怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

文字の大きさ
40 / 60
さらわれたミル

*〈ネフェリット〉*〈ショコラ〉2

しおりを挟む
「なんや? そのヌイグルミ」
「ヌイグルミとは失敬な! 僕は知的生命体だぞ!! それも、君達地球人にとっては、教師とも言うべきアヌンナキ族だ」
 ヌイグルミ呼ばわりされたのが、よっぽど気にいらなかったのか、モルは高飛車に出た。
「ショコラ。なんやそいつ?」
「あのねえ……」
 あたしは、経緯をたっぷり十分かけて説明した。
「つまり、これがアヌンナキだって?」
 タルトは、モルを指先でツンと突っついた。
「失礼な奴だな!! 君は」
「あ! ごめん」
 タルトは慌てて指をひっ込めた。
「なんで、うちらに紹介せんかったんや?」
「じゃあ仮に、あたしがこの子をテーブルの上に置いて『アヌンナキのモル君でぇーす』と言ってみなさい。二人とも、どういうリアクションする?」
「そりゃあ、やっぱり……」
タルトとミルは少し考えてから言った。
「ショコラの額に手を当てて熱を計る」
「とりあえず爆笑する」
「だからあたしも、どうやって紹介するか悩んでたのよ」
 まあ、これで紹介の手間が省けたからよしとするか。 
「紹介が済んだところで、説明してもらえるかい?」
 タルトが言った。
「何を?」
「ワープ機関のせいで時間がおかしくなったって僕が言った時、君が違うって言ったね」
「ああ、その事か。それは簡単だよ。まず、ワープ機関は時間の流れを加速したりはしない。そういう機能なんてないからね」
「そうなの?」
「そうだよ。ワープ航法は、時間圧縮航法とはまるっきり違うんだ。確かに空間を歪曲することにより、時間の流れに多少の影響は出るが、それでもここまでは大きな狂いはない。また、仮にこれが時間圧縮フィールドだとすると、ドップラー効果があるはずだ。ところがこの写真を見る限りそんな様子はない。あるいは写真を撮った時点で、フィールドが解除されていた可能性もある。しかし、それにしてもこの場所でフィールドを発生させるのはあまりにも危険すぎる。下手をすると軌道リングそのものが崩壊しかねない」
「どうして?」
「軌道リングを支えているのは、人工大地の下にある液体金属が流れているパイプだ。この液体金属が、互い違いの方向に高速回転する事によって遠心力を生み出しているわけだけど、このパイプに時間圧縮フィールドがかかったらどうなる?」
「なるほど」
 タルトは納得したがあたしには分からない。
「どうなるの?」
 あたしはタルトに質問した。
「つまりだな。軌道リングの人工大地には、常に木星の重力がかかっているわけだ。だから、それを丁度打ち消すだけの遠心力を、人工大地全体に掛けている。その力は強すぎても弱すぎてもいけない。また、力にばらつきがあってもいけない。常に一定一様でなければ、人工大地が歪むか、下手をすると崩壊する。もし、液体金属を流しているパイプの一部が、時間圧縮フィールドに包まれると、その部分に流れ込む液体金属の量にばらつきが生じる。その結果、その部分が陥没したり隆起したりするわけだ」
「森の中心に岩山があるけど、隆起してできたんじゃない?」
「いや、あの岩山は最初からあったんだ。もともと、軌道リングには地形に起伏を持たせるために、ああいう岩山がかなりあるんだよ」
「というより、衛星〈イオ〉のかけらを砕いて土にするより、岩のまま人工大地の上に定着させた方が、安く上がるっちゅうこっちゃな」
 ミルが付け加えた。
「それに、あの船にはワープ機関はあったけど、時間圧縮フィールドジュネレーターは装備してなかった」
「そうか………え!? ……おい……あの船って……」
タルトがテーブル越しにモルににじり寄った。
「『オフィーリアの船』の事か?」
「そうだよ。君達がそう呼んでいる船の事さ。正式な名前は〈ト・ポロ〉という」
「お前! なんでそんな事、分かるんだ!?」
「だって、僕はあの船に乗ってたんだから」
「なんやて!」「なんだって!」
 その説明は、さっきあたしも聞いた。〈ト・ポロ〉はアヌンナキと交易のある異星人の建造した船だという。
 だからカプセルの文字が、あたしに読めなかったのだ。
 アヌンナキですら使いこなせなかったワープ機関の技術を学ぶため、モルは彼等の星に留学していたのだ。
 留学を終えたモルは、政府の買い取った船〈ト・ポロ〉を操縦して、意気揚々と五連星世界への帰途についた。
 事故が起きたのは、五連星世界を守っている力場障壁を越えようとした時だった。
 ワープアウトの地点をほんの少し間違えたために、船はシールドに激突したのである。その後、モルは脱出ポットで船から逃れ、あの彗星でずっと救援を待っていた。
 船の方は、数千年間漂い続け、やがて天王星の小さな衛星に漂着したらしい。
「つまり……」タルトが、ジト目をモルに向けた。「お前のドジで船が遭難したと」
 ああ! タルトって容赦ない。あたしが思っても言わなかった事を、ズバリと……
「う……ち……違う! 僕が悪いんじゃない! あの事故は僕のせいじゃない。僕だって最初はシールドから、十分離れた位置にワープアウトのするように設定したんだ。ところが、いっしょに乗り合わせた貴族達が、『それでは遅い。シールドギリギリの地点にワープアウトしろ』なんて言い出したんだ」
「それで変更したの?」
「そんな事するもんか!! あいつら、僕が寝てる間に、勝手に装置をいじくったんだ。気が付いた時には手遅れさ」
「ふうん」
タルトはまだ、疑わしそうな目をしていたが、話がそれると思ったのか、それ以上突っ込むのはやめた。
「とにかく、時間の流れがおかしくなったわけじゃないのは分かったけど……」
タルトは森が映っているディスプレーに目を向けた。
「それじゃあ、この森は、この事と関係ないのかな?」
「それは分からない。だけど、君の言った通り、CFCの船がある位置に、こんな怪しげな森があるというのが、ただの偶然とは思えない」
「じゃあ、どう関係があるんだ?」
「データ不足」
「なぜ、潔く分からんと言わん」
「じゃあ君なら分かるのかい?」
「地球人にとっての教師に分からん事が、地球人に分かる分けないだろう」
「いばるな!」
 な……なんか、この二人って、相性悪そう。
 あたしはどっちに味方すればいいんだろう。
「まあ、何にせよ。現地に行って見れば分かるっちゅうこっちゃ」
 ミルはコントローラーを操作して、地図を消した。
 ディスプレーはニュース番組に戻る。
『……地球を訪問中の、第二太陽系のレイピア王女一行は、迎賓館にて……』
「あれ? 〈エル・ドラド〉のお姫様なんて、いつの間に来てたの?」
 ハーブ茶を入れながら、タルトは言った。
「あたしに聞かれても……あたしだって、冷凍睡眠してたから、その間の情報には疎いし……タルト。お姫様に興味でもあるの?」
「まっさか! たださ、今時、王族なんて時代錯誤なもんがいるって事態が意外だから」
 まあ、普段のあたし達の認識では、王族なんてのは、ファンタジーの世界にのみ生息する生き物なのよね。もちろん、現実に王族と称する人達はいるが、それは王族と名があるだけで、実際には権力などない単なる生ける文化財だ。ただし、それは地球人の常識であって〈エル・ドラド〉では、今でも王家が実権を持っている。まあ近々、立憲君主制に移行するって話だけど……
 あたしは、タルトの入れてくれたハーブ茶を口に含んだ。目を戻すと、レイピア王女のアップがディスプレー一杯に映っている。
「ブビュー!」
 思わずあたしが吹き出したハーブ茶は放物線を描き、ミルの顔を直撃する軌道に乗った。ミルは寸前で躱したけど、その代わり背後にいたパイが被害を被る。
「フギャー!」
 パイは慌てて部屋から逃げ出した。
「なんやねん! バッチイ子やな」
 ミルの抗議を無視して、あたしはタルトの方を向いた。
「タ……タルト。あれ見て」
 あ! ヤバ。タルトも口にお茶を含んでいた。
「ブッ!!」
 タルトの吹き出したお茶はそのまま、モルを直撃する。かわいそう。
「うわあ! きたない!!」
「なんやねん! あんたら、行儀悪いで!!」
 ミルもかなり頭にきたみたい。
「ミ……ミル……」「あ……あの人……」
 あたし達は、ディスプレーのレイピア王女を指差した。
「ん?」ミルは、怪訝な顔で、ディスプレーを振り返った。「レイちゃんが、どないしてん?」
 レ……レイちゃんて……あんた、仮にも王族を捕まえて……と、そんな事より……
「あの女よ!」
「〈シャングリラ〉のショッピングセンターで、僕らを襲った奴ですよ」
「レイピア王女が?」
 ミルは首をかしげた。
「顔が似てるだけかもしれないけど……本当にクリソツよ。あの時の女と。ねえタルト」「ああ、間違えない。僕は一度見た人の顔は、まず忘れないからね」
「なるほど、レイピア王女ならありうるな」
「え?」
 ミルの反応には、あたしの方が驚いた。てっきり『そんなアホな』とか『あんたらの見間違いやないか』とかいうと思っていたのに。
「ネメシス事件があった時、〈エル・ドラド〉から大量の宝物が、CFCによって持ち出された事を知っとるか?」
「うん。知ってる」
 持ち出されたと言うより、略奪されたと言った方が正解ね。
 事件の後で〈エル・ドラド〉からは宝物の返還要求が出て、地球連邦では今でも、連邦内に眠るお宝を捜し出しては、〈エル・ドラド〉に返している。
 それでも全体の七割は、まだ行方不明のまま。
 ほとんどはマリネリス連邦に流れたらしい。
「その一方で〈エル・ドラド〉の王室でも、独自に宝物の捜索をやっとる。その捜索活動を取り仕切っているのがレイピア王女や」
「じゃ……じゃあ、〈天使の像〉って元々〈エル・ドラド〉王室の物?」
「それは分からんが、レイピア王女が狙っていたという事はそういう事やろう。それにそうだとしたら、鬼頭のじじいが警察には通報せんと、配下の海賊を使って、うちらをしつこく追って来た分けも頷ける。あのじじい、CFCの関係者やな。〈天使の像〉がうちらの手にある間はまだしも、もしあれが公安の手に墜ちたりしたら、自分の素性がばれてまう。そうなったら、〈エル・ドラド〉政府に引き渡されて、一生刑務所行きやな」
「CFCの残党狩りって、まだ続いているの? もう、あれから半世紀も経つのに」
「ナチスの残党狩りかて、半世紀近く続いたで」
「ふうん」
 ディスプレーの映像が突然切り替わり、コックピットにいるモンブランの映像が現れた。『姉御。出港準備終わりましたぜ』
「すまへんなあ。一人でやらしてもうて」
『とんでもない。それより、次の行き先は決まりましたか?』
「ほな、木星に向かってんか」
『アイアイサー』
 ディスプレーはニュースに切り替わった。
「木星に行けば、分かるのかな? 親父の目的」
「大丈夫。行けば、なんとかなるって」
 なんとまあ、アバウトな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

空色のサイエンスウィッチ

コーヒー微糖派
SF
『科学の魔女は、空色の髪をなびかせて宙を舞う』 高校を卒業後、亡くなった両親の後を継いで工場長となったニ十歳の女性――空鳥 隼《そらとり じゅん》 彼女は両親との思い出が詰まった工場を守るため、単身で経営を続けてはいたものの、その運営状況は火の車。残された借金さえも返せない。 それでも持ち前の知識で独自の商品開発を進め、なんとかこの状況からの脱出を図っていた。 そんなある日、隼は自身の開発物の影響で、スーパーパワーに目覚めてしまう。 その力は、隼にさらなる可能性を見出させ、その運命さえも大きく変えていく。 持ち前の科学知識を応用することで、世に魔法を再現することをも可能とした力。 その力をもってして、隼は日々空を駆け巡り、世のため人のためのヒーロー活動を始めることにした。 そしていつしか、彼女はこう呼ばれるようになる。 魔法の杖に腰かけて、大空を鳥のように舞う【空色の魔女】と。 ※この作品の科学知識云々はフィクションです。参考にしないでください。 ※ノベルアッププラス様での連載分を後追いで公開いたします。 ※2022/10/25 完結まで投稿しました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。 王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。 だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。 行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。 冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。 無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――! 王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。 これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...