治療と称していただきます

茜菫

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第一部

夢だったのなら(4)*

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 レイモンドがエレノーラを知ったのは、彼が十三歳の頃だ。当時、レイモンドの故郷では流行病が蔓延し、多くの人々がそれを患った。レイモンドの兄もその中の一人だった。健康な者であれば症状は軽く済んだが、体の弱いレイモンドの兄は死の淵をさまよっていた。それを救ったのが、たまたまその地に立ち寄ったエレノーラだ。

 エレノーラが去った日、レイモンドは薬草の魔女の名と、彼女のブルネットの長い髪、アンバーの目を、記憶に深く刻みつけた。

 レイモンドは享楽の魔女に囚われていた彼女を一目見て、すぐにエレノーラだとわかった。同時に、いまのエレノーラからは想像もできないほど憔悴しきった姿に、享楽の魔女に対して、人生ではじめて人間に殺意を覚えるほどの憎しみを抱いた。

 すでにその手で討伐した後で、その憎しみは行き場をなくしたが、代わりにレイモンドはあの日からもう二度とエレノーラをこんな目にはあわせないと、守るのだと心に決めた。

「レイモンド……」

 レイモンドはエレノーラにすり寄られ、夢だとわかっていても、感触はなくとも、腕にあたっている胸が気になって仕方がなかった。

(ううう……)

 惚れた女性に薄着で腕に胸を押しつけられ、甘えたような声音で名前を呼ばれたら、なんとも思わない男はそういないだろう。レイモンドもそれにもれず、下半身が少し反応していた。

「エレノーラ」

「なに?」

「その、……胸が……」

 レイモンドの言葉にエレノーラは彼の腕を離した。それにほっとしたのもつかの間、エレノーラはおもむろにレイモンドの手をとって自分の胸に押し当てる。

「ちょ、えっ」

 レイモンドが目を剥くと、エレノーラはにっこりと笑ってとんでもない言葉を口にした。

「レイモンドの、好きなようにしていいのよ?」

 掌から伝わるやわらかさとぬくもりに否応なく体が反応して、股間がまずいことになっている。さらにエレノーラからそんな言葉を掛けられ、下半身に熱が集中し始めた。

(これはどうせ僕の夢なんだし……好きにしたっていいじゃないか)

 レイモンドは悪魔のささやきに屈しそうになったが、大きく首を横に振ってそれをはらう。

「そ、そんな、ことはっ……できませんから!」

 夢の中であっても、エレノーラにそんなことをしたくなかった。つらい目にあってきたエレノーラに一方的に自分の想いを押しつけるなど考えたくもない。

(僕は、あの男とは違う!)

 レイモンドはエレノーラで妄想してしまっている自分を殴りたくなった。離れるために腕を持ち上げようとしたが、それはままならなかった。

「もう……寝ているのに、理性強すぎでしょう」

「えっ」

 あきれたような声音でつぶやいたエレノーラは妖艶に笑んで、ぺろりと自分の唇をなめる。

「えっ?」

 レイモンドはいつのまにかエレノーラに押し倒されていた。突然の展開に頭が追いつかず、目を白黒させる。

「っ、エレノーラ、なにを……」

「レイモンドが好きにしないから、私が好きにするの。いいでしょう?」

 レイモンドはよくないと言おうとして、いやいいかと思い直し、やっぱりよくないだろうと思い直す。そんなレイモンドの内心の葛藤を嘲笑うかのように、エレノーラは細くて長い指を彼の肌の上を伝わせ、下へと下ろしていく。

(えっ、いつ上の服を開けたんだ!?)

 レイモンドはさっぱり記憶になく、それどころか全身が金縛りにあったように思う通りに動かせなかった。

「ここ、苦しそうね?」

「……っ」

 エレノーラの指がふくれ上がった下着にたどり着く。レイモンドは上から軽くつつかれて息を呑んだ。

(ズボン、脱いでたっけ……)

 エレノーラはそのまま、レイモンドの目を見ながらそこに掌を重ね、すりすりとその形を確かめるようにこする。その刺激に興奮し、そこはますます窮屈になっていく。

「うぅ……エレノーラ……」

「レイモンド……」

 エレノーラが身を屈め、下着の上からそこに唇を寄せた。

(まだ、キスもしていないのに……!)

 レイモンドはそんなことを頭の片隅で思いながら、何度もそこにリップ音をたてながらキスを繰り返すエレノーラから目が離せなかった。エレノーラはレイモンドの下着をずり下げ、上目遣いで彼を見ながら直接陰茎を唇で挟み、舌先をはわせる。

「はっ……う……っ」

 ひとしきりいいところは触れそうで触れられずにそれを続けられ、レイモンドは焦れったさに声をもらした。するとエレノーラは長い髪を耳に引っ掛け、ぺろりと亀頭をなめて息を吐く。そのままエレノーラは音を立てながら咥えこみ、頭をゆるゆると動かした。

「うぅっ……、ことをさせている、なんて……」

 夢の中だとはいえ、エレノーラにこんなにもいやらしいことをさせている。レイモンドは罪悪感を感じながらも、エレノーラがこんなにもいらやしいことを自分のためにしてくれている、そんなよろこびも感じていた。相反する気持ちを抱えながら、レイモンドが内心で何度も謝罪していると、エレノーラは顔を上げてにこりと笑った。

「私が、レイモンドにこういうことをするのが大好きだって……もう、知っているじゃない」

「えっ」

 レイモンドは思わず間の抜けた声をもらした。気が抜けたが、再び咥えこまれ、軽く吸われて襲ってきた快感に体を震わす。

(あれ、これは夢だったよな……)

 だが、感じる口内のあたたかさや気持ちよさは本物だった。レイモンドはいやらしく音を立て、彼の目をじっとみながら頭を動かし、吸いつき、目を細めて笑うエレノーラにはっとする。

「っ、エレノーラ、また……っ」

 がばりと上体を起こしてレイモンドは夢の中から飛び起きた。



 レイモンドの夢のさらに夢の中とは違って、一糸まとわぬ姿のエレノーラは飛び起きた彼を眺め、朝から彼の陰茎を咥えながら楽しそうに鼻を鳴らす。

「エレ、あぁ……っ」

 そのまま根元を扱かれながらぐっと吸いつかれ、レイモンドはこらえきれずに吐精した。エレノーラはそれを一滴残さずすべて飲み込むと、くたりと力をなくしている陰茎をうれしそうにぺろぺろとなめている。

「エレノーラ……」

「おはよう、レイモンド」

 挨拶をし、そこにキスをしたエレノーラがゆっくりと身を起こす。エレノーラの四肢には昨夜の情交の跡があった。ここはエレノーラの部屋、レイモンドはほぼ毎晩ここで眠っていて、二人は恋人同士であり数ヶ月後には正式に夫婦になる関係だ。

「夢の、さらに夢とか……」

 先ほどまで夢の中でさらに夢を見ていたという落ちにレイモンドはがっくりと肩を落とす。

「いつから、寝言に返事をしていたんだ……」

「夢かよ、って言っていたあたりかしら。夢を見ているんだなあって眺めていたら、私の名前を呼んで、好きなんて言って、ちょっと勃っていたから、ついうれしくなっちゃって!」

「うわあ……」

 エレノーラはうれしそうに笑っているが、レイモンドは恥ずかしくてたまらなかった。

「夢だったのなら、好きにしておけばよかった……!」

「それができないのが、レイモンドよね」

 ほめているのか、貶しているのか。レイモンドが体を起こすと、エレノーラはその腕にしがみつく。胸が腕にしっかりと当たっていた。

(わざとだろう)

 レイモンドはじろりとにらみつけるが、エレノーラは悪びれもなくいたずらっぽく笑う。そんなエレノーラがとてもかわいくて、結局、レイモンドは目をそらした。

「ねえ、どんな夢をみていたの?」

「……ここで、はじめて一緒に酒を飲んだ時の夢だった」

「あー、あの時ね。せっかく酔わせたのに、レイモンドったら……女性の部屋に泊まるなどできません! ……って言って、ふらふらなのにそのまま部屋に帰っちゃったのよね。あれには感服したわ。せっかく酔わせたのに」

(酔わせて、なにをする気だったんだ)

「あっ、その目、疑っているわね。別に、そんなつもりはなかったわよ。ただ、まあ……万が一があってもいいかなあ、って思ってただけ」

 心の内を読んだように、エレノーラは弁明する。多少怪しく見えたが、レイモンドは深く追求しないことにした。

「で、エレノーラ。……どこを触っているんだ」

「んー?」

 すっとぼけたような声音で答えたエレノーラは、ずっと片手で陰茎をこすっていた。細い肩をつかんでベッドに押し倒すと、きゃっと楽しげな悲鳴を上げる。

「次は、好きなようにさせてもらうからな」

「うんうん、レイモンドの好きなようにしちゃって」

 エレノーラはレイモンドの背に腕を回し、二人は口づけあった。
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