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本編
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◆
ヴィヴィアンヌは水浴びを終え、しっかり体を拭いて服を着た。この数日は体を拭くだけで済ませていたため、久しぶりの水浴びでご機嫌だ。
(騎士さま、終わったかな?)
ヴィヴィアンヌが後ろを振り返ると、川に顔を沈めていたオリヴィエはすでに水浴びを済ませて川辺に座り込んでいた。そっと近づくも、上半身裸のまま、頭から布を被って微動だにしていない。
「……騎士さま?」
オリヴィエの髪はぬれたまま、ほとんど水気が拭えていないようで、ぽたぽたと水を滴らせていた。ヴィヴィアンヌはオリヴィエの頭の布に手をかけ、彼の髪を拭う。
声をかけられたオリヴィエは視線を上げたが、すぐに顔を真っ赤にして目をそらした。
「騎士さま、すっきりした?」
「……え?」
「さっき、暗い顔していたから。水浴びして、ちょっとはすっきりしたかなって」
オリヴィエはヴィヴィアンヌと目を合わせなかったものの、ふと笑って感謝した。
「ありがとう、ヴィヴィアンヌ。きみは……本当に、やさしいですね」
ヴィヴィアンヌはオリヴィエの言葉に目をしばたかせる。
「私、やさしいの?」
「はい。少なくとも、私にとってはとてもやさしい」
「……へへっ、そっか。うれしいな」
ヴィヴィアンヌは祖母から人や生き物にはやさしくしなさい、それができればいい子だと言われていた。ただ、人と接する機会がなかったため、人に対してはどうすることがやさしいのか知る機会はなかった。
(私、知らないことがいっぱいあるんだ)
ヴィヴィアンヌはこの数日、オリヴィエと話しているうちに自分がどれほど無知なのかがよくわかった。
男がどういった存在なのか知らなかったし、女のこともよく知らなかった。森の外にどんな光景が広がるのか知らず、自分以外の人々がどんな生活を送っているのか知らなかった。
(騎士さまと一緒だと、いろんなことが知れる)
ヴィヴィアンヌはオリヴィエと出会わなければ、それを知らないままこの森で独り、一生を終えていたかもしれない。
(騎士さまに、もっと色んなことを教えてもらいたいなあ)
ヴィヴィアンヌはさまざまなことをオリヴィエから教わっていく中で、わずかしかなかった興味がふくれ上がった。もっと多くのことが知りたいと、欲が湧いていた。
「……騎士さま、帰ろっか」
「そうですね。帰った後、申し訳ないですが、治療していただけますか?」
ヴィヴィアンヌの中に、ぽたりと黒いしみが落ちる。
(治療魔法、使いたくないな……)
それはヴィヴィアンヌの中にじわじわと広がっていく。ヴィヴィアンヌは胸が苦しくなったが、なんとか笑ってごまかした。
「……うん」
「ありがとう、ヴィヴィアンヌ」
ヴィヴィアンヌは魔法を使ってオリヴィエを浮かせ、行きと同じように運んだ。二度目になると多少は慣れたのだろう、オリヴィエは顔をしかめなかった。
小屋に戻ってすぐに、ヴィヴィアンヌは療魔法を使ってオリヴィエの足を治療した。ずいぶんと慣れたようで、ヴィヴィアンヌの魔法は目覚ましい効果を上げる。
「騎士さま、どう?」
「かなり、いいですね。……これなら、ゆっくりであれば歩けそうだ。ありがとうございます」
「わあ。やったね、騎士さま!」
ヴィヴィアンヌはよろこび、オリヴィエに笑顔を向けた。しかしそれに、オリヴィエは顔を赤くしてうつむく。
(……騎士さま?)
さすがのヴィヴィアンヌもオリヴィエの様子がおかしいことに気づき、首をかしげた。
(騎士さま、怒っているのかな。私があんなこと考えたから……)
オリヴィエは一刻も早く洞窟を調査したいのだろう。しかし、ヴィヴィアンヌはそれを阻害するようなことを考えてしまった。
「……騎士さま、ごめんね」
「え?」
「私、ちょっと疲れたから、少し眠っちゃうね……」
「大丈夫ですか?」
ヴィヴィアンヌはベッドに寝転がり、そのまま目を閉じる。オリヴィエは慌ててヴィヴィアンヌの顔をのぞき込んだ。
「うん。治療魔法って結構魔力使うから……疲れちゃうの」
「そう、だったんですね……すみません、きみに無理をさせて」
「ううん」
ヴィヴィアンヌは目を開けずに笑った。
「……ヴィヴィアンヌ」
「どうしたの? 騎士さま」
「すべて終わったら、きみの望みをなんでも聞きます」
「……なんでも?」
「なんでもです」
「本当に?」
「はい。騎士に二言はありません」
はじめの頃のオリヴィエとの会話に似ていて、ヴィヴィアンヌはくすくすと笑った。オリヴィエもつられて笑い、小屋に二人の楽しげな笑い声が響く。
(なんでもなら、私……ううん、だめ……)
ヴィヴィアンヌは一番に思いついた望みをすぐに打ち消した。それはヴィヴィアンヌにとって、禁忌のような望みだからだ。
「……へへっ。じゃあ、考えておく、ね、騎士さま……」
オリヴィエは赤い髪を一房手に取り、そっと口づける。ヴィヴィアンヌはほほ笑んだまま、睡魔に身を任せて眠りについた。
ヴィヴィアンヌは水浴びを終え、しっかり体を拭いて服を着た。この数日は体を拭くだけで済ませていたため、久しぶりの水浴びでご機嫌だ。
(騎士さま、終わったかな?)
ヴィヴィアンヌが後ろを振り返ると、川に顔を沈めていたオリヴィエはすでに水浴びを済ませて川辺に座り込んでいた。そっと近づくも、上半身裸のまま、頭から布を被って微動だにしていない。
「……騎士さま?」
オリヴィエの髪はぬれたまま、ほとんど水気が拭えていないようで、ぽたぽたと水を滴らせていた。ヴィヴィアンヌはオリヴィエの頭の布に手をかけ、彼の髪を拭う。
声をかけられたオリヴィエは視線を上げたが、すぐに顔を真っ赤にして目をそらした。
「騎士さま、すっきりした?」
「……え?」
「さっき、暗い顔していたから。水浴びして、ちょっとはすっきりしたかなって」
オリヴィエはヴィヴィアンヌと目を合わせなかったものの、ふと笑って感謝した。
「ありがとう、ヴィヴィアンヌ。きみは……本当に、やさしいですね」
ヴィヴィアンヌはオリヴィエの言葉に目をしばたかせる。
「私、やさしいの?」
「はい。少なくとも、私にとってはとてもやさしい」
「……へへっ、そっか。うれしいな」
ヴィヴィアンヌは祖母から人や生き物にはやさしくしなさい、それができればいい子だと言われていた。ただ、人と接する機会がなかったため、人に対してはどうすることがやさしいのか知る機会はなかった。
(私、知らないことがいっぱいあるんだ)
ヴィヴィアンヌはこの数日、オリヴィエと話しているうちに自分がどれほど無知なのかがよくわかった。
男がどういった存在なのか知らなかったし、女のこともよく知らなかった。森の外にどんな光景が広がるのか知らず、自分以外の人々がどんな生活を送っているのか知らなかった。
(騎士さまと一緒だと、いろんなことが知れる)
ヴィヴィアンヌはオリヴィエと出会わなければ、それを知らないままこの森で独り、一生を終えていたかもしれない。
(騎士さまに、もっと色んなことを教えてもらいたいなあ)
ヴィヴィアンヌはさまざまなことをオリヴィエから教わっていく中で、わずかしかなかった興味がふくれ上がった。もっと多くのことが知りたいと、欲が湧いていた。
「……騎士さま、帰ろっか」
「そうですね。帰った後、申し訳ないですが、治療していただけますか?」
ヴィヴィアンヌの中に、ぽたりと黒いしみが落ちる。
(治療魔法、使いたくないな……)
それはヴィヴィアンヌの中にじわじわと広がっていく。ヴィヴィアンヌは胸が苦しくなったが、なんとか笑ってごまかした。
「……うん」
「ありがとう、ヴィヴィアンヌ」
ヴィヴィアンヌは魔法を使ってオリヴィエを浮かせ、行きと同じように運んだ。二度目になると多少は慣れたのだろう、オリヴィエは顔をしかめなかった。
小屋に戻ってすぐに、ヴィヴィアンヌは療魔法を使ってオリヴィエの足を治療した。ずいぶんと慣れたようで、ヴィヴィアンヌの魔法は目覚ましい効果を上げる。
「騎士さま、どう?」
「かなり、いいですね。……これなら、ゆっくりであれば歩けそうだ。ありがとうございます」
「わあ。やったね、騎士さま!」
ヴィヴィアンヌはよろこび、オリヴィエに笑顔を向けた。しかしそれに、オリヴィエは顔を赤くしてうつむく。
(……騎士さま?)
さすがのヴィヴィアンヌもオリヴィエの様子がおかしいことに気づき、首をかしげた。
(騎士さま、怒っているのかな。私があんなこと考えたから……)
オリヴィエは一刻も早く洞窟を調査したいのだろう。しかし、ヴィヴィアンヌはそれを阻害するようなことを考えてしまった。
「……騎士さま、ごめんね」
「え?」
「私、ちょっと疲れたから、少し眠っちゃうね……」
「大丈夫ですか?」
ヴィヴィアンヌはベッドに寝転がり、そのまま目を閉じる。オリヴィエは慌ててヴィヴィアンヌの顔をのぞき込んだ。
「うん。治療魔法って結構魔力使うから……疲れちゃうの」
「そう、だったんですね……すみません、きみに無理をさせて」
「ううん」
ヴィヴィアンヌは目を開けずに笑った。
「……ヴィヴィアンヌ」
「どうしたの? 騎士さま」
「すべて終わったら、きみの望みをなんでも聞きます」
「……なんでも?」
「なんでもです」
「本当に?」
「はい。騎士に二言はありません」
はじめの頃のオリヴィエとの会話に似ていて、ヴィヴィアンヌはくすくすと笑った。オリヴィエもつられて笑い、小屋に二人の楽しげな笑い声が響く。
(なんでもなら、私……ううん、だめ……)
ヴィヴィアンヌは一番に思いついた望みをすぐに打ち消した。それはヴィヴィアンヌにとって、禁忌のような望みだからだ。
「……へへっ。じゃあ、考えておく、ね、騎士さま……」
オリヴィエは赤い髪を一房手に取り、そっと口づける。ヴィヴィアンヌはほほ笑んだまま、睡魔に身を任せて眠りについた。
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