滅霊の空を想う

ゆずぽん

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本当の死とは

悪意のない殺意

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 どれくらい寝たのだろう?
 今何時なんだ?
 頭の中で、僕を呼ぶ声が聞こえる。とても懐かしい気持ちになる。

 ……キ、アキ!!

「誰だよ……まだ眠いんだ」

 その声は、より鮮明に聴こえてきた。

 アキ、起きろアキ!!

「んん……亮かよ……もうちょっとだけ……」

 起きろよ! 死ぬぞ!!

「え? 死ぬって……?」

 僕は眠気で重たい目蓋を半ば無理やりこじ開けた。寝起きで視界がぼやけて見え辛かったが、誰かが僕の体を跨ぐように立っていた。
 次第に鮮明に見えてきたその人影は、何かを両手で持ち、僕の心臓目掛けて突き立てようとしているようだった。
 
「え……? えええっ!!?」

 人影が持っている物は刀だった。僕が声を上げるとそいつはそのまま刀を持ち上げ僕の心臓目掛けて突き立ててきた。

「あっぶねッ!!!」

 そいつの股下を潜るように避けると、距離をとって目を擦り、確かめる様に凝視した。

「あら、避けられてしまいましたか。
 苦しまずに殺して差し上げたかったのですが」

 そいつはゆっくりと振り返ると、僕を見た。その目は赤く、暗闇にまるで浮いてるように怪しく輝いていた。
 僕はこの目を、そしてこの声を知っている。

「なんでこんな事を……巻島さん!!」

 月に照らされ眼鏡が光った。そこにいたのは、ヒラヒラのメイド服に不釣り合いな、刀を携えた巻島さんだった。
 彼女は床に刺さった刀を引き抜くと、鞘に納めた。

「やっぱり私は、武器の扱いは得意ではありませんね。
 これからは……これでやらせていただきます。
 お覚悟しやがれでございます」

 日本語がおかしい。こんな喋り方をするのは巻島さん以外いない。
 彼女が刀から手を離すと、光の粒になって消えた。そして両手を広げるように立つと、指先の爪がまるで刃物のように尖り、伸びた。
 そして彼女はギチギチと音を立てながらニヤリと笑った。その口は耳まで裂け、サメのように鋭利な歯がずらりと並んでいるのが見えた。
 これが本当の巻島さんの……悪鬼の姿なのか。
 なんて悍しいんだ……恐怖で身体が強張りうまく足が動かせない。

「巻島さん!!
 なんで俺を殺そうとするんだ!!」

「なんで?
 これから亡くなる方に、お教えする必要はないと思いますが?」

 くそ、まじでやる気だ。僕は足を思いっきり叩き、痛みで恐怖を和らげた。
 そして、僕は四肢に力を入れ、霊力を込めた。すると、両手両足から大きな炎が燃え上がり、暗い部屋を激しく照らした。今までより更に勢いが増している。前より強くなっているのかもしれない。

 僕は構えると彼女を睨んだ。

「ただで、やられるわけにはいかない。
 俺は、まだやらなければならない事があるんだ!!」

 しかし、確かに目の前にいた筈の巻島さんの姿がなく、僕は困惑して辺りを見回した。するといきなり、みぞおちに激痛が走りった。

「うぐっ……うぅ」

 声にならない声を上げ、後頭部で窓ガラスを突き破り、外に蹴り飛ばされた。
 そうだ……思い出した。
 空から聞いていたが、彼女の戦闘スタイルは圧倒的な早さで翻弄し、死角から食いちぎる超野性的な戦い方をすると。まさか自分が味わうことになるなんて……。
 僕は痛むお腹を抑え、自分が飛ばされた部屋を見るた。すると巻島さんはゆっくりと体を乗り出すと、外に飛び降りた。

「御託も結構でございますが。
 そんな決意は生き残った後でするものです。
 お覚悟が無いのであれば、黙ってそこに座して、お待ち下さい。
 そうしたら、楽に送ってさしあげます」

「ごほっ……なん……でだよ巻島さん!!
 俺に……ごほっ……俺に空を託してくれたんじゃないのかよ!!」

 息がしづらい……後頭部もズキズキする。どうやら頭が割れたようだ。

「託したからこそ、ですよ。
 まさかこの様なことになるなんて……私、腹わたがVery boiledでございます」

 ベリー……ボイルド? 腹ワタが煮えくりかえるって言いたいのか? あってんのかその英語!?
 まぁ、かなり怒ってるって事だ……多分空のことだろうな。だが、彼女の日本語が独特すぎて理解するのが難しい。
 するとまた、僕の視界から巻島さんが消え、瞬時に僕の眼前に現れた。
 目の前に迫る顔は大きく口を開け、僕の頭部を食いちぎらんと迫ってくる。
 僕は、頭を下げ紙一重のところで避けると、彼女はそのまま後ろにあった木を食いちぎり、止まった。
 バキバギと大きな音を立てて倒れる木を見て、避けなければ自分がああなっていたと思うと背筋が凍った。
 彼女はむくりと起き上がると、また僕を見た。

「くそ、やるしかないな」

 僕は構えると、彼女を見据えた。すると、また彼女が視界から消え、今度は右側から現れた。
 だけど大丈夫、今度は目で追えている。だけど……早すぎて体が追いつかない!!
 僕は右腕でガードしたが、腕の炎をまるで気にする様子もなく食らいついてきた。

「……いっでぇぇ!!」

 霊衣で守っているのに、巻島さんの牙はそれを貫通し、僕の皮膚を突き刺した。
 霊衣で覆っていなければ、恐らく僕の右腕は持っていかれていただろう。
 
「おや、引きちぎれませんか……。
 これは想定外です」

 彼女が喋る度に牙が上下し血が吹き出す。傷口をえぐられ激痛が肩まで伝わった。

「ゔっ……ってぇなぁ」

 僕は右腕に力を込め、炎の強め、熱量を一気に上げた。その炎は彼女の顔面を包み込むように燃え移った。

「っ!?」

 流石に熱さを感じたのか、彼女は腕を離し、距離をとった。だが、炎は消えず、彼女の頭を覆うほど燃え上がった。

「きゃああああああああああ……」

 巻島さんは奇声を上げ、もがきながらふらついている。

「やったのか? 
 あっやべ……」

 自分で言っといてなんだが、フラグを立ててしまった。
 先程までとは打って変わり、彼女は動きをピタリと止めると、何事もなかったかのように直立した。次の瞬間にはもう、目の前に燃え盛る巻島さんの顔があった。
 彼女の動きがゆっくりに見える。これが死ぬ前にみる走馬灯ってやつか。
 僕の腹部に彼女の長い爪が迫り、服を突き破り、皮膚に刺さり、内臓を抉るように挿し貫くと、背中を突き破り爪先が顔を出した。

「ゔっ……あ、ああっ……」

 彼女の爪をつたい、僕の血がポタポタと滴り落ちている。
 だが、不思議と痛みは感じなかった。それよりも自分の死が目前に来ていることに頭がパニックになり全身の血が引いていくのがわかった。
 そして四肢の炎は弾けるように消え去った。
 僕は彼女の腕を掴み、顔を睨みつけた。頭の炎はすでに消え、皮膚が赤黒く焼けただれていた。
 唇も目蓋も燃え尽きたらしく、眼球が剥き出しになり、恐ろしい程鋭い歯が全て見えていた。
 僕は彼女の顔を見て思い出してしまった。天鬼宗麟の顔を……やはり彼の娘だけあり、強さと恐怖心が今までの誰よりも段違いだ。
 恐らく彼らにとって僕は、一匹のアリと大差ないのだろう。
 汗がポタポタと地面に落ちる。寒さと恐怖で体が震え、奥歯がカチカチと音を立てた。徐々に迫る死の恐怖で全く動けない。

「これでお終いですね。
 今までお世話になりました」

 彼女が話す度に、バキバギと顔の皮膚が千切れる音がし、あまりの不快感に吐き気を催した。更に皮膚の焦げる臭いが鼻をつき、意識が朦朧としてくる。
 彼女は僕の肩を持つと、ゆっくりと爪を引き抜いた。

「っ……あっ……がぁッ!!」

 脳にまで伝わるほどの激痛が襲った。彼女の鋭い爪が、僕の皮膚と内臓をなぞる様に抜けていく。やっと爪が抜けきったと思ったら、今度は大量の血が腹部から吹き出した。
 僕は震える手で腹部を抑えたが、止めどなく流れる血が指の間から次々と溢れて止まらなかった。

「……俺……死ぬのか……嘘だろ……」

 暖かい血が太ももをつたい流れる。
 彼女は爪を戻すと、いつもの目に戻った。
 そして、耳元に近づき囁く様に言った。

「真田様。
 後はおまかせを」

 その言葉を境に、僕の意識は途切れた。
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