。死ぬまでの間に覚悟を決めなさい」
「ひええ! 残酷です!」
「ほほほ! そうよ。私は残酷な女よ」
「でも、そんな残酷なセリフを好きな男の人に聞かれたらドン引きされますけど、いいのですか?」
「はあ? 好きな……男? 私が誰を好きだと言うのよ?」
「カルル・エステスさん」

 一瞬、イリーナが押し黙る。

 え? ひょっとして図星だったの?

「な……な……なんで、私がエステス様を好きだと……」
「違うのですか?」
「ち……ち……違うわよ。彼は尊敬する上司だけど、別に男性として好きなわけじゃ……」

 否定しているけどこの反応、間違えなさそうだな。ていうか、カルルって尊敬されているのか?

「だいたい、なんで私が……あ……あんな変な男……」

 おいおい……

「イリーナさん。好きじゃないとしても上司ですよね。いいのですか? 本人のいる前で『変な男』とか言っちゃって」
「え? は! しまった!」

 イリーナは慌てて、カルルの方を振り向く。

「エステス様! 違います! 今言った事は……」
「イリーナ! 戦闘に集中しろ!」
「はい! 申し訳ありません」

 イリーナは、ネットに覆われた芽依ちゃんの方を振り向く。

「あんたのせいで、怒られちゃったじゃないの!」
「責任転嫁しないで下さい。自業自得です」
「ええい! もう許さないわよ!」
「『もう』って、最初から許す気なんかないくせに」
「お黙り!」

 イリーナは再び高周波スピアを構える。

「楽に死ねるとは思わないことね!」

 イリーナは芽依ちゃんに向かって突進。

 しかし……

「ジャンプ!」
「え?」

 動けないはずの芽依ちゃんの九九式が、高々と飛び上がった。

 下に緑色のネットを残して……

「そんな!? どうやってパラアラミド繊維のネットを……」

 芽依ちゃんの手には、高周波カッターが握られていた。

 やはりね。芽依ちゃん、妙に余裕があるように見えたけど、話で時間を稼いでいる間に高周波カッターでネットに切れ目を入れていたのか。

 そして、いつでも逃げ出せる状態にしてから、あえてイリーナを挑発していたのだな。

 イリーナのスパイダーを見ると、床に残っていたネットの残骸に足が引っかかりバランスを崩して倒れそうになっていた。

「おっととと!」

 なんとか、バランスを取り戻したスパイダーの傍らに、芽依ちゃんが降りる。

「えい!」

 涼やかなかけ声とともに、芽依ちゃんはスパイダーに足払いをかけた。

「わわわ! 倒れる!」

 辛うじてバランスを保っていたスパイダーは、見事に転倒。

 倒れたスパイダーに芽依ちゃんは飛びかかり、高周波カッターをふって、スパイダーのマニュピレーターを切断した。

「つまらない物を切ってしまいました」

 少し離れたところで、緑のスパイダーと戦っていた橋本晶が一瞬振り向く。

「森田さん! それ私のセリフ!」
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