活字中毒

南 瑠璃

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最終話 背筋を伸ばして向き合ったら

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その日うず高く本が積まれた小さな部屋で、
わたしはポツンとテーブルの上に置かれた色紙を眺めていた。
茜から預かってきたものだった。朝子へのメッセージをゆっくり考えたい、今度会う約束をしているので、事情を聴くついでに色紙を渡してくる。
そんな半ば無理やりな理由を、茜は笑って聞いてくれた。
ふたりは一番仲がよかったもんね、そういって一生懸命みんなから集めたメッセージの書かれた色紙を私に渡してくれたのだった。
もし送ることになったりしたときに、と朝子の実家の住所が書かれたメモを乗せて。
もちろん私が朝子に会う約束をしているはずもなかった。
辞めることも知らなかったのだから。
色紙と住所のメモを交互にみて溜息をつく。

電源を入れた携帯には、たくさんのメールが溜め込まれていた。
多すぎる迷惑メールと一部の本当に大切なメッセージ。
茜から聞き出した方法で必死になって復元したメールたちのなかにあった、
朝子からのメールは特に深刻な雰囲気ではなかった、けれども何度も、そして継続的に「会おうよ」といってくれていた。

思えば私は朝子ときちんと向き合ったことがなかった。
わらうポイントが似ている、好きなブランドが同じ、会話が途切れない、そんなことが似通っているから、一緒にいれば安心してしまって、きっといつまでも同じ場所にいる、そんな風に思ってしまっていたのかもしれない。
離れてみれば、生まれた場所も知らず、何を考えているのか、今どこで何をしているのか、何もわかりはしない。どこまでいったって、私は私で、朝子が朝子である限りきちんと向き合わなければ何もわかるはずがなかったのだ。
物事はいつまでも同じではいてくれない。

本ばかり読んでいたって、何も成長しちゃいないじゃないか、涙がぽとりと落ちて、色紙の文字の一部がにじむ。いけない、とティッシュで押さえる。
どんな時間にだって一秒だって何の意味もない時間はないんだ。
そんな一文を思い出して、あの小説の主人公ならこんなときいったいどうするだろうと考える。
答えはひとつだった、いますぐに親友のもとに向かうに違いない。いつだって今は一瞬なのだから。がたん、とテーブルを揺らして立ち上がると、私はコートを着込んで色紙を持ち、鞄を背負ってドアの外へ駆け出していた。

日曜日の夜の新幹線はとても空いていて、自由席でも容易に座ることが出来た。
席に座って、髪と息を整える。最終列車に間に合うために必死で走ってきたのだった。
汗をぬぐって、駅のホームで買った緑茶を鞄から取り出す。
鞄は信じられないくらいに、軽かった。財布と携帯しか入っていない。
本が入っていないのなんて、何年ぶりだろう。
いつもなら不安がやってくるけれど、今日は不思議と平気だった。
ごくりと喉を鳴らして緑茶を飲む。冷たい液体が喉を通って胃へ落ちていくのがわかる。
「美味しい。」思わずつぶやく。
今までこんな風にお茶をおいしいと思ったことが、果たしてちゃんとあっただろうか。その瞬間瞬間に、正面から向き合っていたなら、もっといろんなことに気付けるのだろうか。

朝の光の美しさ、水たまりに浮かんだ桜の花びら、小さな子どもの幸せそうな笑い声、コーヒーショップのカップに書かれたありがとうの文字。

心に詰め込んだつもりになって、必死になって読んだあの物語も、逃げ道ではなく、背筋を伸ばして向き合ったら、違うメッセージをくれるのかもしれない。
プラットホームに発車のベルが鳴り響く。
景色が動き出す。
高層ビルの立ち並ぶ東京の朝、キラキラ輝く美しい緑、懐かしい田んぼのあぜ道、仕事に向かう人々の歩幅、線路沿いの看板、反射した窓に映る自分。
もう一瞬も逃さない、全部つかまえていく。もう一度ちゃんと、向き合うんだ。
少しの不安と闘いながら、ぎゅっと空色のスカートをつかむ。
そして私は、背筋をぴんと伸ばして、ずっとずっと、駆けていった。

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