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脱走! 脱走! 大脱走!!

*ネフェリット*〈ショコラ〉

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「ミルのアホ! ぼけ! ブス! 年増!」
 あたしの罵声は、虚しく狭い室内に響き渡った。
「縄ほどけぇ! 行かず後家ぇぇ!!」
 ああ! もう、こんな事やってる場合じゃない。
 早くミルを止めないと……て……いくら、もがいても縄が解けるわけないか。
 縄抜けの術ってどうやるんだっけ? たしか、あれは関節を外して……痛そうだな。やだな。でも、なんとかしないと。
 ……何をしたいの?……
「だから、縄を解きたいのよ!」
 ……縄? それって、今、君の動きを拘束している物体?
「当たり前じゃない!! 何言って……」
 ………………………………………?
 え? なに? 今の? 今、人の声が聞こえたような気がしたけど。もしかして、教授? いや、教授とは感じが違ったな。気のせいかな?
 ……気のせいじゃないよ。
「わ!! まただ!! だ……誰よ?どこにいるのよ?」
 あたしは唯一自由になる首を動かして周りを見回したが、狭い室内には誰もいない。
 ……ここにいるよ。
 まただ。でも違う。これは、声じゃない。
 あたしの頭に直接話しかけているんだ。
 ……そだよ。
「『そだよ』って、あんまし、軽ノリで言わないでくれないかなあ。あんた……これって、けっこう凄い事だと思うけど……」
 ……じゃあ、もったいぶって言えば良かった?
「いや……それも、困るけど……て、結局誰なのよ!? あんた! どこにいるのよ」
 ……僕の名はモル。君達の言葉で言うと異星人てところかな。
「異星人!? ……つまり、地球外知的生命体って事?」
 ……そだよ。
 ず……ずいぶんと軽く言ってくれるわね。
「でも、なんであたしのところに?」
 ……だって、君が僕を連れてきたんだよ。
「え!? あたし、そんな覚えないわよ」
 ……ちょっと待って、君の頭から単語を検索するから……分かった。気密ボックスだ。 その中に僕はいる。
「気密ボックス!?」
 真空に触れさせたくない物、あるいは空気に触れさせたくない物を入れておく、宇宙生活の必須アイテムだけど、それならさっから床の上に……でも、その中ある物っていったら……
「ああっ!! あれって、救命カプセルだったの!?」
 ……そう、君が拾ってくれたときは、てっきり助けに来てくれたかと思ったよ。
「ごめん、ごめん。てっきり、遺物かと思っちゃって」
 それにしても、これまでに、人類が遭遇した地球外知的生命体は五~六種類いるけど、そのほとんどは第二太陽系のエルドラド人のように、アヌンナキの時代に地球を離れた人類の子孫ばかり。
 例外は二種類だけ。 ε エリダヌス星系第三惑星の恐竜人と第三太陽系第二惑星〈イーハ・トーブ〉のリスそっくりなネリュート族。
 だが、それらの中に直径三十センチのカプセルに入れるような小さな種族はいなかったはず。と言う事は、彼は……彼女かもしれないけど……はまだ人類の遭遇していない種族。じゃあ、これはあたしがファーストコンタクトしたって事になるじゃない。
 やりー! これであたしも有名人だ。
 未知の異星人とファーストコンタクトを果たした美少女なんて事になったら、マスコミに追い回されるわ。
 これから町を歩くのにサングラスがいるわね。
 あ! うちには変装用具が揃っているから、そんな物いらないか。
 あれ? でも、待って。未知の異星人ということは……
「ひょっとして、侵略にでもいらっしゃったの?」
  ……違うよ。船が遭難して、困ってたんだ。
 いかん、いかん『異星人を見たら侵略者と思え』という考え方は、地球人の悪い癖だわ。「それは、お気の毒に……」
 ……それより、出してくれない。僕のカプセルは呼吸可能な大気を検出すると、自動的に開くようになっている。気密ボックスを開けてくれたら僕は出られるんだ。
「そうして上げたいのは山々だけど、あたしも、この様だし……」
 両手は後ろで縛られ、足首も縛られ完全な芋虫状態。
 まず、これをどうにかしないと……
「ねえモル。あなたカプセルの中にいるのに、どうして外の様子が分かるの?」
 ……僕の肉体はカプセルの中で冷凍睡眠状態になっているんだ。だから、幽体を分離して、外の様子を探っているんだよ。
「ふうん、そっか。ところであなた念力とか使える?」
 ……念力? ああ、それはできない。
「無理か。テレパシーがあるなら、念力もと思ったんだけど。残念。念力で縄を切ってもらえると思ったけど」
 ……そんな事できたら、とっくの昔に自力で外に出てるよ。
「それもそっか。じゃあ、しょうがない。なんとかして気密ボックスを開けないと」
 あたしはベッドの上をズルズルと芋虫のようにはい回った。
 不意に体が軽くなったのは、なんとか体をボックスに向けた時だった。
「わわわ!」
 どうしたんだろう? なんで、重力制御を切ったんだろう?
 まあ、いい。今のうちに……
 再び、重力が戻ったのは、あたしが大きくベッドから乗り出した時だった。
「わ!」
 あたしは顎から気密ボックスの上に落ちる。
 ガン!
「いったーい。なんなのよ? もう」
 ……どうやら、船が動き出したみたいだ。
「そうなの」
 ……大変! キラー衛星が攻撃して来る。
「うっそお!?」
 ……嘘じゃないよ。ほら。
 船体が揺れた。
 ……この船、力場障壁があるから、大丈夫だと思うけど……
「冗談じゃないわ! こんな縛られたまま攻撃されたら」
 あたしは思いっ切り首を延ばした。顎で、ボックスの開閉スイッチを押そうとする。
 うう……今一歩でとどかない。
 ズルズル。ベッドの上をはって前進。カメさんと競争しても負けそうなくらいの速度だが、それでも何とか進んでいる。
 もうちょい、もうちょい。
 と……とどいたあ!!
 プシュー!
 空気の抜けるような音と共に、ボックスが開き始める。
 あたしは芋虫のように後退りした。
 中をのぞき込んで見たい気分もあるけど、ここから出てくるのは未知の異星生物。用心に越した事はない。
 ……あのねえ。もし、僕が凶悪な生物なら、今更、顔をひっ込めても無駄だと思うけど。「そりゃあ、まあそうだけど」
 しばらくして、ボックスの蓋がパカッと開いた。
 と、同時に何かが中から飛び出す。
 何かは放物線を描いてあたしの方へ飛んで来た。
「あわわ!」ベチャ! ゼリーの様なスライムの様なネチャっとした物体があたしの頭に張り付く。「うそつきぃ! やっぱり、凶悪な異星生物じゃないの!!」
 ……驚かしてごめん。それは『メ』と言って何も害はないから安心して。じっとしてればすぐはがれるよ。
「まさか、これで、あたしの体に卵を生み付けているんじゃないでしょうね!?」
 ……僕らは胎生生物だよ。だから卵は生まない。ほら、終わった。『メ』はあたしの頭から離れると、瞬く間に収縮して胡桃ほどの大きさの玉になった。
 カプセルから細長い触手が飛び出し『メ』を回収する。
 カリカリカリ。
 カプセルの中から、咀嚼するような音が聞こえてくる。
「ねえモル」
 それっきり返事はなかった。
 咀嚼音が収まってから待つ事十五分、彼は現れた。
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