滅霊の空を想う

ゆずぽん

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芽生え

新たな力

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「源さん源さん!
 もっと早く飛ばして!!」

「おっ輝ァ、いいじゃねぇか。
 やっぱ男はそんぐらい闘争心がねぇとな!
 おい! 飛ばせやぁ!」

 僕は座席をバンバン叩き、源さんを急かした。師匠との約束の時間まで後一時間。
 真田家の男は二十分前行動厳守だ。約束を違える事は出来ない。
 いくつ信号を無視しただろう。物凄いスピードで車を抜き去っている。
 自分で言った手前、今更スピード落としてとはいえない。
 後ろからサイレンが聞こえるがきにしないでおこう。

「真田さんもうすぐ着きやす。
 サツが追ってきてるんで、止まった瞬間飛び降りてくだせぇ」

 そう言い終わった瞬間、クルマが小刻みにガタガタ揺れだした。

「げ、げげげ源さんんんんん。
 どどどど何処走ってるんですかああああ」

 あまりの揺れで声にビブラートが掛かる。

「わからねぇ!
 だがわしはこいつを信じとるっ!
 わっはっはっは」

 この人サスペンションでも入ってんのか?
 体が全く揺れてない……車の揺れを相殺しているようだ。

「真田さん今です」

 すると車が急停車した。僕は源さんに会釈をして飛び降りた。その瞬間、車は砂埃を上げ意味のわからないスピードで走り去った。
 すると、少し後からサイレンを鳴らしたパトカーが二台走り去っていった。
 源さん……逃げ切れるだろうか……。

 僕は周りを確認した。ここはどうやらいつも通っている喫茶店の近くのようだ。
 僕は立ちあがりスマホを開いてマップを見た。

「えっと……派出所がここだから……
 この公園か……」

 公園にたどり着くと、ちらほらと家族連れが子供を遊ばせていた。
 スマホを見ると、ジャスト二十分前、我ながら凄いと思う。僕は空いてるベンチを座り一息ついた。

「ばっかもーーん!!」

 派出所の方から凄く大きい声が響き渡り、僕は思わずびっくりしてのけぞった。

「な、なんだよびっくりしたぁ」

「これはこの公園の名物でござる」

 師匠がいつの間にか腕組みをして隣に座っていた。

「ううわっ!? いつからいたんすか?」

 すると、彼は眼鏡をくいっと持ち上げ笑った。

「たった今参上仕った所でござるよ」

 全く気配がしなかった。なんなんだこの人は……。

「そ、そうですか。で、ご用件は……?」

「その前に、デコプリの推しキャラへの愛を語るでござる」

 うっ……すこぶる面倒臭い……。だが、必殺技を教えてくれるらしいからな。ここは従わなければ……。

「そ、そうですね。
 俺は青色の、夢見あおいですね」

 すると彼はばっとこっちを向いた。

「ほほう。なかなか通ですな。
 では、そのキャラの愛を拙者にお聞かせ願おう」

 うっ……空に似ているからなんて言えない。

「あーっ……えと……クールなのに少し天然なところですかね……」

「それだけでござるか……?」

 言葉につまり目が泳いでるのが分かる。

「それでも拙者の弟子なのかね?
 拙者の超絶押しキャラ、きららたんへの愛は今日一日、いや一生かかっても語り切れないでござるよ!!
 そんなにわか根性では、あおいたんに失礼だとは思わぬでござるか!?」

 うわぁ面倒だよマジで。だが、ここまで言われて黙ってる僕じゃない。ここは今後の為にもガツンと言ってやらねば。

「お言葉ですが師匠……。
 愛と言うものは本来目に見えないものです。
 それを言葉にして表すなど、おこがましい事だとは思いませんか?」

「な、なにぃ。何と生意気な!
 にわかの輝氏が拙者に意見するとでも言うでござるか?」

「じゃあ、愛とはなんなんですか?」

「うっ……愛とは……」

 どうやら答えられないようだ。

「師匠、愛とは人それぞれ違うものです。
 師匠の言う愛が、その人の事を隅々まで知っていると言う事なら、俺の愛は、黙って抱きしめる事です!
 好きと言う感情は言葉では伝え切れない。行動で示すべきなんですよ!!
 つまり、キスだ!! それが愛していると言う事の最たるものであると私は思うのでありまぁぁす!!」

 何言ってんだ僕は……支離滅裂で答えになってない気がする。だがここは勢いで押し切った。

「うぐぅぅっ……それが君の……愛だと言うのでござるか……
 二次元は抱きしめられないでござるよ、それでもでござるか?」

「無論です。
 師匠、触れないからこそ求めてしまうのは愛ではありませんか?」

 本当、言ってんだろ……。

「くっ……ま、負けたでござるよ輝氏ぃ。
 拙者、本当の愛をわかっていなかったでござるぅ」

 師匠は膝間付き、涙を拭った。
 なんか知らんがわかってくれたようだ。

「師匠、これから毎日、推しにキスしようぜ」

 僕は彼の方に手を置き言った。

「輝氏……!
 完敗でござるよ。ならばこれは、本当の愛を知る其方にこそ相応しいでござる」

 そう言うと彼はリュックを下ろし、何かを取り出して僕の胸につけた。見ると缶バッジだった。

「……あの、なんですこれ……」

「遠慮するなでござる。これは輝氏こそ相応しいでござる。
 これは一部のショップでのみ手に入る限定激レアの水着あおいたん缶バッチでござる。
 もう二度と手に入らないでござるよ」

 要らねぇ……。なんとか返さねば……こんなんじゃ恥ずかしくて街を歩けない。家に置くとこもないし。

「あ、あの……僕には勿体無いので……。
 貴重なもののようなので、お返しします」

「気にしないでいいのだよ輝氏。
 それは布教用でござるので」

「布教……用?」

「左様でござる。
 拙者は、他にも保存用、観賞用、普段使い用、そのスペア用、布教用、レンタル用、そして実用用としてそれぞれ五枚ずつあるでござる」

 実用用ってなんだ。なんに使うんだよ。
 てか限定品を個人がそんなに沢山所有していいんですかオタクの皆さん。
 だが、そうか……うん。断れない感じになってしまった。
 帰ってネットで売り捌くか……。

「因みにでござるが、この缶バッチは限定百個生産されており、誰が何枚持っているか拙者は把握済みでござる。この意味が分かるでござるな?」

「くっ……まじですか?」

 彼は大きく頷いた。
 てことはこの人、市場に出回ってる三割を所有してんのか……。意味わかんねぇ。
 んーーっ……しゃあない貰っとくか、よく見ると絵は綺麗だし。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えていただきます」

「よろしい!
 では、必殺技を伝授居たそう。
 正確には霊力の使い方を教えるだけでござるが、それが君の戦い方になるでござるよ」

 彼は先程と違いとても真剣な雰囲気を醸し出していた。

「はい、よろしくお願いします!」

「うむ、ではまず目を閉じるでござる」

 僕は言われるがまま目を閉じた。

「では、次に体全体を光が包んでいるイメージをしてみるでござる」

 光が包むイメージか、よし、なんとなく分かる気がする。
 その時、僕は少し違和感を感じた。何か上半身と下半身で光が二分割されてるような感じを覚えた。

「ううむ、特殊でござる」

「なにがです?」

 目を閉じてるので何が特殊かわからない。

「なんでも無いでござる
 ではその光を胸に集めるイメージをして、それを徐々に利き手に集めるように動かすでござる」

 胸に集めて、胸に……胸に……ダメだ。下半身の光がどうしても集まらない。僕は仕方なく上半身の光を胸に集め利き手に移動させた。
 ん? 何か手が熱く感じる。

「うむ、やはりそうなるでござるか……」

「え、さっきからなんです?
 出来てるんですか?」

「出来てるでござるよ。
 目を開けてみるでござる」

 まじか……楽しみだな。僕は目を開け利き手を見た。

「……て、うわっ!?」

 僕は思わず体から手を遠ざけた。僕の手は青い炎で包まれていた。

「うわちちちっ……て、熱く無い?」

 僕は手を振って消そうとしたが消えなかった。それどころか暖かいだけで熱くはなかった。

「成る程、わかったでござる」

「何がわかったんです?」

 すると、師匠は腕を組んで僕をみた。

「君の体には、もう一つ魂があるでござるよ」

「え?」

 何を言ってるのか分からなかった。本来人間の魂がはひとつのはず。

「正確には、魂の残り香でござるな。
 強い意思が輝氏を守っているでござるよ。
 君は以前、光の球を掴んだことがあると言ってたでござるな?」

「は、はい。掴みました」

 確か一番最初の、亮が消えた時だ。

「うむ、輝氏こちらに来てもらえるでござるか」

 僕は言われるがまま彼に近づいた。すると、彼は僕の肩を掴み目を閉じた。

「え、なんすか師匠?」

 しかし、彼の反応はない。何かに集中しているのだろう。一方僕は手に凛々と燃える火が彼に燃え移らないように必死になっていた。
 しばらくすると、彼は目を開けて次は両肩をがっしりと掴んだ。
 見ると彼は目に大粒の涙を溜めている。

「え? どうしたんすか師匠……わわっ」

 彼は思いっきり抱きしめてきた。

「おおおおおんおん……輝氏ぃ、いい友を持ったでござるなぁ~。
 拙者、拙者、感動したでござるよ」

「いい友!?
 何のことですか師匠?」

「それは言えぬでござる」

 先程の大泣きとは嘘のように彼は離れて腕を組み仁王立ちをした。

「今は、知らなくて良いでござる。
 寧ろ、彼がそれを望んでいる」

「さっきから何言ってんすか?
 ちょっと怖いっす……」

 アニメの見過ぎで現実世界に帰って来れなくなったのだろう……可哀想に……。

「さあ修行の続きでござる。
 また目を閉じるでござるよ」

 なんだよこの人まじで、僕は文句があったが渋々目を閉じた。

「では次は光を移動させるでござる。
 輝氏の場合は、上半身のみでいいでござる。
 右手から左手、そして胸、お腹、最後に頭に移動させるでござる」

 なんだそんな事か、僕は右手に集中し、移動させ始めた。しかしやってみると少しずつしか動かない。
 左手に移したところで集中が切れてしまった。

「ぷはっ……はぁはぁ、辛ぁ……」

 凄い疲れだ。体の底からダルさを感じる。

「まだまだでござるな。
 空殿はそれを全身に纏い、さらに刀を生み出しているのでござるよ?」

 今聞いてみてわかった。空って物凄い人だったんだな。
 霊力を全身に纏うなんて、体力が持つはずがない……。悔しさが込み上げた。

「くそっ……」

 僕の左手の炎は小さくなり消えた。その瞬間、重荷から解放された気分になった。

「最初はそんなものでござるよ。
 そこで輝氏には指令を申す!
 霊力移動を暇があれば行う事!毎日!」

 毎日……だと? 恐らくこれ、ボクシングの練習より辛いぞ。こんな事を続けてたら日常生活なんてままならない。

「これ、出来るようになるんですかね?」

「なるでござる。
 見本をみせるでござるよ」

 そう言うと彼は少し力を入れた。すると全身が発光し白いオーラのようなものを纏った。

「す、すげぇ」

「ちっちっち、まだでござるよ輝氏。
 そしてこれが拙者の秘儀、イケメンモードでござる! うおおおおおおお」

 彼の体をさらに眩い光を纏う。僕はあまりに眩しくて目を覆い隠した。
 すると光が弱まり、恐る恐る目を開いた。

「え、ちょっ……ええ!?
 どちら様でしょうか……」

 そこにいたのは、サラサラのセミロングの髪に切れ長の目、セクシーな口、そして程よく引き締まった体の男が立っていた。
 体の周りにはオーラと共にバチバチと稲妻のようなものがスパークしている。

「なにを言っている。
 拙者は安倍黎明だ」

 かっこいい声……!!
 その甘く渋い声に、男の僕でも耳が妊娠しそうだ。しかも口調も少し変わってる!

「す、凄い!」

「これは拙者の霊力で全身を強化した姿だ。
 そして、輝。お前も拙者と同じタイプだ」

「俺も、師匠と同じくタイプ……」

「そうだ。だからこそ拙者がお前の師匠に選ばれたのだ」

 ボンッ

 言い終わった瞬間元のオタクへと戻った。

「拙者はこれに加えて、式神も使うでござる。
 まさに強靭、無敵、最強でござる!」

 なにそれめっちゃ羨ましいじゃねぇか!!
 今日初めて僕は師匠を尊敬した。

「俺にも出来ますか?」

「出来るでござる。
 それにはまず、霊力移動の修行を毎日行い、精神力を鍛えるでござるよ」

 精神力を鍛えるか。空も前にそんな事を言ってた気がする。

「そこで、お主に試練を与えるでござる」

 おお。なんかスポコン漫画見たい燃えるな!

「なんですか師匠!
 なんでもやりますよ!」

「……なんでも?」

 何か師匠の目が光った気がする……。

「一週間後までに両手に炎を纏えるようにする事でござる!!」

「一週間!?」

 移動もままならないのに両手に炎とか出来るのか? 不安だ……。

「そして!」

「え? まだあるんすか?」

「デコプリを最低五作目まで見ることでござる!!」

 ……それって、何か意味あんのかな?

「それも修行なんですか?」

「当たり前でござる。
 まさか拙者が趣味を無理やり押し付けているとでも思っていたのでござるか?」

「はい」

 僕は即答した。

「これだから最近の若者は……。
 ある青年は師匠の車を毎日磨き、服を落としてはかけるを繰り返し行い、強くなったのだ。
 彼は最初、師匠に反発して一度はそれを辞めたが、修行の核心を理解して再度やり続けたのだ。
 そうこれはどういうことかと言うと、意味のないことなど無いという事でござるよ!!」

 彼は僕に向かい指を指した。
 成る程……そんなもんなのかな……。

「わかりました、見てみます」

「……洗脳☆完了」

 ……?
 彼が小声で何か言ったようだが、僕には聞こえなかった。
 この後、何故か師匠のデコプリのプレゼンを永遠聞かされた。専門用語がわかってしまう自分が何か嫌だが、これも強くなる為だ。

 どんどんやる事が増えていくが、僕はちゃんとやり遂げる事が出来るのだろうか。
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