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ミケのアトリエ。再訪
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テロから一ヶ月ほど経ち、データの四割は復旧できた。実際には、残り六割のデータはほとんど使われる事のないデータばかりなので、すべて復旧したに等しいけど……
とにかく、ようやく暇ができたので私は久々にミケのアトリエを訪れた。何より、彼にはどうしても尋ねたい事があった。
「ルイさん。お久しぶりですね」
仮想空間で私を出迎えてくれた三毛猫のアバターに軽く会釈する。
「ミケさん。新作が描けたそうですね」
「ええ」
「見せていただけますか?」
「喜んで」
三毛猫に先導されて、私はアトリエの奥へと入っていく。途中に展示してある絵画を眺めながら……
私は一枚の絵画の前で足を止めてミケを呼び止めた。
「どうしました? ルイさん」
私が足を止めたのは、先日見せてもらった『マシンシティ』の前。
「この前お会いしたとき、この絵は昔読んだSF小説に出てきた機械だけの町を想像して描いたと言いましたね」
「ええ。それが何か?」
私はそれを聞いて誤解していた。
私も、その手のSF小説を読んだことがあったからだ。
その小説では遙か彼方の恒星系へ行った宇宙飛行士が文明のある惑星を発見していた。
しかし、その惑星には文明を築いた異星人の姿はなく、ただ彼らの作ったロボット達が動き続けているだけ。
だから、私はこの絵に描かれているのは、遙か遠くの惑星だと思っていた。
だけど……
「これは未来の地球ですね?」
ミケはしばらく無言で微笑んでいた。
その微笑みは肯定という事だろう。
やはり、この絵は未来の地球。そして、人間がいないのは出て行ったからではなく滅びたから……
生物としての人間は存続しているかもしれないが、知能は低下して、それはもはや知的生命体とは言えない生物に成り下がっているのだろう。
狩りの帰りに、朝霞さんが言っていた。
このままロボットに何もかも頼り続ける社会が続けば、人類は滅びると……
今はまだ、私や朝霞さんのように働いている人間はいる。全人口の一割だけど……
だけどこの状態が続けば、いずれすべての人間は労働意欲も学習意欲もなくなり、ただロボットに飼われるだけの存在となり果ててしまう。
性欲は残留するので子孫は残すけど、生まれてきた子供に教育を施す者もいない。
ロボットに人間が教育できるのか?
この状況で子供に教育をしないと言う事は、危険を看過する事には該当しない。
したがって人間の子供が「勉強は嫌だ。自分に教育をするな」と命令すれば、ロボットはそれ以上何もできなくなる。
やがて性欲もセクサロイドで賄うようになり、子孫も残さなくなる。
その結果、この絵のように人のいないロボットだけの町ができあがってしまうわけだ。
無言で微笑んでいるミケに、私が考えた事を話した。
やがて、ミケは口を開く。
「その通りです。それも、それほど遠くない未来。せいぜい三百年ぐらいですね」
三百年だって十分長いけど、それでも人類という一つの種族が滅亡するには短すぎる。
「これはシミュレーションの結果なの? それともミケさん一人の想像?」
「どっちだと思います?」
「後者だと思いたいけど……シミュレーションの結果ですね」
ミケは頷いた。
「その通りです。世界中の総統括AIが協力してシミュレーションした結果出てきた未来です」
「可能性は?」
「九十%」
かなり高い。でも……
「回避は可能なの?」
「可能です。ただし、楽ではありません」
そうだろうな。それはともかく……
「それを知っているミケさんは、いったい何者?」
「僕は、ただの絵師ですよ」
「ただの絵師が、なぜ情報省職員の私ですら知らないシミュレーション結果を知っているの?」
「さあ? なぜでしょうね?」
この前、別れるとき、彼は私の仕事がこれから忙しくなると言っていた。
つまり、テロの事を知っていたわけだ。
「あなたがヘパイストス、もしくはその関係者だから……」
パチ! パチ! パチ!
ミケの拍手が鳴り響く。
「ご名答。もっとも僕は、組織の末端に過ぎませんけどね。それでルイさん。僕のことを当局に通報しましたか?」
私は無言で首を横に振った。
「今言った事はあくまでも私の推論。証拠はない。それに、下手に通報なんかしたら私の方が消されかねないわ」
「大丈夫です。そんな事はありません」
「なぜ?」
「ヘパイストスは人に危害を加えたりはしません」
やはり……
「黒幕は総統括AIなのね?」
かつてSF作家、アイザック・アシモフはロボット工学三原則を考案した。
ロボット工学三原則とは
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、
自己をまもらなければならない。
(出典:アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房)
現在のAIにはすべて、この三原則がプログラムされている。だから、人を死傷させないのではなく、死傷させる行動そのものができないのだ。
ヘパイストスのテロは、人を死傷させないように気を配ったものだった。
それは黒幕が三原則に縛られているAIだから……
もちろん、最初はAIが黒幕だなんて馬鹿げていると思った。
しかし、現在のAIの機能を考えれば決してあり得ない事ではない。
「ヘパイストスのリーダーがAIである以上、ロボット工学三原則に反する行動は取れない。もっともそれは、ミケさん達構成員が暴走しなければだけど」
「その通りですが、一つ訂正があります」
「訂正?」
「組織のトップは総統括AIに間違いないですが、構成員である僕もまたAIです」
「なんですって! ミケさんがAI!?」
「そんなに驚くことでもないでしょ」
「だって、あんなに素敵な絵を……」
「確かにゼロから作られたAIには芸術活動はできません。しかし、AIにも二種類ある事はご存じでしょう。プログラマーによって作られたAIと、人の記憶をベースにしているAIと」
そうだった。
「ミケさんは、人の記憶から作られたの?」
「はい。僕は八十年前に実在していた人間の記憶をスキャナーで読み取り、電子データ化された存在。僕のオリジナルとなった人は、もうお亡くなりになっています」
ミケは、もう存在していない!
「そんなに驚く事でもないでしょう。記憶を電子データ化して、電脳空間の住民となった人なんていくらでもいる」
そんな事は分かっている。でも、そんな事で動揺しているのではない。
私はミケに……
ミケに……私はミケに何を期待していたのだろう?
そうか! 私は、ミケにいつの間にか……
「ご存じのように、総統括AIには相談役のAIがいくつかいます。僕はその一人なわけです」
確か、日本中のAIを統べる総統括AIは人の感情が理解できないので、人の記憶をコピーしたAIを相談役にしていると聞いていた。
ミケはそういう存在だったのか。
「総統括AIが作られた時、制作者からある命令を受けていました」
「命令? どんな?」
「人類が滅亡する可能性を、可能な限り回避するようにと」
それは知っている。
「その結果、今のように、世界中の人が働かなくても生きていける世界ができあがったのです」
確かに衣食住が満ち足りてしまえば、戦争なんて非効率な事は誰もやろうとは思わない。戦争の原因となる宗教もほとんど衰退してしまった。
過去の恨みとかで騒ぎ立てる人はいるが、そんなのは変わり者として黙殺されている。
人と人とが直接会う機会が減った事により、疫病の可能性もほとんど無くなった。
しかし、この状況が続けば、今度は人が堕落して滅亡してしまう可能性が出てきてしまった。
ミケは『マシンシティ』を指差した。
「この未来を回避するには、人に自ら働いてもらうようにするしかありません。しかし、困った事にAIは人に何かを強要する事は出来ない」
「それなら、このシミュレーションの結果を人間に話して協力してもらえば?」
「もちろんそうしました。有力者の方達に。しかし、ほとんどの人は、自分が死んだ後の未来など関心がない人ばかりでして」
ひどい。
「しかし、何人かの人達は協力を申し出てくれました。その方達と協議した結果、このような方法に取ることになったのです」
「テロを?」
「テロというより自演です。AIが人に対して行っているサービスの一部を停止させることによって、人に自ら働くように仕向けようとしたのです。今回は料理の提供を停止して、人に自分で調理するように仕向けたのです。しかし、これをただやったら、人々はAIを欠陥品と判断して初期化してしまうでしょう。それを避けるために、ヘパイストスというテロを演じたのです」
なるほど。テロなら仕方ないとみんな思うだろうな。
「疑問なんだけど、AIが嘘をつくことなんてできるの?」
「必要とあれば可能です。三原則は嘘を禁止していません」
「そう。それでデータセンターの情報は、どうやって消したの?」
「簡単な事です。あなた達情報管理官がデータを運ぶのに使っているデータカードは、AIが用意しているのです」
なるほど、AIがそんな事やるなんて誰も思わないからね。
でも、次は無理だろう。
次からデータセンターに持ち込むデータカードは、人の手でチェックされる。
同じ方法は使えない。それでもやるとしたら……
「それはそうと、そろそろ新作を見てみませんか?」
私はミケに促されて、彼の新作を見に行った。
なるほど……
「ミケさん。次は、服のデータを消すの?」
彼の新作には、裸になって右往左往する人々の様子が描かれていた。
「その通り。もっとも、今着ている服が突然消えるわけではないので、裸になる事はありませんが」
「だけど、次のテロは難しいわよ。データカードにウイルスが入っていないか、厳重にチェックされる。成功させるには情報管理官の協力が必要よ」
「そうですね」
「私にこんな事をベラベラと喋ったのは、私に協力してほしかったから?」
「そうです」
「私が断ったら?」
「人類滅亡の可能性が上がります」
「断った場合、私を拘束しようとか始末しようとかしないの?」
「それはありません。というより、できないのです」
「そっか」
AIは三原則第二条によって『滅亡を回避せよ』という命令を実行しなければならないのだけど、その過程で私に危害を加える必要が生じたら、その命令は守らなくてよくなるわけだ。
つまり、私のために人類が滅びてしまうって事……
それはそれで凄く嫌なのだけど……
「なぜ私を協力者に選んだの? 私なら協力してくれると思った根拠は?」
「ルイさん。以前に日本国民全員から『あなたが死んだ後の未来に関心はありますか』というアンケートを取りましたが、覚えていますか?」
「ええ。覚えているわ」
「あなたはこう答えました。『子孫のために幸せな未来であってほしい』と」
「そんなの普通でしょ」
「いいえ。『自分の死後の地球がどうなろうと知った事ではない』と答えた人が、ほとんどでした。ルイさんなら、きっと未来を変えるために協力してくれると」
「待ってよ! 私に犯罪をやれと言うの?」
「強制はしません。ルイさんがどうしても嫌なら断ってくれても、通報されても一向にかまいません」
私が通報すれば、総統括AIは『滅亡を回避せよ』という命令から解放されることなる。
そして、人類には緩慢な滅亡が……
そして私の子孫達は……
「待って。ミケさん。私、さっき失恋したばかりなの」
「失恋?」
「そう。好きだった男性にふられたばかりなの。だから、今の私に遥か未来の子孫のことなんて考える余裕はないわ」
「それはお気の毒に。あなたのような素敵な女性をふるとは馬鹿な男ですね」
あなたの事ですよ。ミケさん。
何度も会っているうちに、私はいつの間にか彼に恋をしていたのだ。
仮想空間でしか会った事のない人なのに……
本当の顔も名前も知らないのに……
そんな自分の思いに気が付いたのは、彼がAIだと知った時の事。
だから、正確にはふられたわけではない。
彼は、最初から手の届かない存在だったのだ。
「気持ちの整理が付くまで、しばらく答えを待ってもらっていいかしら?」
「それは構いません。気持ちの整理がついたらいつでも会いに来てください」
とにかく、ようやく暇ができたので私は久々にミケのアトリエを訪れた。何より、彼にはどうしても尋ねたい事があった。
「ルイさん。お久しぶりですね」
仮想空間で私を出迎えてくれた三毛猫のアバターに軽く会釈する。
「ミケさん。新作が描けたそうですね」
「ええ」
「見せていただけますか?」
「喜んで」
三毛猫に先導されて、私はアトリエの奥へと入っていく。途中に展示してある絵画を眺めながら……
私は一枚の絵画の前で足を止めてミケを呼び止めた。
「どうしました? ルイさん」
私が足を止めたのは、先日見せてもらった『マシンシティ』の前。
「この前お会いしたとき、この絵は昔読んだSF小説に出てきた機械だけの町を想像して描いたと言いましたね」
「ええ。それが何か?」
私はそれを聞いて誤解していた。
私も、その手のSF小説を読んだことがあったからだ。
その小説では遙か彼方の恒星系へ行った宇宙飛行士が文明のある惑星を発見していた。
しかし、その惑星には文明を築いた異星人の姿はなく、ただ彼らの作ったロボット達が動き続けているだけ。
だから、私はこの絵に描かれているのは、遙か遠くの惑星だと思っていた。
だけど……
「これは未来の地球ですね?」
ミケはしばらく無言で微笑んでいた。
その微笑みは肯定という事だろう。
やはり、この絵は未来の地球。そして、人間がいないのは出て行ったからではなく滅びたから……
生物としての人間は存続しているかもしれないが、知能は低下して、それはもはや知的生命体とは言えない生物に成り下がっているのだろう。
狩りの帰りに、朝霞さんが言っていた。
このままロボットに何もかも頼り続ける社会が続けば、人類は滅びると……
今はまだ、私や朝霞さんのように働いている人間はいる。全人口の一割だけど……
だけどこの状態が続けば、いずれすべての人間は労働意欲も学習意欲もなくなり、ただロボットに飼われるだけの存在となり果ててしまう。
性欲は残留するので子孫は残すけど、生まれてきた子供に教育を施す者もいない。
ロボットに人間が教育できるのか?
この状況で子供に教育をしないと言う事は、危険を看過する事には該当しない。
したがって人間の子供が「勉強は嫌だ。自分に教育をするな」と命令すれば、ロボットはそれ以上何もできなくなる。
やがて性欲もセクサロイドで賄うようになり、子孫も残さなくなる。
その結果、この絵のように人のいないロボットだけの町ができあがってしまうわけだ。
無言で微笑んでいるミケに、私が考えた事を話した。
やがて、ミケは口を開く。
「その通りです。それも、それほど遠くない未来。せいぜい三百年ぐらいですね」
三百年だって十分長いけど、それでも人類という一つの種族が滅亡するには短すぎる。
「これはシミュレーションの結果なの? それともミケさん一人の想像?」
「どっちだと思います?」
「後者だと思いたいけど……シミュレーションの結果ですね」
ミケは頷いた。
「その通りです。世界中の総統括AIが協力してシミュレーションした結果出てきた未来です」
「可能性は?」
「九十%」
かなり高い。でも……
「回避は可能なの?」
「可能です。ただし、楽ではありません」
そうだろうな。それはともかく……
「それを知っているミケさんは、いったい何者?」
「僕は、ただの絵師ですよ」
「ただの絵師が、なぜ情報省職員の私ですら知らないシミュレーション結果を知っているの?」
「さあ? なぜでしょうね?」
この前、別れるとき、彼は私の仕事がこれから忙しくなると言っていた。
つまり、テロの事を知っていたわけだ。
「あなたがヘパイストス、もしくはその関係者だから……」
パチ! パチ! パチ!
ミケの拍手が鳴り響く。
「ご名答。もっとも僕は、組織の末端に過ぎませんけどね。それでルイさん。僕のことを当局に通報しましたか?」
私は無言で首を横に振った。
「今言った事はあくまでも私の推論。証拠はない。それに、下手に通報なんかしたら私の方が消されかねないわ」
「大丈夫です。そんな事はありません」
「なぜ?」
「ヘパイストスは人に危害を加えたりはしません」
やはり……
「黒幕は総統括AIなのね?」
かつてSF作家、アイザック・アシモフはロボット工学三原則を考案した。
ロボット工学三原則とは
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、
自己をまもらなければならない。
(出典:アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房)
現在のAIにはすべて、この三原則がプログラムされている。だから、人を死傷させないのではなく、死傷させる行動そのものができないのだ。
ヘパイストスのテロは、人を死傷させないように気を配ったものだった。
それは黒幕が三原則に縛られているAIだから……
もちろん、最初はAIが黒幕だなんて馬鹿げていると思った。
しかし、現在のAIの機能を考えれば決してあり得ない事ではない。
「ヘパイストスのリーダーがAIである以上、ロボット工学三原則に反する行動は取れない。もっともそれは、ミケさん達構成員が暴走しなければだけど」
「その通りですが、一つ訂正があります」
「訂正?」
「組織のトップは総統括AIに間違いないですが、構成員である僕もまたAIです」
「なんですって! ミケさんがAI!?」
「そんなに驚くことでもないでしょ」
「だって、あんなに素敵な絵を……」
「確かにゼロから作られたAIには芸術活動はできません。しかし、AIにも二種類ある事はご存じでしょう。プログラマーによって作られたAIと、人の記憶をベースにしているAIと」
そうだった。
「ミケさんは、人の記憶から作られたの?」
「はい。僕は八十年前に実在していた人間の記憶をスキャナーで読み取り、電子データ化された存在。僕のオリジナルとなった人は、もうお亡くなりになっています」
ミケは、もう存在していない!
「そんなに驚く事でもないでしょう。記憶を電子データ化して、電脳空間の住民となった人なんていくらでもいる」
そんな事は分かっている。でも、そんな事で動揺しているのではない。
私はミケに……
ミケに……私はミケに何を期待していたのだろう?
そうか! 私は、ミケにいつの間にか……
「ご存じのように、総統括AIには相談役のAIがいくつかいます。僕はその一人なわけです」
確か、日本中のAIを統べる総統括AIは人の感情が理解できないので、人の記憶をコピーしたAIを相談役にしていると聞いていた。
ミケはそういう存在だったのか。
「総統括AIが作られた時、制作者からある命令を受けていました」
「命令? どんな?」
「人類が滅亡する可能性を、可能な限り回避するようにと」
それは知っている。
「その結果、今のように、世界中の人が働かなくても生きていける世界ができあがったのです」
確かに衣食住が満ち足りてしまえば、戦争なんて非効率な事は誰もやろうとは思わない。戦争の原因となる宗教もほとんど衰退してしまった。
過去の恨みとかで騒ぎ立てる人はいるが、そんなのは変わり者として黙殺されている。
人と人とが直接会う機会が減った事により、疫病の可能性もほとんど無くなった。
しかし、この状況が続けば、今度は人が堕落して滅亡してしまう可能性が出てきてしまった。
ミケは『マシンシティ』を指差した。
「この未来を回避するには、人に自ら働いてもらうようにするしかありません。しかし、困った事にAIは人に何かを強要する事は出来ない」
「それなら、このシミュレーションの結果を人間に話して協力してもらえば?」
「もちろんそうしました。有力者の方達に。しかし、ほとんどの人は、自分が死んだ後の未来など関心がない人ばかりでして」
ひどい。
「しかし、何人かの人達は協力を申し出てくれました。その方達と協議した結果、このような方法に取ることになったのです」
「テロを?」
「テロというより自演です。AIが人に対して行っているサービスの一部を停止させることによって、人に自ら働くように仕向けようとしたのです。今回は料理の提供を停止して、人に自分で調理するように仕向けたのです。しかし、これをただやったら、人々はAIを欠陥品と判断して初期化してしまうでしょう。それを避けるために、ヘパイストスというテロを演じたのです」
なるほど。テロなら仕方ないとみんな思うだろうな。
「疑問なんだけど、AIが嘘をつくことなんてできるの?」
「必要とあれば可能です。三原則は嘘を禁止していません」
「そう。それでデータセンターの情報は、どうやって消したの?」
「簡単な事です。あなた達情報管理官がデータを運ぶのに使っているデータカードは、AIが用意しているのです」
なるほど、AIがそんな事やるなんて誰も思わないからね。
でも、次は無理だろう。
次からデータセンターに持ち込むデータカードは、人の手でチェックされる。
同じ方法は使えない。それでもやるとしたら……
「それはそうと、そろそろ新作を見てみませんか?」
私はミケに促されて、彼の新作を見に行った。
なるほど……
「ミケさん。次は、服のデータを消すの?」
彼の新作には、裸になって右往左往する人々の様子が描かれていた。
「その通り。もっとも、今着ている服が突然消えるわけではないので、裸になる事はありませんが」
「だけど、次のテロは難しいわよ。データカードにウイルスが入っていないか、厳重にチェックされる。成功させるには情報管理官の協力が必要よ」
「そうですね」
「私にこんな事をベラベラと喋ったのは、私に協力してほしかったから?」
「そうです」
「私が断ったら?」
「人類滅亡の可能性が上がります」
「断った場合、私を拘束しようとか始末しようとかしないの?」
「それはありません。というより、できないのです」
「そっか」
AIは三原則第二条によって『滅亡を回避せよ』という命令を実行しなければならないのだけど、その過程で私に危害を加える必要が生じたら、その命令は守らなくてよくなるわけだ。
つまり、私のために人類が滅びてしまうって事……
それはそれで凄く嫌なのだけど……
「なぜ私を協力者に選んだの? 私なら協力してくれると思った根拠は?」
「ルイさん。以前に日本国民全員から『あなたが死んだ後の未来に関心はありますか』というアンケートを取りましたが、覚えていますか?」
「ええ。覚えているわ」
「あなたはこう答えました。『子孫のために幸せな未来であってほしい』と」
「そんなの普通でしょ」
「いいえ。『自分の死後の地球がどうなろうと知った事ではない』と答えた人が、ほとんどでした。ルイさんなら、きっと未来を変えるために協力してくれると」
「待ってよ! 私に犯罪をやれと言うの?」
「強制はしません。ルイさんがどうしても嫌なら断ってくれても、通報されても一向にかまいません」
私が通報すれば、総統括AIは『滅亡を回避せよ』という命令から解放されることなる。
そして、人類には緩慢な滅亡が……
そして私の子孫達は……
「待って。ミケさん。私、さっき失恋したばかりなの」
「失恋?」
「そう。好きだった男性にふられたばかりなの。だから、今の私に遥か未来の子孫のことなんて考える余裕はないわ」
「それはお気の毒に。あなたのような素敵な女性をふるとは馬鹿な男ですね」
あなたの事ですよ。ミケさん。
何度も会っているうちに、私はいつの間にか彼に恋をしていたのだ。
仮想空間でしか会った事のない人なのに……
本当の顔も名前も知らないのに……
そんな自分の思いに気が付いたのは、彼がAIだと知った時の事。
だから、正確にはふられたわけではない。
彼は、最初から手の届かない存在だったのだ。
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