魔王殺しのフリーター、覚醒し〝闇の力〟で現代ダンジョンを蹂躙す

七弦

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39 初陣

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 水晶迷宮クリスタルダンジョンの中層で、勇者一行は足止めを食らってしまった。
 ダンジョンの中に、巨大な湖が横たわっていたのだ。
 そして湖底から、時折巨大な背びれが見え隠れする。
 水棲のモンスターだ。

「勇者よ。岩底ナマズを釣ったことはあるか?」
 大斧使いのヴェルが低い声で勇者に問いかけた。
 勇者にとっては岩底ナマズなるモンスターからして初耳だった。

「いや……ないが。というか魔物を食うのも大概にした方が良いぞ。また解毒士ヒーラーに高い金を払うことになる」
「馬鹿にするな。さすがの俺でも、〝岩底ナマズ〟は食わない。何しろ奴らは、幽体だからな」

「幽体だと? ただの魚にしか見えないが」
「ああ。通常時はただの魚だ。しかし一度ひとたび奴が食い詰めると、幽体化して。そしてダンジョン内のモンスターを喰って、魔力を吸収する」

「ダンジョンを泳ぐ? 幽体化? 想像しづらいな」
「お前の世界でもあるだろう? 屋根よりも高く空を飛ぶコイノボリという魚が」
「微妙に違うが……なぜ知ってる?」
「その昔、貴様と同じ世界から来た奴と冒険したことがある。もっともそいつは、すぐに死んだがな」
「……そうか。とりあえずイメージはついた」

 ヴェルは革袋から、ジャラジャラと一等品の魔石を出した。
「と言う訳で岩底ナマズをおびき寄せるには、魔石が一番だ。少しもったいないが、良い石を使う。奴らは美食家だからな」
「美食家……?」

 ジャポッ!
 と、地底湖の水面が弾けた。
 巨大な魚影が姿を表し、再び水中に消えていった。

「まったく美食家には見えないぞ? むしろ何でも食いますって顔をしている。体型もヴェルに似てないか?」
 ヴェルは勇者の尻を蹴っ飛ばし、豪快に「がはははは」と笑った。 
「俺も美食家だ。……人もモンスターも、見た目にはよらないということだな」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ダンジョンを探索する仲間が突然喰われ、地の底に姿を消すというのは、中々に衝撃的な光景だ。
 一般の探索者であればパニックに陥っていただろう。
 最悪、右往左往するうちに仲間は死んでいたかもしれない。

 勇者時代の知識がなければ、弔木とむらぎは即座に〝闇の魔力〟を解放して敵を切り刻んでいた。
 が、敢えて弔木とむらぎはそうしなかった。

 結香はすぐに死なない確信があった。
 美食家グルメな岩底ナマズは、自らの巣でゆっくりと獲物を喰う。
 それゆえ、ダンジョンを走れば間に合うと踏んだのだ。

「ね、ねえ弔木とむらぎ……さん。何でここにいるのか分かんないけど、早く逃げない? 敵も動かないみたいだし」

 直前までの威勢は完全に消え去り、結香は憔悴しきっていた。
 冷たい地底湖の中、宙に浮かぶ弔木とむらぎの足にしがみつくので精一杯のようだ。

 岩底ナマズは弔木とむらぎが発動した〝牢獄〟に封じられている。確かに逃げるなら今かもしれない。

「それも一つだ。だが、ボスを倒していこう」
「ええ? このダンジョンのボスは討伐が禁止されているけど? そんなことをしたらダンジョン管理機構からペナルティを受け……ますよ」
「問題ない。今回のは明らかにこっちに非はない。俺たちはダンジョンの上層を探索していただけだ」

 弔木とむらぎは確信をもって言える。
 今回はダンジョン管理機構に落ち度がある。
 迷宮の主ダンジョンボスの中には、ダンジョン内のモンスターを補食する個体がいる。
 つまり必要以上にダンジョンのモンスターを狩れば、迷宮の主ダンジョンボスはエサを求めて探索者を狙うのだ。

 機構がそれに気づいてさえいれば、岩底ナマズが上層に来て結香を丸呑みすることもなかっただろう。

「これは正当防衛だし、ダンジョンを機構にも問題がある。何か文句を言われたら、そう反論すればいい。……社長が」
「何でパパなんですか」
「だって社長だからな。ただの社員が言うよりはいいだろう」

「……で、でもどうやるの? こんな湖の中じゃ戦えない」
「簡単だ。湖の水を全部抜いてみようか」
「え?」
「ダンジョン管理機構の職員に見られたくない。今すぐやろう。目と耳を閉じるんだ」
「な、何? 急に」


「〝極縮〟!」


 弔木とむらぎは、新たな闇の術を展開した。
 〝闇の魔力〟を全力で放出し、一気に圧縮させる。
 イメージするは――空間の歪み。
 全てを飲み込む、虚無の穴。
 魔力によって生み出されし黒の力場。
 現実世界こちらがわの言葉を使うなら――ブラックホールだ。

 刹那の間、弔木とむらぎの目の前に小規模なブラックホールが発生する。
 弔木とむらぎはさらに魔力を操作し、ブラックホールが飲み込む対象を指定した。
 湖の水だ。

 ――ズゾゾゾゾゾォオオ!!!

「ひゃああああああ!」
 轟音、そして結香の叫び声とともに地底湖の水位が激減する。
 もはや「水が一瞬で消滅した」と言った方が正しいほどだ。

 水を抜かれた湖の底で、迷宮の主ダンジョンボスの岩底ナマズが地面をビチビチと飛び跳ねていた。
 その巨大な姿は確かに「鯉のぼり」に似ている。
 もっとも、細かく見ていけば岩底ナマズの方が醜悪で厄介な存在ではあるが。

「な、何が起こったの??」
 湖底に降りたった結香は、困惑顔で辺りを見渡す。
 細かい説明は後だとばかりに、弔木とむらぎは結香に歩みよった。

「さて。湖の水は消えた。そして――」
 と、弔木とむらぎは結香に使っていた武器を渡した。
 細剣レイピアと魔法触媒〝風雪の青十字〟だ。
「これで武器も元通りだ。戦えるか?」

 弔木とむらぎに与えられた、社長からの命令。
 それは結香のレベルアップを手伝うこと、だ。
 ランクGのダンジョンだが、ボス討伐となれば経験値はそれなりに入るだろう。

「どうする? レベルを上げるために来たんだろう?」
 非現実的な光景に我を忘れていた結香だったが、弔木とむらぎの言葉に正気を取り戻しだす。
 だが、戦意は完全に失っていた。

「……も、もう…………ダメです」
「何故だ?」
「全身ずぶ濡れで気持ち悪いし、動けない」
 見れば、結香は全身が岩底ナマズの白濁した粘液で覆われていた。

「仕方がない――〝解除〟」
 弔木とむらぎが〝牢獄〟を解除する。
 自由を得た岩底ナマズは半透明になり、再び〝幽体化〟した。

 岩底ナマズは〝幽体化〟することで、岩や壁などの物理的な障壁をすり抜け、ダンジョンの中を泳げるようになる。
 結香の姿を認めると、ゆらりと尾鰭おびれを翻しながら近づいてくる。やはり飢えているのだろう、狙いを結香に定めている。

 弔木とむらぎは大泉から渡された新しいアイテム――烈火の拳紐ブレイズ・ナックルを拳に巻きつけ、結香に告げた。

「ダンジョン管理機構の奴らが来る前に、ボスを倒すとしようか。烈火の拳紐ブレイズ・ナックル初陣ういじんだ」
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