活字中毒

南 瑠璃

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三話 だからこそ、側にいてほしくない

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夜の街のざわめきに不釣り合いな、オレンジライトが木のテーブルを優しく照らす。
人魚のロゴマークの入った紙コップを指で時折撫でながら、
私たちは、通りに面した窓に向かう形で、隣り合って座った。

何回も同じようなこと聞くけど、と朝子が前置きをしてから話し始める。
「薫、最近なにかあったの?何か付き合い悪くなったし。昔から本好きだとは聞いてはいたけど、2学期までは、今ほどじゃなかったよね。悩みがあるなら、わたし、聞くよ。」
「悩みなんて特にないよ。」
朝子の綺麗にカールした長いまつ毛を眺めながら、私は答える。
「・・・ほんとに?」
「うん。」
出来るだけ冷たく聞こえないように、私は言った。
「・・・まあ、何かあったら言ってよね。」
欲しいものがあるのに、気を使ってほしいと言えない子どものように、
我慢と少しの悲しさをたたえた顔をして、朝子は聞くのをやめた。
私がこれ以上聞いてほしくないという空気を出したのを察したのだろう。
朝子は、空気の読める子なのだ。
「朝子は?何かあった?」
誰かに何かを質問する時は、自分がその質問をしてほしいときだ、という対人関係のマニュアル本の台詞を思い出して、抹茶ラテをすすりながら、私は聞く。
「ん?うーん、そうだなあ・・・。なくはないけど・・。・・・今日はやめとこうかな。今度まとまったら話すよ。」
「わかった。」
何の話?と聞けばいいのに、私も理解の深い友人のふりをして、神妙に相槌をうつ。
きっと恋の話だと思った。

朝子とは浪人していたときに通っていた予備校が同じで、
最初は友達の友達として廊下ですれ違ったら挨拶をする程度だったのだが、
たまたま同じ夏期講習に通い、志望校が同じだったことから仲良くなった。
私は朝子の明るく天真爛漫で、誰とでも仲良くできるところを眩しく思ったし、
そんな朝子が仲良くしてくれることが誇らしかった。
朝子は朝子で、ちょっとへんな子と呼ばれる私のことを、珍しがって、私の話しをなんでも笑って聞いてくれた。大学に入ると、一緒のサークルに入り、飲み会に行き、恋の話をした。
といっても専ら朝子の恋愛話であったのだが。

明るい朝子はサークルでも中心人物となり、先輩に可愛がられ、後輩に憧れられ、男子たちの好意を一身に受けていた。一方私は、会話は下手でうまく場を和ませられず、合宿の宿の手配の係を任されては、見事にポカをし、後輩にカバーしてもらい、特に疎外されたわけではないのだが、なんだか少し、引け目を感じて、以前よりも本を読む時間を多く作ったところ、見事に本にはまってしまったのだった。
朝子にあるものが、私にない。それは違う人間として当然のことなのに、その差が、もどかしくて、少し距離を置きたいというのが、私の本音だった。決して嫌いではない。
むしろ好きで、憧れて、一緒にいたいのに、だからこそ、側にいてほしくない。
朝子は私に何を期待しているのだろう。何を言ってほしくて、誰に報告したいのだろう。そんな風にしか思えなくなってしまっている自分に呆れながら、窓の外に目をやる。街がキラキラ輝いて、自分がとてもみじめに思える。
「まあ、まあ、大丈夫ならいいんだ!」
空気を変えようとしたのか、朝子が笑顔を作り、並んで座る私の背中をバンバンと叩いてから、明後日から始まる試験の対策について熱心に語り始めた。

 帰り道は、タクシーを使った。電車で帰ろうかとも思ったけれど、今日の事件もあって、朝子に止められ、電車で2駅の距離なので、そう値段も高くならないだろうと踏んで、乗り込んだのだった。さすがに車内での読書は、気分が悪くなる可能性も高いため、する気にはならない。ついつい携帯電話に手が伸びそうになるが、窓の外を眺めるという行為で代換する。
ネットの世界にはやっかいな、SNSというものが存在する。
ニュースやコラムよりも、知らない誰かの、日常が書かれた日記が魔力を持つ時がある。
本を読むのをやめようと、携帯に手を伸ばしたが最後、電池が切れるまで、他人の日記を読み続けたことがあって、少し学習していた。
今日は、もう眠るだけにしたかった。それで窓の外をじっと眺めていたが、ふと、終電間際の街のにぎやかさに責められているような気がして、鞄を探り、手に絡めとったイヤホンを両方の耳に詰め込む。ランダムに再生設定をしてあったオーディオプレイヤーから、昔流行った女性歌手の影のある歌が聴こえる。
“上手に歩けるはずもないのに、わたしはどこへ?”
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