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第一部
また、治療と称していただきます(3)
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妖精との約束のため、吹き出す妖精避けの魔法の元となっているなにかを探し出して壊さなければならない。ここが享楽の魔女の隠れ家の一つであると考えると、前回のような侵入者への足止めなどの罠が仕掛けられているはずだ。
「また、厄介なことになりそうだな」
「本当、どこにでも隠れ家があるのね。……それにしても、どうしてこんな場所を選んだのかしら」
こんな山奥、しかも妖精の森だ。隠れ家の立地としては不適切すぎる。強大な力を持っていた魔女だが、妖精の相手は厄介だっただろうに。
「見つかりにくい場所ではあるな」
「でも、見つかりたくないだけなら、町中に持っていた隠れ家で十分だったんじゃない?」
隠れ家は王都のど真ん中から辺境の小さな村まで場所はさまざま。人里離れた廃墟が多かったが、街中の一軒家にもあり地下を隠れ家として地上にある住居を貸し出す、といった大胆なこともしていた。
街中に紛れた隠れ家は、魔女生前時はまったく発見できなかったという。魔女の遺体から見つかった手記に書かれていた情報からようやく在処がわかったくらいだ。それらを利用していた十年ほどは魔女を見つけ出すことができずに後手ばかりとなり、この国はおおいに苦しめられた。
「……こんな面倒なところを選ばなくても、見つからない隠れ家を持っていたしな。」
「人目から逃れたかったのかしら……考えても仕方がないわね」
「そうだな。いまはとにかく、問題を片づけよう」
享楽の魔女が考えていたことなど、いまはどうでもいい。薬の材料を手に入れてこの森から出るために問題なのは、妖精の要望に応えなければならないことだ。
「下りてみましょう」
レイモンドはうなずき、半壊した木の板を持ち上げて壁にかける。高さはそれほどなく、レイモンドは梯子を使わずに飛び下り、少ししてからエレノーラを呼んだ。
エレノーラが梯子を使って下りると、地下はレイモンドが使った魔法の明かりで照らされ、さらに下へ階段が続いているのが見える。その階段を下りた先には人一人が通れるほどの十分な大きさの扉が取りつけられていた。
「洞窟があるな」
扉を開くと、中は天然の洞窟に続いていた。この洞窟を利用するために小屋が建てられたのだろう。妖精避けの魔法は洞窟の中から発生しているようで、進むしかなかった。
レイモンドが先に扉を潜って洞窟へと入り、エレノーラもその後ろに続く。中は思ったよりも広く、見上げれば端の方に地上につながっている部分があり、そこから光がもれ入っていた。下には池があり、岩の合間から水が湧き出て大きな窪みに溜まり、光を浴びてきらきらと輝いている。
「あの男の隠れ家じゃなければ、すてきってはしゃげたのに」
木の板が張られてその上に織物が敷かれている一角があった。机や椅子が置かれているが、どうにも中途半端だ。ここで生活するために、必要なものをそろえている最中だったのかもしれない。魔女はこの隠れ家を利用しなかったのではなく、隠れ家として用意している最中に死んだのだろう。
「どこかに、妖精避けの魔法の元になっているものがあるはずだけど……」
エレノーラが机の上に目を向けると、見覚えのあるものを見つけて目をそらした。レイモンドは前に出て剣を抜き、机の上に振り下ろす。冷たい音が響き、剣を収めたレイモンドはエレノーラを抱き寄せた。
「エレノーラ。ここは使われなかったし、これからも使われることはない」
「……うん」
享楽の魔女はもうこの世にはいない。なにがあっても、レイモンドがそばで守ってくれるはずだ。エレノーラはレイモンドの胸に顔を埋めてすり寄せると、つい癖で匂いを嗅ぐ。
「エレノーラ……僕は匂うのか?」
「ううん、そんなことないけど……すごくいい匂いがして、安心するの」
「どっちだ、それ」
レイモンドは首をかしげたが、エレノーラもうまく説明できそうになかった。
「よし、早く見つけなきゃ」
エレノーラが気を取り直して机に向かおうとすると、先にレイモンドが近づきその上に置かれていたものを投げ捨てた。地に落ちて硬い音をたてるそれを意識から追いやり、机の上に置かれているものを一つ一つ確認していく。
魔法陣が描かれた紙が数枚、なにかの液体が入った瓶が数個、あとはペンやなにも書かれていない紙などが無造作に置かれている。エレノーラは瓶のうちの一つに見覚えがあった。瓶の中身はエレノーラがつくった魔法薬で、最低でも二年半はここに放置されていたと考えると効力は低下しているだろう。
「……ない」
机の上のものはすべて確認したが、どれも妖精避けの魔法の元になっているものではなかった。
(魔法を発動させ、効果を継続させるなら継続的に魔力が必要になる。となれば、魔力を結晶化したものの近くにあるか、それが組み込まれている可能性が高いわね)
魔力を結晶化させる道具は享楽の魔女が作り出したものだ。魔女の死後にその道具が解析され、いまではこの国にも普及し利用されている。享楽の魔女の隠れ家が見つかると多少の危険があっても調査されるのは、こういった有意義なものが見つかる可能性があるからだ。
「やっぱり……ないわね」
もう一度洞窟の中を見回してみたものの、それらしきものはなにも見当たらない。
「ううん、どこにあるの……」
「池の中とかは?」
「まさか」
エレノーラは笑いながら池に近づく。池の水はとても澄んで底が見えていた。よく見ると、底には細かな黒い石が敷き詰められている。
「……あった」
「えっ」
「この底にある石に見えるものが、魔力を結晶化させたものだわ。魔力の色が黒だなんて……あの男らしい」
いままで見つかった隠れ家に残していた魔力量とは比べ物にならないほどの魔力量だ。ここを終の住処にする気でいたのかもしれない。
(ここに魔力の結晶石があるのなら……)
池の中には魔力の結晶石ではない、魔法が込められた石がいくつかあるのが見えた。石のどれかが妖精避けの魔法の可能性が高いが、遠目では判別がつかず、手に取って確認してみないとわからなさそうだ。
「また、厄介なことになりそうだな」
「本当、どこにでも隠れ家があるのね。……それにしても、どうしてこんな場所を選んだのかしら」
こんな山奥、しかも妖精の森だ。隠れ家の立地としては不適切すぎる。強大な力を持っていた魔女だが、妖精の相手は厄介だっただろうに。
「見つかりにくい場所ではあるな」
「でも、見つかりたくないだけなら、町中に持っていた隠れ家で十分だったんじゃない?」
隠れ家は王都のど真ん中から辺境の小さな村まで場所はさまざま。人里離れた廃墟が多かったが、街中の一軒家にもあり地下を隠れ家として地上にある住居を貸し出す、といった大胆なこともしていた。
街中に紛れた隠れ家は、魔女生前時はまったく発見できなかったという。魔女の遺体から見つかった手記に書かれていた情報からようやく在処がわかったくらいだ。それらを利用していた十年ほどは魔女を見つけ出すことができずに後手ばかりとなり、この国はおおいに苦しめられた。
「……こんな面倒なところを選ばなくても、見つからない隠れ家を持っていたしな。」
「人目から逃れたかったのかしら……考えても仕方がないわね」
「そうだな。いまはとにかく、問題を片づけよう」
享楽の魔女が考えていたことなど、いまはどうでもいい。薬の材料を手に入れてこの森から出るために問題なのは、妖精の要望に応えなければならないことだ。
「下りてみましょう」
レイモンドはうなずき、半壊した木の板を持ち上げて壁にかける。高さはそれほどなく、レイモンドは梯子を使わずに飛び下り、少ししてからエレノーラを呼んだ。
エレノーラが梯子を使って下りると、地下はレイモンドが使った魔法の明かりで照らされ、さらに下へ階段が続いているのが見える。その階段を下りた先には人一人が通れるほどの十分な大きさの扉が取りつけられていた。
「洞窟があるな」
扉を開くと、中は天然の洞窟に続いていた。この洞窟を利用するために小屋が建てられたのだろう。妖精避けの魔法は洞窟の中から発生しているようで、進むしかなかった。
レイモンドが先に扉を潜って洞窟へと入り、エレノーラもその後ろに続く。中は思ったよりも広く、見上げれば端の方に地上につながっている部分があり、そこから光がもれ入っていた。下には池があり、岩の合間から水が湧き出て大きな窪みに溜まり、光を浴びてきらきらと輝いている。
「あの男の隠れ家じゃなければ、すてきってはしゃげたのに」
木の板が張られてその上に織物が敷かれている一角があった。机や椅子が置かれているが、どうにも中途半端だ。ここで生活するために、必要なものをそろえている最中だったのかもしれない。魔女はこの隠れ家を利用しなかったのではなく、隠れ家として用意している最中に死んだのだろう。
「どこかに、妖精避けの魔法の元になっているものがあるはずだけど……」
エレノーラが机の上に目を向けると、見覚えのあるものを見つけて目をそらした。レイモンドは前に出て剣を抜き、机の上に振り下ろす。冷たい音が響き、剣を収めたレイモンドはエレノーラを抱き寄せた。
「エレノーラ。ここは使われなかったし、これからも使われることはない」
「……うん」
享楽の魔女はもうこの世にはいない。なにがあっても、レイモンドがそばで守ってくれるはずだ。エレノーラはレイモンドの胸に顔を埋めてすり寄せると、つい癖で匂いを嗅ぐ。
「エレノーラ……僕は匂うのか?」
「ううん、そんなことないけど……すごくいい匂いがして、安心するの」
「どっちだ、それ」
レイモンドは首をかしげたが、エレノーラもうまく説明できそうになかった。
「よし、早く見つけなきゃ」
エレノーラが気を取り直して机に向かおうとすると、先にレイモンドが近づきその上に置かれていたものを投げ捨てた。地に落ちて硬い音をたてるそれを意識から追いやり、机の上に置かれているものを一つ一つ確認していく。
魔法陣が描かれた紙が数枚、なにかの液体が入った瓶が数個、あとはペンやなにも書かれていない紙などが無造作に置かれている。エレノーラは瓶のうちの一つに見覚えがあった。瓶の中身はエレノーラがつくった魔法薬で、最低でも二年半はここに放置されていたと考えると効力は低下しているだろう。
「……ない」
机の上のものはすべて確認したが、どれも妖精避けの魔法の元になっているものではなかった。
(魔法を発動させ、効果を継続させるなら継続的に魔力が必要になる。となれば、魔力を結晶化したものの近くにあるか、それが組み込まれている可能性が高いわね)
魔力を結晶化させる道具は享楽の魔女が作り出したものだ。魔女の死後にその道具が解析され、いまではこの国にも普及し利用されている。享楽の魔女の隠れ家が見つかると多少の危険があっても調査されるのは、こういった有意義なものが見つかる可能性があるからだ。
「やっぱり……ないわね」
もう一度洞窟の中を見回してみたものの、それらしきものはなにも見当たらない。
「ううん、どこにあるの……」
「池の中とかは?」
「まさか」
エレノーラは笑いながら池に近づく。池の水はとても澄んで底が見えていた。よく見ると、底には細かな黒い石が敷き詰められている。
「……あった」
「えっ」
「この底にある石に見えるものが、魔力を結晶化させたものだわ。魔力の色が黒だなんて……あの男らしい」
いままで見つかった隠れ家に残していた魔力量とは比べ物にならないほどの魔力量だ。ここを終の住処にする気でいたのかもしれない。
(ここに魔力の結晶石があるのなら……)
池の中には魔力の結晶石ではない、魔法が込められた石がいくつかあるのが見えた。石のどれかが妖精避けの魔法の可能性が高いが、遠目では判別がつかず、手に取って確認してみないとわからなさそうだ。
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