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本当の死とは
幽鬼家
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私が物心ついた頃には、既に得物を握っていた。
そして親や兄弟、数多いる親戚たちと共に仕事をしていた。
幽鬼家は、天鬼家の七つある滅霊士の分家の一つで、その中でも一番力のないとされた一族である。
辺境に追いやられた私達一族は、一人一人の力が天鬼家に及ばないならばと、数で対抗する様になった。
つまり、子孫を多く残し、その全員を滅霊士として育成するのである。
私達の基本的な戦い方は一対多数、強力な敵には数と連携で圧倒して殺す。そうやって生き延びてきた。
その中でも私は、抜きんでた才能を発揮し、天才ともてはやされてきた。
だけど私は、この仕事が大嫌いだった。
親しかった兄妹、親戚、そして年端の行かぬ子供まで、私の目の前で肉塊になっていく。
いくら私が優れていようと、仲間全員に気を配りながら闘うのは難しかった。
一人守れば、一人が死ぬ、そんな鼬ごっこに嫌気がさしていた。
どうして自分すら守れないのに戦うの?
邪魔しないでよ。周りでチョロチョロされると戦い辛いの!!
みんな私の足を引っ張らないで!!
そんな事を大好きな家族に言えるわけがない。私の中でそんな鬱憤が徐々蓄積されていった。
そんなある日だった。あいつが……天鬼宗麟が現れたのは。
私は当時中学生だった。その日私は、山に取り憑き人を何人も迷わせ喰らう悪鬼を滅霊する為、両親や親戚のみんなとその山に入った。
その悪鬼はそこまで強くなく、私がたどり着いたときには既に両親が首を跳ねていた。
私は笑顔で父に近づき、抱きついた。
あの時の感触を今でも覚えている。暖かくて、気持ち良くて幸福で……そして生臭い。
私の頭に何かが落ちてきて、おでこを伝い目に入った。
目を擦り手を見ると、真っ赤に染まっていた。私は悲鳴を上げ父から離れた、そして見上げると大量の血しぶきが顔に掛かった。
恐怖で喉が締め付けられる様な感覚に陥った。いつもの優しい父の顔は、顎から上が無くなっていた。
その時だった呆気に取られる私に母が覆いかぶさってきた。私は母と共に倒れ込んだ、それと同時に母の体越しに重い衝撃を感じた。
母は苦しそうにうめいたが、私を守ろうと必死に抱きしめてきた。
しかし私は母を襲った犯人を見てしまった。それは、昔から私を可愛がってくれていた親戚の町子さんだった。
彼女は血塗れの斧を力無くぶら下げ、そこに立っていた。
私は母を振り払うと霊衣を纏い、薙刀を構えた。
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……
私の頭の中はこの言葉で埋め尽くされていた。母は私の足にしがみ付き、必死に止めようとしてくれたが、その時の私は殺意しか無かった。
私が薙刀を振りかぶると、薄気味悪い、ノイズが混じった様な笑い声が聞こえた。
見るとそこには白いスーツを見に纏い、真っ赤な目を爛々と輝かせた男がいた。
男は町子さんに近づくと、その場で口を大きく開き、彼女の頭部を食いちぎった。
私はあまりに恐ろしいその光景に、武器を落としただ立ち竦んでいるしか無かった。
耳障りな咀嚼音と共に飛び散る血しぶきに、私は思わず嘔吐した。
そいつはまるでパンをかじるかの様に引きちぎり喰っている。恐らく人は食い物としか見ていないのだろう。
食い終わるとそいつは、私の方にゆっくりと近寄り、腰を曲げて顔を覗き込んできた。
「ほう……君は中々食べ応えがありそうだね」
私は恐怖で、自分の意思では指一本動かせなかった。彼の赤い目は私の脳内まで見透かす様に私の目を覗き込んでくる。
その時私は悟ってしまった。どう足掻いたとしても絶対に勝てないと。
男はさっき町子さんを食った時の様に、ビチビチと肉がはじけ切れる音を出しながら大きく口を開けた。
そして、私の頭を食い千切ろうと迫ってくる。よだれや血が顔にかかったが、そんなことはもうどうでもよかった。私の死はもう、確定しているのだ。私はもう、生きる事を諦めていた。
私は目を閉じて涙を流し、その時を待った。
「待って……お願い……します……その子だけは……」
母の声が聞こえ、私は目を開けた。
見ると、母は地面を這いつくばりながら男の足にしがみついていた。
男は横目で母を見ると、私から口を離し元の大きさに戻して言った。
「滅霊士って言うのは、敵に許しをこうような堕落した一族なのですか?」
男はまるで汚い物を見るかのように蔑んだ目で母を見ると、足に絡みつく手を振り払った。
そして私に再度向き直った。すると母はその場で頭と手をつき弱々しい声で叫んだ。
「お願い……します……どうか、娘……だけでも」
すると男は、さっきまでの澄ました顔と打って変わり、眉を寄せ激しい怒りをあらわにした。
「我の子孫がッ! ここまで腑抜けとはッ!!」
そう言い放つと、男は母の頭を踏みにじった。
額から血が垂れ、目を潰され、口が切れても、母は頭を上げず、土下座をし続けた。
その間も私は何も出来ず、ただ見ているしか無かった。
「……っち」
男は舌打ちをすると、母から足を退けた。どうやら興が冷めたようだった。
「お、願い……しま、す……」
母はそれでも頭を上げなかった。
「よかろう……では、我の前でお前の利腕の指を一本一本切れ。
叫び声を上げたら即座に娘を殺す。
声を上げずに切り終えたら、娘は助けてやる」
そう言うと男は母にナイフを投げつけた。
「わかりました……。
約束……ですよ?」
男は頷いた。
母は、立ち上がると服の袖をちぎり口に詰め込み噛み締めた。
声を出さないようにする為だろう。そこからの光景は、私にトラウマを植え付けるには充分だった。母は右手を男に見せるように掲げると、親指にナイフを当て、迷いもなく切り落とした。
母の顔には血と汗でびしょびしょに濡れており、指を切り落とすたびに、顔を苦痛に歪め、体を強張らせながら激痛を押し殺していた。
最後の一本の小指を切る時には、母の目にはもう光はなく、それどころか少し笑みすら浮かべていた。
そう、母はあまりの痛みに壊れてしまった。
母は、さも当たり前のように最後の指を切り落とすと、両手をぶらんと下げ、ナイフを落とした。
立ったまま気絶したようだ。
「……ふふふ……ふははははははは!!
良き余興だ!! では、約束通り娘は、見逃してやろう」
男は高らかに笑うと、口を開け、母を頭から食らいついた。
私はただ泣いているだけだった。もうこの涙が、悲しいからか怖いからなのかさえわからなかった。
血の飛び散る音とゴリゴリと噛み砕く不快な音に私は立っていられず、その場にへたり込むと失禁した。
そして、母を食い終わった男は私の方を見て血だらけの顔でニヤリと笑った。
その時、私の中で何かが弾けた。気がついた時には霊衣を纏い、薙刀を振りかぶっていた。
私は渾身の力で男の首元に刃を突き立てた。だが、私の刃は男を斬るには至らなかった。斬るどころか、傷すらつけられず首元で止められたのだ。
男は薙刀の刃を指でつまむと、いとも簡単に砕いた。
そして私の首を手で掴むと、締め上げながら持ち上げた。
「うっ……ぐっ……」
なんて冷たい手なんだ。まるで正気を感じない。
「我……いや、私は今気分がいい。
しかも、その闘争心……今殺すには惜しいな。
さっき操った女よりいい食材だ。
もっと強くなってから喰らってあげますよ」
男はまた紳士的な表情になっていた。彼は私を投げ飛ばすと、邪悪な笑みを浮かべた。
「私の名は、天鬼宗麟!
貴女はこれから私を怨み、苦しみ続ける。
そしてまたいつか会うでしょう!
その時こそ私が貴女を喰らうときだ!!」
そう言うと彼は、また高らかに笑った。
そして、何かを拾うと私の元へ近づいてきた。
「手を……出しなさい」
私は言われるままに手を差し出した。すると、何かを握らせ、彼は煙の様に消え去った。
私は手を広げ確かめると、それは……母の小指だった。
その瞬間、私の中は真っ黒に染まっていった。あいつを同じ目に合わせてやる……切って、千切って潰して、燃やし尽くしてやるッ……。
私は声が枯れるまで叫び、泣いた。そして復讐を誓った。今度は私が、あいつを惨たらしく殺してやるッ!!
彼が立ち去った後の現場は凄惨だった。
助けに来た親戚たちはこぞって顔に恐怖を滲ませ、強烈な吐き気を催した。
私はただ一人の生存者で、放心状態で発見されたそうだ。正直、助けられた時の記憶はない。
それから私は、幽鬼家と距離を取り、単独で行動する事にした。私より弱い人は足手纏いになるから、そしてもう目の前で人が死ぬのが嫌だったから。
そして荒れに荒れた私は、喧嘩をふっかけぶちのめすを繰り返しているうち、気がついたらレディースの頭になっていた。
仲間も増え、友達らしい物も出来たが、私は心からそいつらを信用してはいなかった。
そして大学に進み、入学前の春に始めたバイト先で彼と……真田輝と出会った。
初めは興味なかった。理由は単純、私より弱そうだったから。
でも弱いのは私の方だった。誰も信用せず、職場でも孤独を貫いてた私は、周りから浮いてしまい、お局に目をつけられ、あれやこれやとさまざまな嫌がらせをされた。
何度こいつらを殺してやろうと思ったか、バイトを辞めれば楽になるのだが、逃げたと思われるのがもっと嫌だった。
そして私は、自分を押し殺しバイトを続けた。
そんなある日だった。出勤し、事務所に入ろうとした時、お局と取り巻きの声が聞こえてきた。
彼女らは、私の悪口を言っているらしく、どうやら私がレジの金を盗んだと触れ回っているようだった。
先々月からレジのお金が合わないことが多く、その都度私は詰められ疑われた。
「……直接、言ってやる」
いつもの私だったら、あんな奴らはガツンと言ってだまらせられるのだが、積もり積もった心労が私を躊躇させた。
ドアノブを握る手は震えて、回せなかった。私が思っている以上に、私の心は潰れかけていた。
その時だった。私の肩に、手が置かれた。
振り返るとそこには真田先輩が立っていた。どうやら、先輩も聞いていたようだった。
私は、どうせこの人も私を責めるんだと思った。そしたら途端に涙が溢れ出した。
すると先輩は一言。
「分かってる。咲ちゃんじゃないよね?」
そう言うと、彼はドアを開けて言い放った。
「根拠のない悪口いってんじゃねぇよ!?
あんたら見たのか?
咲ちゃんがやってるところを!!」
その時、私には彼の背中はとても大きく見えた。小さい頃に憧れたヒーロー、彼はそれよりも逞しく思えた。
その後彼は、お局と取り巻きに散々悪態をつかれていたが、全て無視して黙々と仕事をこなしていた。
そのおかげか、私へのいびりは少なくなって、少しずだが周りのバイト仲間も話してくれるようになった。
その人々が口を揃えてこう言った。
「真田くんの言った通りだ。
笑うと可愛いね」
彼は私の事を少しずつみんなに話してくれてたようだった。私はその日、何年ぶりかの嬉し涙を流した。
そしてある日を境にお局と取り巻きは来なくなった。どうやらレジの金を盗んでたのがバレ、捕まり、クビになったそうだ。
先輩が少しずつ証拠を集め、本社に連絡したらしい。
私はお礼を言うため、先輩のバイト終わりを待った。そして、ようやく事務所から出てきた先輩を見て、緊張と恥ずかしさで私は固まってしまった。中々話し出せない私を見て、彼は笑いながら頭を撫でこう言った。
「これから楽しくなるね。
学校も、バイトも!
改めて、よろしくな」
その時の彼の笑顔は今でも忘れなれない。私の凍りついた心が一気に溶け出し、暖かいものに包まれた。そして私は彼に、恋をした。
それからは、ドロシーと出会い。ミスコンに出たりとそれなりに学校生活を謳歌した。全て、先輩のおかげだ。
しかし、何をしていてもあの男の事を忘れたことは一度もなかった。
幽鬼家の人々の中にも、天鬼家を恨んでいる人は少なくない。数多くの家族が惨たらしく殺されたから。
天鬼宗麟の滅霊士狩りは、大昔から彼の気まぐれで続けられてるらしい。つまり、私達が彼に会ってしまったのも、ただ『運』が悪かっただけなのだ。
私はこの憎悪を多分死ぬまで背負い続けるだろう。彼を殺したとしても永遠に……。
そして親や兄弟、数多いる親戚たちと共に仕事をしていた。
幽鬼家は、天鬼家の七つある滅霊士の分家の一つで、その中でも一番力のないとされた一族である。
辺境に追いやられた私達一族は、一人一人の力が天鬼家に及ばないならばと、数で対抗する様になった。
つまり、子孫を多く残し、その全員を滅霊士として育成するのである。
私達の基本的な戦い方は一対多数、強力な敵には数と連携で圧倒して殺す。そうやって生き延びてきた。
その中でも私は、抜きんでた才能を発揮し、天才ともてはやされてきた。
だけど私は、この仕事が大嫌いだった。
親しかった兄妹、親戚、そして年端の行かぬ子供まで、私の目の前で肉塊になっていく。
いくら私が優れていようと、仲間全員に気を配りながら闘うのは難しかった。
一人守れば、一人が死ぬ、そんな鼬ごっこに嫌気がさしていた。
どうして自分すら守れないのに戦うの?
邪魔しないでよ。周りでチョロチョロされると戦い辛いの!!
みんな私の足を引っ張らないで!!
そんな事を大好きな家族に言えるわけがない。私の中でそんな鬱憤が徐々蓄積されていった。
そんなある日だった。あいつが……天鬼宗麟が現れたのは。
私は当時中学生だった。その日私は、山に取り憑き人を何人も迷わせ喰らう悪鬼を滅霊する為、両親や親戚のみんなとその山に入った。
その悪鬼はそこまで強くなく、私がたどり着いたときには既に両親が首を跳ねていた。
私は笑顔で父に近づき、抱きついた。
あの時の感触を今でも覚えている。暖かくて、気持ち良くて幸福で……そして生臭い。
私の頭に何かが落ちてきて、おでこを伝い目に入った。
目を擦り手を見ると、真っ赤に染まっていた。私は悲鳴を上げ父から離れた、そして見上げると大量の血しぶきが顔に掛かった。
恐怖で喉が締め付けられる様な感覚に陥った。いつもの優しい父の顔は、顎から上が無くなっていた。
その時だった呆気に取られる私に母が覆いかぶさってきた。私は母と共に倒れ込んだ、それと同時に母の体越しに重い衝撃を感じた。
母は苦しそうにうめいたが、私を守ろうと必死に抱きしめてきた。
しかし私は母を襲った犯人を見てしまった。それは、昔から私を可愛がってくれていた親戚の町子さんだった。
彼女は血塗れの斧を力無くぶら下げ、そこに立っていた。
私は母を振り払うと霊衣を纏い、薙刀を構えた。
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……
私の頭の中はこの言葉で埋め尽くされていた。母は私の足にしがみ付き、必死に止めようとしてくれたが、その時の私は殺意しか無かった。
私が薙刀を振りかぶると、薄気味悪い、ノイズが混じった様な笑い声が聞こえた。
見るとそこには白いスーツを見に纏い、真っ赤な目を爛々と輝かせた男がいた。
男は町子さんに近づくと、その場で口を大きく開き、彼女の頭部を食いちぎった。
私はあまりに恐ろしいその光景に、武器を落としただ立ち竦んでいるしか無かった。
耳障りな咀嚼音と共に飛び散る血しぶきに、私は思わず嘔吐した。
そいつはまるでパンをかじるかの様に引きちぎり喰っている。恐らく人は食い物としか見ていないのだろう。
食い終わるとそいつは、私の方にゆっくりと近寄り、腰を曲げて顔を覗き込んできた。
「ほう……君は中々食べ応えがありそうだね」
私は恐怖で、自分の意思では指一本動かせなかった。彼の赤い目は私の脳内まで見透かす様に私の目を覗き込んでくる。
その時私は悟ってしまった。どう足掻いたとしても絶対に勝てないと。
男はさっき町子さんを食った時の様に、ビチビチと肉がはじけ切れる音を出しながら大きく口を開けた。
そして、私の頭を食い千切ろうと迫ってくる。よだれや血が顔にかかったが、そんなことはもうどうでもよかった。私の死はもう、確定しているのだ。私はもう、生きる事を諦めていた。
私は目を閉じて涙を流し、その時を待った。
「待って……お願い……します……その子だけは……」
母の声が聞こえ、私は目を開けた。
見ると、母は地面を這いつくばりながら男の足にしがみついていた。
男は横目で母を見ると、私から口を離し元の大きさに戻して言った。
「滅霊士って言うのは、敵に許しをこうような堕落した一族なのですか?」
男はまるで汚い物を見るかのように蔑んだ目で母を見ると、足に絡みつく手を振り払った。
そして私に再度向き直った。すると母はその場で頭と手をつき弱々しい声で叫んだ。
「お願い……します……どうか、娘……だけでも」
すると男は、さっきまでの澄ました顔と打って変わり、眉を寄せ激しい怒りをあらわにした。
「我の子孫がッ! ここまで腑抜けとはッ!!」
そう言い放つと、男は母の頭を踏みにじった。
額から血が垂れ、目を潰され、口が切れても、母は頭を上げず、土下座をし続けた。
その間も私は何も出来ず、ただ見ているしか無かった。
「……っち」
男は舌打ちをすると、母から足を退けた。どうやら興が冷めたようだった。
「お、願い……しま、す……」
母はそれでも頭を上げなかった。
「よかろう……では、我の前でお前の利腕の指を一本一本切れ。
叫び声を上げたら即座に娘を殺す。
声を上げずに切り終えたら、娘は助けてやる」
そう言うと男は母にナイフを投げつけた。
「わかりました……。
約束……ですよ?」
男は頷いた。
母は、立ち上がると服の袖をちぎり口に詰め込み噛み締めた。
声を出さないようにする為だろう。そこからの光景は、私にトラウマを植え付けるには充分だった。母は右手を男に見せるように掲げると、親指にナイフを当て、迷いもなく切り落とした。
母の顔には血と汗でびしょびしょに濡れており、指を切り落とすたびに、顔を苦痛に歪め、体を強張らせながら激痛を押し殺していた。
最後の一本の小指を切る時には、母の目にはもう光はなく、それどころか少し笑みすら浮かべていた。
そう、母はあまりの痛みに壊れてしまった。
母は、さも当たり前のように最後の指を切り落とすと、両手をぶらんと下げ、ナイフを落とした。
立ったまま気絶したようだ。
「……ふふふ……ふははははははは!!
良き余興だ!! では、約束通り娘は、見逃してやろう」
男は高らかに笑うと、口を開け、母を頭から食らいついた。
私はただ泣いているだけだった。もうこの涙が、悲しいからか怖いからなのかさえわからなかった。
血の飛び散る音とゴリゴリと噛み砕く不快な音に私は立っていられず、その場にへたり込むと失禁した。
そして、母を食い終わった男は私の方を見て血だらけの顔でニヤリと笑った。
その時、私の中で何かが弾けた。気がついた時には霊衣を纏い、薙刀を振りかぶっていた。
私は渾身の力で男の首元に刃を突き立てた。だが、私の刃は男を斬るには至らなかった。斬るどころか、傷すらつけられず首元で止められたのだ。
男は薙刀の刃を指でつまむと、いとも簡単に砕いた。
そして私の首を手で掴むと、締め上げながら持ち上げた。
「うっ……ぐっ……」
なんて冷たい手なんだ。まるで正気を感じない。
「我……いや、私は今気分がいい。
しかも、その闘争心……今殺すには惜しいな。
さっき操った女よりいい食材だ。
もっと強くなってから喰らってあげますよ」
男はまた紳士的な表情になっていた。彼は私を投げ飛ばすと、邪悪な笑みを浮かべた。
「私の名は、天鬼宗麟!
貴女はこれから私を怨み、苦しみ続ける。
そしてまたいつか会うでしょう!
その時こそ私が貴女を喰らうときだ!!」
そう言うと彼は、また高らかに笑った。
そして、何かを拾うと私の元へ近づいてきた。
「手を……出しなさい」
私は言われるままに手を差し出した。すると、何かを握らせ、彼は煙の様に消え去った。
私は手を広げ確かめると、それは……母の小指だった。
その瞬間、私の中は真っ黒に染まっていった。あいつを同じ目に合わせてやる……切って、千切って潰して、燃やし尽くしてやるッ……。
私は声が枯れるまで叫び、泣いた。そして復讐を誓った。今度は私が、あいつを惨たらしく殺してやるッ!!
彼が立ち去った後の現場は凄惨だった。
助けに来た親戚たちはこぞって顔に恐怖を滲ませ、強烈な吐き気を催した。
私はただ一人の生存者で、放心状態で発見されたそうだ。正直、助けられた時の記憶はない。
それから私は、幽鬼家と距離を取り、単独で行動する事にした。私より弱い人は足手纏いになるから、そしてもう目の前で人が死ぬのが嫌だったから。
そして荒れに荒れた私は、喧嘩をふっかけぶちのめすを繰り返しているうち、気がついたらレディースの頭になっていた。
仲間も増え、友達らしい物も出来たが、私は心からそいつらを信用してはいなかった。
そして大学に進み、入学前の春に始めたバイト先で彼と……真田輝と出会った。
初めは興味なかった。理由は単純、私より弱そうだったから。
でも弱いのは私の方だった。誰も信用せず、職場でも孤独を貫いてた私は、周りから浮いてしまい、お局に目をつけられ、あれやこれやとさまざまな嫌がらせをされた。
何度こいつらを殺してやろうと思ったか、バイトを辞めれば楽になるのだが、逃げたと思われるのがもっと嫌だった。
そして私は、自分を押し殺しバイトを続けた。
そんなある日だった。出勤し、事務所に入ろうとした時、お局と取り巻きの声が聞こえてきた。
彼女らは、私の悪口を言っているらしく、どうやら私がレジの金を盗んだと触れ回っているようだった。
先々月からレジのお金が合わないことが多く、その都度私は詰められ疑われた。
「……直接、言ってやる」
いつもの私だったら、あんな奴らはガツンと言ってだまらせられるのだが、積もり積もった心労が私を躊躇させた。
ドアノブを握る手は震えて、回せなかった。私が思っている以上に、私の心は潰れかけていた。
その時だった。私の肩に、手が置かれた。
振り返るとそこには真田先輩が立っていた。どうやら、先輩も聞いていたようだった。
私は、どうせこの人も私を責めるんだと思った。そしたら途端に涙が溢れ出した。
すると先輩は一言。
「分かってる。咲ちゃんじゃないよね?」
そう言うと、彼はドアを開けて言い放った。
「根拠のない悪口いってんじゃねぇよ!?
あんたら見たのか?
咲ちゃんがやってるところを!!」
その時、私には彼の背中はとても大きく見えた。小さい頃に憧れたヒーロー、彼はそれよりも逞しく思えた。
その後彼は、お局と取り巻きに散々悪態をつかれていたが、全て無視して黙々と仕事をこなしていた。
そのおかげか、私へのいびりは少なくなって、少しずだが周りのバイト仲間も話してくれるようになった。
その人々が口を揃えてこう言った。
「真田くんの言った通りだ。
笑うと可愛いね」
彼は私の事を少しずつみんなに話してくれてたようだった。私はその日、何年ぶりかの嬉し涙を流した。
そしてある日を境にお局と取り巻きは来なくなった。どうやらレジの金を盗んでたのがバレ、捕まり、クビになったそうだ。
先輩が少しずつ証拠を集め、本社に連絡したらしい。
私はお礼を言うため、先輩のバイト終わりを待った。そして、ようやく事務所から出てきた先輩を見て、緊張と恥ずかしさで私は固まってしまった。中々話し出せない私を見て、彼は笑いながら頭を撫でこう言った。
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しかし、何をしていてもあの男の事を忘れたことは一度もなかった。
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私はこの憎悪を多分死ぬまで背負い続けるだろう。彼を殺したとしても永遠に……。
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