怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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さらわれたミル

*中央水路*〈ショコラ〉

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「あついよおぉぉぉー」
 あたしが本日三十回目の叫びを上げた時、人工太陽はちょうど真上に差し掛かっていた。
 温度計は四十五度Cを示している。
 こりゃあマジで死ぬかも……
「ミルぅー。修理屋さんいつ来るの?」
 大胆なカットの水着に着替えて、サマーベッドの上で日光浴をしているミルに言った。もうすっかり、この状況に開き直って、バカンスモードに入り切っている。
「今日中には来るって。それまで、バカンスや思って、楽しんだらどうや」
 いったい、なんでこうなったんだろう?
 衛星〈シノーペ〉の軌道を越えて〈ネフェリット〉が木星系に入った時までは、問題なかった。
 〈カリスト〉の軌道を越えた辺りから、急にデブリの密度が高くなり、おっきなデブリに衝突しそうになったり、自動追尾ストーカー機雷に追い回されたり、それをレーザーで迎撃したりしたが、その程度のトラブルは予想の範囲内だった。
 軌道リングに着いてから、シャトルの降りられる宙港と問題の森との距離が五百キロだというのは分かっていたが、たいした事ないと思っていた。
 軌道リングがいくら大きいとはいっても、どうせ人工天体なんだから、交通網は十分整備されていると、たかをくくっていた。
 ところが、いざ降りてみると現地へ向かう航空便も鉄道もなし。
 幹線道路すらあるかどうか怪しい。
 宙港のホテルで一日過ごして考えた結果、軌道リングの赤道を流れる中央水路を船で行こうという事になった。
 翌日、ミルが調達してきたのは、全長三十メートルほどの中古のクルーザー。電磁推進が当たり前のこの時代に、スクリュー推進ときている。
 今時、よくこんな物があったものだと思っていたが、予想通り、途中でエンジンがいかれた。
 旧式の水素エンジンはタルトにもミルにも直せないし、機械オンチのあたしは問題外。こういう時、一番頼りになるモンブランは、〈ネフェリット〉に残ったまま、軌道リングの真上を周回している。
 いざとなったら、上から必要な装備と一緒にカプセルで降下してもらうために、モルと一緒に残ってもらった。
 今がその時だと言ったのに、何か考えがあるのか、ミルはガンとしてモンブランを呼ぼうとしない。
 そうこうしているうちに、バッテリーもすっかり上がって、エアコンも使えなくなり、修理屋が来るまで、やけくその日光浴をやっていた。
 人工太陽衛星は、有害な紫外線は出さないようにできているので、皮膚癌の心配はないものの、この暑さはどうにかしてほしい。
「タルトぉ。エンジンはともかく、エアコンだけでもなんとかならない」
 ミルの背中にオイルを塗っている手を休めずにタルトは答える。
「無理だ。エアコンは壊れているんじゃなくて、電気がなくて動かないんだ」
「太陽電池があったじゃない」
「あるにはあるが、冷蔵庫を動かすので精一杯だ。エアコンに回す電力はない」
「いいじゃん。冷蔵庫なんか止めちゃえば」
「食料が腐る」
「このままじゃ、食料が腐る前に、それを食べる人間が死ぬよ」
「人間、このくらいじゃ死なん」
「そういう体育会系な事言ってると、女の子にもてないよ」
「わがままばっかり言ってると、男にもてんぞ」
 いかん、このままじゃ水掛け論だ。
「ねえ、タルト」
「今度は何?」
 あたしはサマーベッドの上で、うつぶせになった。
「あたしにもオイル」
 タルトは、立ち上がってあたしの方へ歩いてくる。
「はい」
 オイルの瓶を置くと、再びミルの方へ戻って、オイルを塗り始めた。
「塗って」
「自分でやれ」
「ケチ! あっ! そう言えば」あたしは少し勿体をつけてから言った。「この前、タルトの部屋に入ったら、押入れの奥に……」
 タルトは一瞬にしてあたしの側に来て、引きつった笑みを浮かべながら、あたしの背中にオイルを塗り始めた。
「ははは……馬鹿だなあ、ショコラ。遠慮する事ないのに」
 いや、してないんだけど……それにしても、押し入れに何を隠してあるんだろう?
 なんにしても、今のがカマを掛けだってバレたら後がコワいわね。 ん? 不意に日が陰った。
 雲かしら? ……え!?
 突然、あたしはタルトに後ろから抱き締められ、強引にベッドから持ち上げられた。
 ちょ……ちょっと……タルト!? どういうつもりよ!?
「ああん! タルト。だめだってば。いくらあたしの水着姿がセクシーだからって」
「ええい!! お約束の誤解をしてる場合か!!」
「え? 違うの」

  プス! プス! プス!

 何かが刺さるような音がしたのは、今の今まであたしが寝そべっていたサマーベッドからだった。
 見ると、サマーベッドに小さな針のような物が刺さっている。
 そうか。だから、タルトがあたしを抱えて防いでくれたんだ。
「気を付けろ! 麻酔銃だ」
 麻酔銃!? どこから。
「上や!!」
 ビーチパラソルを抱えたミルが叫んだ。
 パラソルにも麻酔銃の針が数本刺さっている。上を見上げると、巨大なラグビーボールのような物が、人工太陽を遮っていた。
 飛行船? 今時こんなアナクロなもの……
 見とれている場合じゃない。
 全長百メートルほどの気嚢の下に付いているゴンドラから次々と人が飛び降りて来た。総勢八名。それぞれ、背中にジェットパックを背負っている。
 あたし達の行動は素早かった。
 三人ともサッとキャビンに飛び込むと、それぞれ武器を取る。
 真っ先に火を吹いたのが、タルトの荷電粒子銃。
 飛行船のエンジンを一撃で沈黙させた。
 これで、飛行船は風任せにしか動けない。
 続いて、ミルのライフルから麻酔弾が発射される。二人仕留めた。 あたしは十分引きつけてから飛翔スタンガンを撃った。
 細かい電撃弾が、三十度ほどの角度で銃口から広がり、五メートル上空まで降下した相手を襲う。
 青白いスパークが、黒い繋ぎ服とヘルメットで身を包んだ相手の全身を包み込んだ。
 だが、それだけ。
 その人は何ごともなかったかのように、ジェットパックを操作して甲板に下り立とうとした。
 その寸前にタルトに甲板から蹴り落とされたけど。
 こいつら、耐電服を着けている。
 五人がキャビンの屋根に降り立った。
 ミルが麻酔弾を撃つ。
 だが、麻酔弾は見えない壁に当たって跳ね返る。力場障壁!
「無駄よ。そんなもの私に利かないわ」
 先頭の一人が発した声は、聞き覚えのある女の声だった。
 全員が一制にヘルメットを脱ぎ捨てる。
「レイピア王女!?」
 そこに現れたのは、つい最近ニュース番組の画像で見たばかりの顔だった。
「よく、私だって分かったわね」
「あれだけ、報道していたら誰かて分かるで。それより、王女はんがこないところで油売っとってええんかい? 公式行事が山のようにあるんとちゃうか? 今の時間なら、天皇陛下から晩餐会に招待されているはずやで」
「バッカねえ。公式行事なんて、いちいち出てたら身が持たないわよ。あんなのは全部影武者にやらせているの。もっとも、晩餐会の料理は、ちゃんと折り詰めでもらって来るように言っといたけど」
 せ……せこい王女だ。
「で、王女様が僕らになんの用ですか?」
「あら? 用件は、この前言ったはずよ」
「〈天使の像〉なら、ここにはないよ」
「分かっているわ。だから、あなた達の誰かに人質になってもらうわ。まあ私としては、坊やを人質に指名したいわね」
「うっ……」
 タルトは後退った。
「なんで、タルトなのよ?」
「もちろん、この前おちょくってくれた礼をしたいからよ。さあ、坊やいらっしゃい。たっぷり、可愛がって上げるわ」
「そういう……」タルトは、心底イヤそうな顔で荷電粒子銃を構え直した。「いやらしい表現はやめんかあ!」トリガーを押す。
 王女達は、光り輝く球に包まれた。
 普段は、見えないシールドが荷電粒子ビームを浴びて発光しているのだ。
「無駄無駄。そんな攻撃は……あら?」
 王女の笑みが凍り付いた。
 ビームが収まった後、タルトの左右にいたあたしとミルがいなくなっていたからだ。
「どこだ!?」
「こっちや!!」
「え?」
 王女は振り返った。
 そこにあたし達はいた。
 そう、さっきの荷電粒子銃は目眩しだったのだ。
 あれでシールドが破れない事は分かっていたし、もしそうでなかったらタルトは絶対撃たなかったろうけど、少なくともビームを浴びてる間はシールドが発光して視界を奪われる事は分かっていた。
 その隙にあたし達は、背後に回り込んだのだ。
 ミルは、左腕のブレスレッド、個体力場障壁ジュネレーター作動させた。シールド同士を干渉させて、穴を開けるつもりだ。
 ポン! ポン!
 小気味良い音が二つ同時に起きる。
「あら?」
 ミルのブレスレッドが煙を吹いていた。
「ああ!?」
 王女のも同様である。
「どうしてくれるのよ!! これ高いのよ!」
「お互い様や!!」
 予定外だけど、これでシールドは消えた。
 バシュッ!
 あたしは王女に向けてスタンガンを撃った。
「危ない!!」
 一人の男が、あたしと王女の間に割り込む。
 男の頭部に青白いスパークが走り、そのまま男は倒れた。
「ち」
 王女は舌打ちし、転がっているヘルメットを拾い上げかぶり直した。
 他の男達もそれに従う。これでスタンガンは使えなくなった。
 残った男達は一斉あたし達に襲いかかる。王女だけが屋根から飛び下りた。  
タルトが狙われている。
「ショコラ。こっちはうち一人で十分や。タルトを助けに行ったり」
「うん」
 あたしが屋根から飛び下りると、甲板ではタルトと王女の死闘が繰り広げられていた。
 どっちかというと、タルトの方が押され気味だ。
 しかし、ここで背後からあたしが茶々を入れれば……
 ガツ!
 え!? 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
 王女の背後から忍び寄って、パイプ椅子でぶん殴るという由緒正しい反則技をやろうとしたところまでは覚えているのだが、それをやる直前に胸に強い衝撃を受け、気が付くとキャビンの入り口に倒れていた。
「てめえ! 女の子に、なんて事するんだ!!」
「手加減はしておいた」
「このやろう!!」
 タルトは、飛び掛かった。次の瞬間、タルトは甲板に叩き付けられていた。
「だめよ。坊や。頭に血を登らせては、技の切れがなくなるわ」
 タルトはぴくりとも動かない。
「どうしての? もうグロッキー。それとも、気絶したふりして、奇襲の機会を狙っているのかしら?」
 タルトの性格からいって十分ありうる。
「それじゃあ、こっちのお嬢ちゃんから、始末しようかしら」
 え?
 あたしは慌てて、起き上がろうしたが、すぐに王女につかまり高く持ち上げられた。
「いやあ! 降ろして!!」
「やめろ!!」
 タルトがサッと起き上がって王女に飛び掛かる。
 だか、王女はその動きを読んでいた。
 タルトの攻撃は、あっさり躱され、そのまま蹴り飛ばされる。
「タルト!!」
「やっぱり、気絶したふりしてたのね」
「馬鹿あ! 放して!! あたしをどうする気!?」
「そうね。このまま川に放り込もうかしら」
「やめてよ! あたし、泳げないんだから」
「じゃあ、水泳の練習でもしてなさい」
 そのまま、王女はあたしを水路に投げ込む。一瞬、背中に冷たい水の感触を感じた直後、あたしは水中深く没していた。
 苦しい、息ができない。
 そんな苦しさがどのくらい続いただろう。
 不意に息苦しさがなくなった。
 目の前をあたし体が沈んで行くのが見えた。
 その後を、タルトが追いかけていくのが見える。
 タルトは手を延ばし、あたしの髪を掴まえ、そのまま体を手繰り寄せ……
 あれ? なんであたし、こんな光景を見てられるのかな?
 タルトは懸命になってあたしを抱え、岸に泳ぎ付いた。
 あたしを岸辺に横たえると、タルトはあたしの顔の上にかがみ込み………
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