滅霊の空を想う

ゆずぽん

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呪いの始まり

切れる絆 結ぶ絆

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「う……ここは……」

 目が覚めると、額が冷たいことに気がついた。どうやら濡れた手ぬぐいが乗っているようだ。
 俺は手ぬぐいを退けると、体を起こした。

「おや、ダメだよまだ起きちゃ」

 後ろから声が聞こえ振り返ると団子屋のおばさんがいた。

「あ、なんで……」

 おばさんは俺を無理矢理寝かせると、手ぬぐいを水に浸して絞り額に乗せ直した。

「天鬼のお嬢ちゃんがあんたを運んでくれたんだよ」

「うたが?」

 彼女は大きく頷いた。

「血の気の引いた顔で、あんたを担いで駆け込んできたんだよ。
 びっくりしたよ。うたちゃん慌てふためいて大変だったんだから。
 邪魔だからそこに座ってなさいって、思わず言っちゃったわ。ふふっ」

 彼女は優しく口に手を当て笑った。
 そうか、うたが運んでくれたのか……。

「……?
 そういえば、うたはどこに……?」

「ああ、さっき男前の兄ちゃんと一緒に出てったけど、あの子も隅におけないねぇ」

 男前の兄ちゃん……。

「信景!?」

 俺は布団を跳ね上げ飛び起きると、おばさんの制止も聞かず団子屋を飛び出した。
 そして暗い町を当てもなく彷徨い走り回るった。

「はぁ、はぁ、……うた。
 信景……どこだ」

 嫌な予感が脳裏をよぎる。もしかしたら信景は、うたを殺す気なんじゃ……。
 そんな思いが、俺の足を一層早めた。
 すると、町から出て行く二人の人影を見つけた。

「うた?」

 俺も二人に続き街の外へ出た。すると二人は木陰で向き合っていた。

「なにしてんだ?」

 気づかれないように近寄り聞き耳を立てた。
 
「うた、これを」

 信景はそう言うと懐から何かを取り出した。

「!?
 得物か!?」

 俺は咄嗟に身構え、二人の前に飛び出そうとしたが、即の手のところで踏みとどまった。
 目を凝らしてよく見るとそれはかんざしだった。

「っとっと……なんだぁ?」

 それは俺があげたものより何倍も豪華で値が張りそうなものだった。

「うた。僕と一緒に来てくれないか?」

「信ちゃん……私……」

 なんだこの状況は……これじゃあまるで婚約じゃねぇか。
 するとうたはしっかりと信景の目を見つめながら首を横に振った。

「受け取れない」

 それを聞いた信景の顔はみるみるうちに絶望の色に染まった。

「な、なんでだ!!
 僕は試合に勝って、奉公先を得た!
 将来苦労はさせない!!
 それに僕は、あの宗麟にも勝ったんだ!!」

 彼は捲し立てるように言ったが、うたの目はしっかりと彼を見据えていた。

「いいえ、貴方は宗麟に勝ってはいない!!
 私が分からないとでも思ったの?
 正々堂々と向かっていった宗麟に毒を使って勝つなんて……。
 見損なったわ」

 毒だって……!?
 嘘だろ信景……俺がどんなにお前と戦えることを嬉しく思っていたか……。

 信景は、その言葉に動揺したのか驚愕の表情を浮かべたじろいだ。

「な、なぜ……それを……」

「握手をした時、針を刺したんでしょ?
 見えないとでも思ったの?
 そんな人とは、一緒にはなれない。ごめんなさい」

 うたは深々と頭を下げた。

「な、なんでだ!!
 僕はっ! 僕はお前の為にこんな……こんな事までしたんだぞ!!!
 あいつの何処がいいんだ!!
 あいつのおおおおおお」

 信景が刀に手をかけた。
 俺は咄嗟に飛び出すと、彼の頬目掛け拳を叩き込んだ。

「っが…………」

 彼は不意の一撃になす術もなく吹き飛んだ。

「お前いま何しようとしたんだ……?
 何しようとしたんだって聞いてんだこらぁ!!」

 俺は怒りに打ち震えた。

「宗麟……!?」

 うたは驚いていたが、黙って見ていられなかった。信景の殺気は本物だったからだ。

「いてぇなぁ宗麟……。
 お前はいつもそうだ……」

 彼は頬を押さえ立ち上がると、俺を睨みつけた。

「ああ? 何がだ」

「お前はいつも、僕の欲しい物を奪って行く!!
 許せない許せない許せない!!
 だから僕はどんなことでもした……それが人道に反することでもな……なのに!!
 なんでなんだうたぁ!!」

 信景は一通り叫ぶと頭を抱えて苦しみ出した。

「な、なんだよ……あいつどうなっちまったんだ」

「あれは呪術の反動だよ。
 呪いで体を強化してたみたい。
 でもそれには代償が伴うの……あのままじゃ信ちゃんが呪いに取り込まれる!!」

 呪術だと!?
 あいつそんな事まで手を染めてやがったのか?
 だけど、あいつをそうさせたのは……俺だったのか……。

「どうすればいい?」

 するとうたは、手を前に出して目を閉じた。

「おい……何をする気だ?」

 その時、うたの周りを暖かく柔らかい光が包みこんだ。そして目を開け手を閉じると黒い刀が現れ、それと同時に白い着物を纏った。

「え……!?
 なんだよ……それ……」

 驚く俺に一瞥もせず、うたはゆっくりと刀に手をやり構えた。

「斬ります」

 俺はたまらず二人の間に割って入った。

「おい、それはねぇだろ!!
 いくら道を誤ったからっていきなり殺すなんて、そりゃ突飛すぎるぞ」

 しかし、うたの視線は俺を捉えてはいなかった。俺を透かしてしっかりと信景を見ている。

「どいて、別に殺す訳じゃない。
 この霊を斬る刀で、信ちゃんの心と邪悪な魂を切り離します」

 邪悪な魂を……切り離す!?
 俺が戸惑いを見せていると、前方から体を通り抜けるように風が吹いた。
 見るとそこにはもう、うたの姿はなかった。
 俺は振り返ると、二人はすでにやり合っていた。

 灯りもない漆黒の空間に、月明かりに照らされた方なの光が二つピカピカと光っている。
 草履をする音と、着物が擦れる音が静寂に響き渡った。

「どうなってやがるんだ?」

 俺は目を凝らしてみたが、夜の暗さのせいなのかはたまた二人の動きが早すぎるのか、一瞬見えるぐらいだった。
 すると、どちらかが一撃を加えたのか、小さく呻き声が聞こえてきた。
 辺りがまた静寂に包まれると、誰かが背中を向けたまま俺の方へと飛んできた。

「うたか!?」

「うん」

「やったのか!?」

 すると、うたは首を横に振った。
 恐らく失敗したのだろう。

「くそっ……くそくそくそくそ!!
 うたぁお前ぇええええええ!
 僕を斬ったなぁ!!!」

 信景は起き上がり叫んだ。俺は彼の顔を見てギョッとした。
 月明かりに照らされたその顔は、鬼そのものだった。
 目が血走り、鋭い歯を見せ唸っている。

「信……景……」

「黙れ黙れ黙れ!!
 くそっ……ゆるさねぇ……お前も……天鬼も……。
 宗麟!!! お前から全てを奪ってやる!!
 覚えとけよ」

 彼はそう叫ぶと、暗闇の中に消えた。

「あっ……待って」

 うたは信景に手を伸ばしたが、その手は虚しく空を掴んだ。
 そしてその手を力無く下げると、着物は光の粒となって消えた。

「うた……」

「やれなかった……」

 慰めの言葉を掛けようとした時、それを遮るように彼女は呟いた。

「躊躇しちゃった……。
 昔の信ちゃんを思い出して、仕留めきれなかった」

 彼女は肩を落としうなだれた。
 やっぱり彼女は、信景が好きだったのだろう。
 朝まであんなに楽しそうにしてたのに、さぞ辛かろ。

「うたのせいじゃない。
 多分あいつをあんなに追い込んだのは俺だ。
 俺は弱いあいつを守ってやってるつもりだった。ダチとしてな……。
 だけどあいつは違ったんだな……」

 信景は体が弱く、いじめも受けていた。だから俺がいつもあいつを助け、後ろにつかせていた。
 それがあいつの男としての魂に傷をつけてしまったのだろう。

「そんな事ないの……。
 私のせいなの……」

 彼女はそう言うと立ち上がり、地面に手をやると何かを拾い上げた。
 月明かりできらりと光ったそれは、信景が渡していたかんざしだった。

「これ、信ちゃんからもらって一緒に来ないかって言われたの」

「あ、ああ……そうなんだ」

 俺は視線を逸らし頬をかいた。そこは見ていて知っていたのだが、覗いていたのがバレたくなくてシラを切った。

「でも私、断っちゃった」

 彼女はそう言い、悲しそうに笑った。

「な、なんでだ?
 奉公先も名門の徳田家なのだろ?
 何も申し分ないじゃないか」

 俺は精一杯に強がった。
 思い返せば、今の俺には信景に男として勝てる部分は力しかない。
 自分でも笑ってしまう。一体いつから差をつけられてしまったのだろうか。
 するとうたは、今度こそしっかりと俺の目を見上げた。

「なんでて……。
 私には、先約がいるから」

 彼女はまるで俺の頭まで覗き込むようにまじまじと見つめてきた。

「えっ……?
 先約?」

 俺は思わずたじろいだ。いくら体を鍛えても、まだまだ精神は子供だと言う事だ。

「これ、もらったじゃない?」

 そう言って見せてきたのは、俺があげたかんざしだった。信景のとは比べ物にならないほど質素で安っぽかった。

「それがなんだってんだよ」

「はぁー……やっぱり知らなかったんだ。
 いい? 男が女にかんざしを送るって事は、求婚する時なんだよ?
 だから、貴方の方が先なの!」

 求婚……?

「………………ええええええええ!?
 いや、ちがっ……いや違くなくてだな……あの……」

 自分でも何を言っているかわからない。
 我ながら十四にもなって情けない。
 て言うかあの親父……知ってて売りやがったなぁ!?

「ぷっ、あははははは……ははっ……宗麟何慌ててるの? ぷふふっ」

 彼女は人目も憚らずお腹を抱えて笑い始めた。

「なんだよ……もう……。
 で? 返事は……どうなんだよ?」

 俺は一体何を聞いてるんだ。こんなにも人の答えが恐ろしく感じたことは無い。

「あはっ……へぇ?
 何言ってんの?
 もう、答え出てんじゃない!」

「は? なんだと?」

 彼女はかんざしを目線の高さまで上げ、少し揺らして見せた。

「受け取ることが、返事なんだよ?」

 そう言った彼女の表情は月明かりのせいだろうか、少しあからんで見えた。

「え……? じ、じゃあ、俺と一緒になるのか?」

「うん」

 彼女は頷き、潤んだ瞳で見つめてきた。

「や、やった……あ、いや。
 俺が、これから……ま、守ってやるよ」

 これが俺の精一杯の見栄だった。

「うん、でもその前に、宗麟にはもう一つの壁があるんだよなぁ」

「ん?」

 これ以上にどんな恥ずかしい事が待ち受けているのだろうか。

「私の父上、鬼より怖いよ?
 覚悟してね?」

 血の気が引いて行くのがわかった。
 お見合い結婚が当たり前なのに、どこぞの馬の骨とも分からない男が娘を奪いにくるのだ。
 話し合い血みどろになるのは容易に想像できる。
 これからを憂い、肩を落とす俺と反面、うたはかんざしを見つめ優しく微笑んでいた。
 俺はつい、その顔に見惚れてしまった。

 彼女の為なら……俺は……。
 
 俺は彼女の肩を掴み、抱き寄せた。

「っえ……ちょっ……宗麟……」

 こんなにも人を愛おしいと思ったことはない。心臓が高鳴り、喉がつっかえる様な感覚だった。
 そして俺たちは、優しく口づけを交わした。
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