治療と称していただきます

茜菫

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第二部

私のかわいい旦那さま(2)

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 作るべきものは作り終え、渡すべきものも渡せてもらうべきものをもらったので、今日の勤めはお終いだ。エレノーラは大人しく部屋に、レイモンドと一緒にこもるために片づけを始めた。

 使い終えた道具を洗浄し、棚にしまい、それが終わったら軽く箒で掃き掃除をする。エレノーラがすべてが終わって振り返ると、扉の前に立っていたレイモンドは表情を戻し、真面目な顔をして彼女を見ていた。目が合うと、少しだけその表情が緩む。

「終わったのか?」

「うんうん」

 エレノーラは部屋に持って帰るものはなにもないため、身一つでレイモンドの元へとかけ寄った。

「レイモンド、お待たせ!」

「じゃあ、戻るか」

 レイモンドが扉を開き、エレノーラは感謝しながら先に研究室を出る。後に続いたレイモンドは後ろ手に扉を閉め、鍵をかけて離れた。

「ちょっと待ってね」

 エレノーラは鍵の上から、手早く施錠の魔法をかける。この魔法の解除方法を知っているのは、エレノーラと宮廷魔道士長のみだ。

 エレノーラがここで働き始めた頃、鍵を壊されて中が荒らされたことがあった。盗まれたものはなく、目的は嫌がらせだったのだろう。

 当時、エレノーラは恨まれても仕方がない立場だと、黙ってうやむやにしてしまおうとした。しかしレイモンドはいち早く報告し、犯人はすぐに捕まった。調査の結果、享楽の魔女への恨みからの犯行だった。

(そういえば、あの時……はじめてレイモンドに怒られたのよね)

 こういったことは放っておくと相手を増長させてしまうものだ、黙っていてもあなたのためにも相手のためにもなりませんと、レイモンドは怒った。怒られたことが衝撃的で思わず泣いてしまい、レイモンドを慌てさせたのは懐かしい思い出だ。

(でも、レイモンドの言う通りよね)

 その件に関してはレイモンドが言ったことが正しいと思い、エレノーラは謝罪してその言葉に従った。ただの嫌がらせも、一度手を染めてしまえば何度でも繰り返してしまう。止める人がいなければなおさらだ。

 最初は嫌がらせ程度で済んでいたとしても、自分では抑えることができなくなってしまった憎悪は行為を繰り返すほどふくらみ、行為はさらに過激になっていたかもしれない。最悪、エレノーラが命を奪われる可能性もあった。エレノーラは償いたいとは思うが、死にたくないし、不幸になりたい訳でもない。

「終わったか?」

「あ、うん。戻りましょう」

 エレノーラは声をかけられてはっとする。すべて、過去のことだ。いまではこうして対策し、最近はそういったことも起きていない。慌ててレイモンドの隣に立ち、部屋へと戻ることにした。

「今日の夕食はなにかしらね。レイモンドはなにがいい?」

「そうだな……僕は、シチューがいい。人参抜きで」

「あら、まだ人参が嫌いなの?」

「別に、嫌いじゃないけど……好きじゃない」

 エレノーラは目をそらしたレイモンドに少し笑ってしまった。少し拗ねたように目を細めるレイモンドの様子がたまらなくかわいい。

「エレノーラは?」

「私? 私は、レイモンドと一緒に食事できるなら、なんでもいいわ」

「その答え、ずるいぞ」

「ふふっ」

 エレノーラはそんな会話をしながらも、先ほどのことを思い出していた。レイモンドが嫉妬した、あの年若い騎士とのことだ。

(やさしくしすぎ、か。でも、冷たくしちゃったら……ううん、どうしたらいいのかしら)

 エレノーラは自分とレイモンドの立場を入れ替えて考える。レイモンドが彼に恋心を抱く女性と、エレノーラの目の前で彼女を会話に入れずに楽しそうに会話をしていたら、確かに嫌な気持ちになる。今後は気をつけようと思うものの、悩みがあった。

(けれど……いまでも、レイモンド以外の人とどう接したらいいのか、よくわからないのよね)

 エレノーラは先代の薬草の魔女の元にいた時は二人きり、彼女の死後は各地を一人で巡ったものの、一所に留まることはなかったため、親しくなった人はいなかった。享楽の魔女に囚われてからも二人きり。助け出されてからも、ほぼレイモンドと二人きり。

(私、交友関係、すっごく狭いわ)

 いまも接する人間は制限され、友人と呼べる相手は一悶着あって仲良くなったメイドが一人くらいだ。恋敵なら一人いるが。

「エレノーラ、どうした?」

「あ、ごめん。ちょっと、考えごとをしていたの」

 少しずつ口数が減り、いつの間にか黙り込んでしまっていたエレノーラにレイモンドは少し心配そうに声をかける。慌てて首を横に振ると、なんでもないように笑って見せた。

「なにを?」

「あぁ、さっきの若い騎士のこと……あ」

 言い方がまずかったと気づいた時には時すでに遅く、レイモンドはみるみる間に不機嫌な表情になっていった。慌ててレイモンドの腕にしがみつくと、彼はにらみつけるかのようにエレノーラを見る。

「違うの、そうじゃなくて! ほら、さっきレイモンドがやさしくしすぎって言ったでしょう? だから、どう接するのがいいのかなって!」

 誤解は解けたようだが、代わりにレイモンドは少し困った表情になった。

「それは……その……」

「あんまり冷たくしちゃうと……その、ちょっと、まずいかなあって」

 国敵である享楽の魔女の元にいた魔女ということで、多くの人々の薬草の魔女への評価は地をはうくらいまで落ちきっている。あの若い騎士のように、エレノーラを好意的に見ている人は珍しい。

 そんな珍しい相手に冷たい態度をとり、それが失われてしまうのは少し怖かった。その気持ちを込めて伝えると、レイモンドは少し落ち込んだように眉尻を下げる。

「……そう、だな。ごめん、僕が大人気なかった」

「えっ……あ、ううん、私も逆の立場だったら嫌だと思うもの」

「あの状況だけ変えても、僕とエレノーラは同じ立場にはならない」

 その言葉に返す言葉もなかった。レイモンドは国敵を倒したこの国の英雄的存在、対してエレノーラはその国敵の元にいた魔女、土台が違いすぎる。

(うぅ、いまの、結構お腹にぐっときたなあ……)

 エレノーラは立場に差があまりにもあることを改めて自覚する。レイモンドが多少冷たい態度を取ったとしてもその立場は揺るがないが、エレノーラは悪化する一方だ。三年近く地道に国に尽くしているが、それでもまだまだ薬草の魔女の評価はすこぶる悪い。

 レイモンドのように、エレノーラが各地を巡っていた頃に彼女に助けられたと恩を感じている人や、レイモンドの先輩であるニコラスのように同情的な人もいる。けれど、それは少数であって、そうでない人の方が多い。

「いままで通りでいい」

「でも……」

 エレノーラがそれ以上なにかを言う前に、レイモンドが片手で彼女の唇を塞いだ。

(ここは唇で塞いでくれてもいいのよ)

 なんて考えられるくらいには余裕があるらしい。そのまま上目で見ると、レイモンドは少し顔を赤くして目をそらした。

「ちょっと、妬くかもしれないけど……その分、エレノーラが僕が好きだってこと、教えてくれるだろ」

 エレノーラはその言葉に両手を握りしめ、何度も深くうなずく。いますぐにでも口づけたかったが、レイモンドの手が邪魔でできなかった。エレノーラが期待するように目を輝かせて見つめると、レイモンドは周りを見回す。だれもいないことを確認できたからか、レイモンドが手を退けたので、エレノーラはそのまま飛びついて口づけた。

「ちょ、エレ……っ」

 エレノーラが何度も口づけると、レイモンドは諦めたのか、それを受け入れる。エレノーラの腰に腕を回し、彼女の髪に指を差し入れると、深く口づけた。

「……続きは、戻ってからにしよう」

「うんうん!」

 唇が離れ、至近距離でそうつぶやいたレイモンドに二つ返事でうなずく。そのせいで額がぶつかり、おかしくなって、二人して笑った。
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