滅霊の空を想う

ゆずぽん

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強くなる為に

襲来

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 ここに連れてこられて六日目、僕は今、マスター改め、マイケルの前に立っている。

 結局この二日間、源さんには指一本触れることは叶わなかった。
 攻撃は全て交わされ、一発放つごとに強力なカウンターを食らわされた。
 ガードをしてもすぐに壊され、まるでサンドバッグのように打たれるままになった。
 改めて世界チャンピオンの強さを身を持って味わった。
 何度も意識を失い、水をかけられ戦うを繰り返したが、源さんの体力は底無しだった。
 齢七十を超えているにも関わらず、どんなに激しく動いても一息で呼吸を整えていた。
 僕は改めて、彼に畏怖の念を覚えた。

 全身あざだらけになったが、次の日には治りかけていた。前からとても不思議だったが、元々霊力の強い人は、治癒能力が一般の人とは段違いらしい。
 ちなみに空のお婆ちゃんは骨折ぐらいなら一週間かからないらしい。
 バケモンだろそれ。

 そして今、僕が最初に降り立っただだっ広い参道に、二人で向かい合いながら立っている。
 マスターは腕を組み、白い歯を見せ満面の笑みで仁王立ちしている。
 取り敢えず向かい合ってみたが、彼は全く微動だにしない。
 僕も彼にならい、同じポーズで睨みをきかせていたが、果たしてこれは正解なのかわからない。

「これ、こっちから攻めなきゃなんないのかな……」

「あんた、何やってんの?」

 そんな事を考えていると、後ろから声がした。振り向くとそこにはコンビニの袋を下げた愛ちゃんが立っていた。

「ん~……自分でも分からないです。
 てか、コンビニあったんですね……」

「あるよ~。
 ゲーセンもあんだよ?」

 まじかよ!?
 これじゃただの大型商業施設じゃねぇか!?

「そんな事よりも、俺、どうすればいいんすかね?
 あの人、微動だにしないんすけど……」

 僕はマスターを指差した。

「はぁ……動くわけないじゃん。
 あれ、寝てんだよ?」

「え? …………えええええええ!?
 だって、ええ!? あんなしっかりと立って満面の笑みなのに!?」

 僕は思わず彼を三度見した。

「あれは戦場で襲われないために編み出した彼の特技よ」

 どんな特技だよ……。

「あの、俺……どうすれば……」

「うーん。
 やっちまえばいいんじゃん?」

 軽っ!!
 前から思ってたけどこの人若干サイコだよね。

「!?」

 すると、いきなり愛ちゃんはコンビニの袋を地面に落とした。

「え?……どうしたん……」

「黙って!!
 …………来る……上よ!!」

 その瞬間僕は何かに強く腕を引っ張られた。
 すると激しい音を立て、僕のいた場所に何かが落ちてきた。

「大丈夫?」

 男の声?
 僕は後ろを振り返ると、そこには先程まで寝ていたマスターがいた。
 どうやら助けてくれたようだった。

「輝くん、大丈夫!?」

「はい、なんとか……それより……」

 僕は立ち昇る煙の中にいる人物に目を凝らした。
 次第に煙が晴れていき、姿が見えてきた。

「外しちゃった。
 ついてるね、真田輝?」

 そいつは長く綺麗な髪をたなびかせゆっくりと立ち上がり、刀を納めた。
 白い着物にはピンクの花があしらわれている。
 僕は、そいつが誰か落ちてきた時点ですでに気付いていた。だが、認めたくなかった。だから煙が晴れるまでわからないふりをしていた。
 万に一つでも人違いだと言う可能性を信じて……。
 しかし僕の淡い期待は、すぐに消え去った。

「空……」

 喉が締め付けられる感覚な陥り、それ以上声が出なかった。
 彼女の大きく綺麗な瞳にはもう光が宿っていない。ただ冷たく、まるで僕らには興味がないと言わんばかりの目だ。

「今の一撃を避けなければ、楽に死ねたのに」

 彼女はぼそっと呟くと、僕らの方を向いた。

「空ちゃん!!
 やめなさい!!」

 愛ちゃんは、叫んだが彼女の眉はぴくりとも動かなかった。

「愛ちゃん。
 邪魔するなら貴女も殺します」

 そう言うと彼女は、刀に手を添え低く構えた。
 空は……本気だ。

 僕は身構える愛ちゃんとマスターの前に立った。

「愛ちゃん、マスター。
 俺にやらせてもらえませんか?」

 ここは、僕がやらなきゃならない気がした。
 空を元に戻すのは、誰の手でもない。僕でありたい。

「何言ってるの……わたっ……」

 彼女がそう言いかけると、マスターが彼女の前に手を出し止めてくれた。

「はぁ……わかったわ。
 でも輝くん、一つ聞いて!!
 滅霊士の刀は肉体は切れないけど、霊力の切ることができるの。
 見た目には傷がつかないけど、首を跳ねられたらその時点でアウトよ!!」

 まじかよ……。
 やっぱり首斬られると死ぬのか……。

「分かりました。
 俺も最初から本気出します!!」

 僕はこの二日間、ただ無駄に源さん打ち合ってたわけじゃない。
 自分なりに霊力の調整と戦い方を模索していたんだ。
 まぁ、今日初めて試すんだが……。

 僕は目を閉じて、霊力を心臓に集めた。
 そして四肢と頭に均等に流すと、炎を出した。

 蒼炎が体の周りを渦巻き、天へと登った。そして僕の全身をすっぽりと包むと、少しずつ弱まり、まるで闘気のように体の周りを揺らめいた。
 僕はやっと、全身を満遍なく強化出来る様になったのだ。
 自分でも驚くほどに感覚が研ぎ澄まされている。脳も強化したからだろうか。
 心がとても静かだ。

「まるで炎神だわ……」

 愛ちゃんは呟いた。

「Oh……」

 マスターも驚いてくれているようだ。

「無駄な事を……」

 空はそう言うと、さらに低く構えると地面を蹴った。軽く、跳ねるように一歩二歩と地面を蹴り、僕に接近している。
 しかし、僕はちゃんと彼女の動きを捉えていた。
 彼女は僕の一メートル手前で刀を抜き、正確に僕の首へと刃を放った。
 改めて見ると、やはり早い。源さんの時は本当にスローに見えたが、彼女の動きは、動体視力を強化した状態でも、早送りにの様に見えた。

「……っと……流石に早いな」

 僕はそう呟くと、上体を逸らし斬撃を交わした。
 しかし空は表情一つ変えずに、そのままの勢いで僕からみて左上に飛ぶと刃を心臓に突き立てようにさしてきた。
 僕は左腕を下げギリギリ避けると、右手を伸ばし刀を掴もうとした。
 しかし、空もそれに気づいたのか僕の右手に蹴りを入れると、その反動で空中を回転しながら距離を取った。
 しかし、彼女は着地と同時に、自分の着物が燃えている事に気がつき、表情一つ変えずに刀を振り、風圧で火を消した。

「まじかよ……そんな簡単に消されると凹むわぁ」

 僕は冗談まじりにそう言ったが、彼女は依然冷たい表情のままだった。

「強くなってるね。
 まぁこれから死ぬから関係ないけど」

「空……まじで俺を殺すのか?」

「うん」

 彼女はそう呟くと、刀を片手に持ちかえ、まるで槍投げのように放ってきた。
 僕は咄嗟のことで避けるのが遅れ、肩にかすった。

「輝くん後!!!」

 愛ちゃんの声が聞こえた時にはもう遅かった。空は、瞬時に僕の背後に回ると、投げた刀を掴み、僕に振り下ろした。
 僕は辛うじて上体を右に逸らしたが、腕を肩からぶった斬られた。
 僕の肩から下は、だらりとぶら下がり、右腕から炎が消えた。
 
「ゔっ……」

 僕は小さくうめいた。

「くっ……何度斬られても……慣れねぇ……」

 咲ちゃんの時も斬られたが、腕はあるが、激痛が全身を走り、鼓膜までビリビリと痛みが伝わった。
 だけど、僕もやられてるばかりではない。あの頃から成長したんだ。
 僕はそのまま彼女の腹部に向け頭から突っ込み、押し倒した。
 完全油断していた彼女は思わず刀を手放した。

「うっ……」

 僕は彼女の両腕を左腕と右足で押さえ込み、馬乗りになった。

「空、目を覚ませ!!
 俺を忘れたのか!?」

 僕は彼女の目をみて言った。
 しかし、彼女の表情は微塵も変わらなかった。

「目を覚ます必要がない。
 忘れてもいないよ。真田輝」

 胸が締め付けられた。
 なんだよその他人行儀な呼び方は……。

「空……。
 頼むよ、元に戻ってくれ!!」

 彼女は僕が話している間も何とか振り解こうと強い力で腕や足をばたつかせようとした。

「意味がわかりません。
 気持ち悪いんで離れてくれますか?」

 気持ち……悪いかぁ……。
 一番言われたくなかった言葉だ。女の笑顔のない気持ち悪いは、二度と顔見せんなって意味だと『恋花』で言っていた。やばい……心が折れそうだ。

「輝くん!!
 本当の空ちゃんは心の奥底に囚われてるの!!
 声は聞こえない!!
 危ないから離れなさい!!」

「空!!
 本当に忘れちまったのかよ!!
 なら、なんで……なんでまだそのシュシュ付けてんだ!!」

 そう言った時、少し空の目が広がったように感じた。

「っ……しつこいっ!!」

 彼女は少し力を強め暴れたが、僕は必死に押さえ込んだ。

「空……うそだろ……」

 僕の頬から一粒の涙がこぼれ落ちた。どうやらいつの間にか泣いていたようだ。
 僕の涙が、彼女の頬に当たると彼女はさらに大きく目を見開いた。

「…………あっ……くん」

 彼女がそう呟いた瞬間、地面から無数の鎖が現れ、彼女の体をぐるぐると締め上げた。
 僕は無意識に後ろへ飛ぶと再度彼女をみた。しかし彼女の顔はまた仮面のような無機質な表情に戻っていた。

「輝くん下がって!!」

 彼女はそう言い僕と前に来ると、何かの韻を唱え空に触った。
 すると空は眠るように瞳を閉じ動かなくなった。
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