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本編
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どんなことが起きようとも、日は変わらず昇るものだ。エスタは変わらぬ朝を迎え、塔の近くまで食料を届けにきた男と話をしていた。
護衛もつけずに夜中一人出歩いた王太子がどうにかなった知らせでも入らないかと少し期待したが、特になにもなくエスタは肩を落とす。
「よし、これで全部かな」
「どうも、ありがとうございました」
「僕はここまでしか入れないから……魔女さまによろしくね」
食料などが詰まった箱をいくつか地において、男は台車を引いて去っていく。エスタが知る限り、自身を除けば塔に入った男は王、王太子、王の護衛の騎士が三人だけだ。騎士も形式として連れてきたといった様子で、彼らは魔女に守られていると慢心しているのだろう。
(魔女さまは、どうして……)
エスタは箱を一つ持ち上げると、塔に向かって歩き出す。エスタの頭に浮かんでいるのは王や王妃、王太子が働いた暴行と、それに抵抗することなくただ耐えるレアケの姿だ。
(なにか理由があるはずだ)
おそらく、レアケは望んで彼らに力を貸しているわけではない。しかし、彼らが強大な魔力をもつ魔女にどのようにして従属を強要しているのか、エスタには想像もつかなかった。
(それがわかったら、魔女さまを……)
エスタはそこまで考えたところで、足が向かう先、塔の開かれた扉からレアケが自分をじっと見ていることに気づいた。その赤い目をひと目見て、エスタは魔女の言葉を思い出す。
『そなたがここに来た理由を、けっして忘れてはならぬよ』
エスタはいま考えていたことが、自身の破滅を招くものだとわかっている。その破滅はエスタだけでなく、大切な妹をも巻き込むことになるとも。
(アニカ、俺は……)
エスタは大切な妹を守るために魔女のもとにやってきた。妹はエスタの勤めと引き換えに修道院にあずけられているが、そこでの生活もけっして楽ではないだろう。けれど頼れる者も、力も知恵もない兄妹が路地裏で身を寄せ合ってその日を暮らしているより、はるかに良いはずだ。
(……ダメだ)
エスタが破滅すれば、妹も寄る辺を失い破滅する。なんの力も持たない非力なエスタには、その考えを成し遂げることも、その上で破滅を避けることもできやしない。エスタは首を横に振って自身の心をごまかし、自身が生み出した考えをかき消した。
「重そうだのう、エスタ! どれ、私が運ぼう」
少し離れた塔の中からレアケが大きな声でエスタに声をかける。疑問に首をかしげると、エスタが抱えていた箱がふわりと宙に浮いた。
「えっ」
箱は驚くエスタを置いて、ふわふわと漂いながら塔の中へと吸い込まれるように運び込まれていく。エスタはそれを眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「すげぇ。やっぱ、魔女……なんだな」
魔力は生物ならばかならず持つ力だ。火を熾したり冷やしたりなどといった簡単な魔法なら一般の人でも使える。だが、重いものを浮かして距離を運ぶとなると難しいものだ。それを苦もなく簡単にやってのけるとは、さすがは魔女と言えるだろう。
エスタは感心しながら来た道を戻り、残りの箱を運んだ。エスタが箱を塔の近くまで運び、レアケが魔法で塔の中へ運ぶ。それを何度か繰り返し、すべての荷物を塔の中へと運んだ。最後の一つが塔の中に吸い込まれると、エスタは笑顔で手を振るレアケに手を振り返す。
「エスタ、すまぬがハンカチを落としての。戻るついでに、拾ってくれぬか」
「うん、わかっ……はい、わかりました」
エスタが辺りを見回すと、塔の少し手前に黄色のハンカチが落ちていた。
(ちょっと出れば拾えるのに)
エスタは言われたとおりにハンカチのもとに向かい、それを拾い上げる。顔を上げ、いまもレアケが一歩も外に出ようとしないことに気づいたエスタは一つの可能性を考え出した。
(もしかして……外に出ないんじゃなくて、出られないのか?)
体質故に外の出ることが億劫、それはけっしてうそではないだろう。だがそもそも、なんらかの制約のために外に出ることができないのだとしたら。
(ダメだ! 俺は、そんなこと、考えたら……)
考えを振り払うかのように、エスタは走って塔に向かった。エスタは気もそぞろだったからか、扉をくぐったところで足をもつれさせ、転倒しかける。
「うわっ」
エスタは衝撃を覚悟して両目をきつく瞑る。だが思っていた衝撃はなく、エスタは不思議に思いながらゆっくりと目を開いた。
「……まったく、危ないのう」
「え……うわぁっ!?」
開かれたエスタの目にレアケの白い首元が映る。魔法によって転倒の速度を緩められたエスタは、レアケに抱きとめられていた。
「ちょっ、はっ、はは放せよ!」
レアケの柔らかな、特に胸に意識が向いたエスタは顔を真っ赤にした。慌てて手で押しのけようとし、胸をわしつかみにして固まる。
「むう、命の恩人にその態度はないぞ? 悪い子は、……こうだ!」
「ぎゃあ!」
その隙をついて、レアケはエスタをぎゅうぎゅうと抱きしめた。離れるどころかぴったりと体がくっついてしまい、エスタはますます慌てる。
「ばかっ、やめろぉ!」
「そなた、仕えるべき者にばかとはなんだ」
「だって、ばかだろっ! ふっ、太り過ぎなんじゃねえの!?」
「ほお、それはうらやましさ故の暴言かの? 大丈夫、栄養をたくさんとれば、エスタの胸も大きくなるとも」
「ちげぇよ! てか、ならねえよ!?」
男のエスタの胸が大きくなることはないだろう。胸筋を鍛えれば、別の意味で大きくなるだろうが。
「はーなーせー!」
「はっは、仕方ないのう」
レアケは顔を真っ赤にしてわめくエスタを放した。自由になった途端、エスタはふくれっ面になる。
「やれやれ。エスタがお嫁に行けるようになるのは、まだまだ先のようだの」
「行かねえよ!」
「よし、私がどこに嫁に出しても恥ずかしくない淑女に育ててやるからの」
「だから、行かねえって言ってるだろ!」
目尻をつり上げてわめくエスタだが、頭をなでる手を払うことはなかった。レアケの手が離れたところで、エスタは拾ったハンカチを押しつけるように手渡し、箱を塔の中にある倉庫へと運んだ。
護衛もつけずに夜中一人出歩いた王太子がどうにかなった知らせでも入らないかと少し期待したが、特になにもなくエスタは肩を落とす。
「よし、これで全部かな」
「どうも、ありがとうございました」
「僕はここまでしか入れないから……魔女さまによろしくね」
食料などが詰まった箱をいくつか地において、男は台車を引いて去っていく。エスタが知る限り、自身を除けば塔に入った男は王、王太子、王の護衛の騎士が三人だけだ。騎士も形式として連れてきたといった様子で、彼らは魔女に守られていると慢心しているのだろう。
(魔女さまは、どうして……)
エスタは箱を一つ持ち上げると、塔に向かって歩き出す。エスタの頭に浮かんでいるのは王や王妃、王太子が働いた暴行と、それに抵抗することなくただ耐えるレアケの姿だ。
(なにか理由があるはずだ)
おそらく、レアケは望んで彼らに力を貸しているわけではない。しかし、彼らが強大な魔力をもつ魔女にどのようにして従属を強要しているのか、エスタには想像もつかなかった。
(それがわかったら、魔女さまを……)
エスタはそこまで考えたところで、足が向かう先、塔の開かれた扉からレアケが自分をじっと見ていることに気づいた。その赤い目をひと目見て、エスタは魔女の言葉を思い出す。
『そなたがここに来た理由を、けっして忘れてはならぬよ』
エスタはいま考えていたことが、自身の破滅を招くものだとわかっている。その破滅はエスタだけでなく、大切な妹をも巻き込むことになるとも。
(アニカ、俺は……)
エスタは大切な妹を守るために魔女のもとにやってきた。妹はエスタの勤めと引き換えに修道院にあずけられているが、そこでの生活もけっして楽ではないだろう。けれど頼れる者も、力も知恵もない兄妹が路地裏で身を寄せ合ってその日を暮らしているより、はるかに良いはずだ。
(……ダメだ)
エスタが破滅すれば、妹も寄る辺を失い破滅する。なんの力も持たない非力なエスタには、その考えを成し遂げることも、その上で破滅を避けることもできやしない。エスタは首を横に振って自身の心をごまかし、自身が生み出した考えをかき消した。
「重そうだのう、エスタ! どれ、私が運ぼう」
少し離れた塔の中からレアケが大きな声でエスタに声をかける。疑問に首をかしげると、エスタが抱えていた箱がふわりと宙に浮いた。
「えっ」
箱は驚くエスタを置いて、ふわふわと漂いながら塔の中へと吸い込まれるように運び込まれていく。エスタはそれを眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「すげぇ。やっぱ、魔女……なんだな」
魔力は生物ならばかならず持つ力だ。火を熾したり冷やしたりなどといった簡単な魔法なら一般の人でも使える。だが、重いものを浮かして距離を運ぶとなると難しいものだ。それを苦もなく簡単にやってのけるとは、さすがは魔女と言えるだろう。
エスタは感心しながら来た道を戻り、残りの箱を運んだ。エスタが箱を塔の近くまで運び、レアケが魔法で塔の中へ運ぶ。それを何度か繰り返し、すべての荷物を塔の中へと運んだ。最後の一つが塔の中に吸い込まれると、エスタは笑顔で手を振るレアケに手を振り返す。
「エスタ、すまぬがハンカチを落としての。戻るついでに、拾ってくれぬか」
「うん、わかっ……はい、わかりました」
エスタが辺りを見回すと、塔の少し手前に黄色のハンカチが落ちていた。
(ちょっと出れば拾えるのに)
エスタは言われたとおりにハンカチのもとに向かい、それを拾い上げる。顔を上げ、いまもレアケが一歩も外に出ようとしないことに気づいたエスタは一つの可能性を考え出した。
(もしかして……外に出ないんじゃなくて、出られないのか?)
体質故に外の出ることが億劫、それはけっしてうそではないだろう。だがそもそも、なんらかの制約のために外に出ることができないのだとしたら。
(ダメだ! 俺は、そんなこと、考えたら……)
考えを振り払うかのように、エスタは走って塔に向かった。エスタは気もそぞろだったからか、扉をくぐったところで足をもつれさせ、転倒しかける。
「うわっ」
エスタは衝撃を覚悟して両目をきつく瞑る。だが思っていた衝撃はなく、エスタは不思議に思いながらゆっくりと目を開いた。
「……まったく、危ないのう」
「え……うわぁっ!?」
開かれたエスタの目にレアケの白い首元が映る。魔法によって転倒の速度を緩められたエスタは、レアケに抱きとめられていた。
「ちょっ、はっ、はは放せよ!」
レアケの柔らかな、特に胸に意識が向いたエスタは顔を真っ赤にした。慌てて手で押しのけようとし、胸をわしつかみにして固まる。
「むう、命の恩人にその態度はないぞ? 悪い子は、……こうだ!」
「ぎゃあ!」
その隙をついて、レアケはエスタをぎゅうぎゅうと抱きしめた。離れるどころかぴったりと体がくっついてしまい、エスタはますます慌てる。
「ばかっ、やめろぉ!」
「そなた、仕えるべき者にばかとはなんだ」
「だって、ばかだろっ! ふっ、太り過ぎなんじゃねえの!?」
「ほお、それはうらやましさ故の暴言かの? 大丈夫、栄養をたくさんとれば、エスタの胸も大きくなるとも」
「ちげぇよ! てか、ならねえよ!?」
男のエスタの胸が大きくなることはないだろう。胸筋を鍛えれば、別の意味で大きくなるだろうが。
「はーなーせー!」
「はっは、仕方ないのう」
レアケは顔を真っ赤にしてわめくエスタを放した。自由になった途端、エスタはふくれっ面になる。
「やれやれ。エスタがお嫁に行けるようになるのは、まだまだ先のようだの」
「行かねえよ!」
「よし、私がどこに嫁に出しても恥ずかしくない淑女に育ててやるからの」
「だから、行かねえって言ってるだろ!」
目尻をつり上げてわめくエスタだが、頭をなでる手を払うことはなかった。レアケの手が離れたところで、エスタは拾ったハンカチを押しつけるように手渡し、箱を塔の中にある倉庫へと運んだ。
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