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第二部
見た目も大事よね(1)
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さんさんと照りつける太陽の下、エレノーラは職場である薬草庭園にて薬草たちを前にしゃがみこみ、合間に生えている雑草を引っこ抜いていた。ここを管理しているのはエレノーラのみ、彼女がやらねばだれもやらない。
「暑いわ」
「そうですね」
今日の護衛担当であるニコラスは、エレノーラのつぶやきに適当な相槌をうった。いつ見ても暑そうな騎士の制服に身を包んでいるが、ニコラスは苦でもない顔でそばに佇んでいる。
「……気分転換にでも、草、むしってみます?」
「いえ、遠慮しておきます」
にべもなく断られ、エレノーラは唇をとがらせた。ニコラスの職務は彼女の護衛だ、不測の事態が起きた時に草をむしっていたから対応できませんでした、ではお話にならない。
(別に、本気で誘ったわけじゃないけれど……)
エレノーラは本気ではなかったが、こうもあっさり断られると、それはそれで面白くなかった。
ニコラスはレイモンドの先輩、剣術においては兄弟子らしく、レイモンドと同様、いや、それ以上に真面目な人物だ。たまに雑談はするものの、そのほとんどはエレノーラから声をかけられればというもので、基本的には黙々と護衛の任を果たしている。
「はぁ……暑いけど、がーんばれ、私……」
「がんばってください」
エレノーラは心のこもっていない声援を受けつつ、再び手を動かして雑草を無心で引っこ抜いた。ぶちぶちと引っこ抜かれる音だけが、庭園に響く。
きりのいいところまで処理を終えてエレノーラが腕を伸ばすと、頬から顎に汗が伝った。不快さに視線を落とし、残暑のまだ続く厳しい暑さに、一つため息をつく。エレノーラは夏があまり好きではない。暑さも理由の一つだが、なにより汗をかくのが嫌だった。
(レイモンドと一緒に流す汗なら、大歓迎なのになあ)
そんなことを考えていると、汗がぽたりと地に落ちる。手の甲で頬を拭うと、上からニコラスにハンカチを差し出された。エレノーラは顔を上げ、礼を言ってそれを受け取る。
「魔女殿。三日後のことですが」
「今日は雨、降るのかしら」
「なにを言っているのですか、あなたは」
真面目なニコラスから声をかけられ、エレノーラはこれから雨でも降ってくれるんじゃないかと少し期待してしまった。残念ながら空は雲一つない晴天で、どうやっても雨など降りそうにない。
「えっと、三日後?」
「レイモンドと街に出るのでしょう?」
エレノーラは王妃からの依頼をこなして褒美をいただくこととなり、レイモンドと街に出る許可を得ていた。
「その予定だけれど……」
ニコラスがなぜ知っているのかと少し首をかしげたが、すぐに察する。レイモンドと仲がとても良いので、直接聞いたのだろう。
ニコラスはエレノーラとレイモンドの結婚に、はじめは反対していた。いまでは二人を応援してくれているが、なにを言われるのかと少し身構えてしまう。そんなエレノーラの内心を知ってか知らないでか、ニコラスは一つ、ため息をついた。
「街でレイモンドの服を、見繕ってやってくれませんか」
「え?」
「知っているでしょう。レイモンドは、壊滅的にセンスがないことを」
「え? ……ええ? そうなの?」
「知りませんでしたか?」
エレノーラが驚いたことに、ニコラスも驚いているようだ。エレノーラははレイモンドの私服姿をあまり見たことがない。普段は騎士の制服を着ている姿ばかり、部屋に戻っても制服のまま、脱いだらほとんどはそのまま寝間着になる。まれに部屋で私服に着替えることはあるが、数える程度だ。
(レイモンドの私服といえば……)
エレノーラが真っ先に思い出したのは、結婚前のデートの時のものだ。その際はおしゃれな格好をしていた。
「うーん……前のデートの時は、変だとおもわなかったわ」
「あれは……私が選びました」
「え、そうなの?」
「はい。あの日、あまりにもおかしな格好をしていたので、着替えさせました」
「そうだったのね。私服姿はあまり見たことがなくて。部屋でも、制服を着たままだし」
「そうですか。前回のことでちゃんと自覚したらしく、今回も選んでほしいと私のところに来たのですよ。引き受けましたが……いい迷惑なので、次回からは妻のあなたがうまく選んであげてください」
「妻!」
ニコラスの言葉にエレノーラは思わずにやけてしまった。冷ややかな目で見られつつ、エレノーラはこれまでのレイモンドの私服を思い返す。
(確かに、ちょっと変だなあって思うことはあったかも?)
変な刺繍が入っていると思ったことや、なぜその色の組み合わせなのと思ったこともあったが、どれもこれも少し変だなと感じる程度であまり気にとめていなかった。本人に自覚があるからか、あえて私服を着ないようにしていたのかもしれない。
「まあ! 夫がご迷惑をおかけしました」
「にやにやした顔で言われましてもね」
「あら」
ニコラスは苦笑いする。本気で迷惑だと思っている訳ではないだろう。レイモンドを弟のようにかわいがっているものの、毎回面倒を見てやるわけにもいかないので、妻であるエレノーラにしっかり面倒を見てほしい、という訳だ。
「レイモンドの手持ちの服からまともなものを選ぶつもりです。ついでに、悪趣味なものは処分するように提案します」
「そんなにひどいものだったの?」
「……そこは、濁しておきます」
よほどひどかったらしい。ニコラスにそう言わしめる服装とはどんなものだったのか、エレノーラは逆に興味が湧いてきた。しかし、レイモンドの名誉のために知らない方が良いと、その興味はそっとしまっておく。
(レイモンドは、私に格好をつけたいのね)
だから私服を極力着ないようにしているし、デートとなればニコラスに相談する。ニコラスもそれを理解してつきあったがこのようなことが続くのはごめんだと、エレノーラと二人きりの時にこの話をしたのだろう。
「ひどいものは処分して、新しく服を見繕う……と」
「そうですね、そうしていただけると助かります。装いも大切ですから」
「確かに」
見た目がすべてではないが、見た目もその人の一部だ。騎士の制服のレイモンドは格好よく、ニコラスが選んだ服のレイモンドも格好いい。少し変だと思った私服のレイモンドでも、エレノーラにはまあまあ格好いい。さすがに、ニコラスがあまりにもひどいと言った私服が格好よく思えるかはわからないが。
(でも、まあ……脱がせたら一緒だけどね)
どのレイモンドも格好いいが、エレノーラにとって一番格好いいのは、それらをすべて脱いだレイモンドだ。太い腕に厚い胸板、割れた腹、引き締まった尻と腿も太く、きれいなラインを描いている。エレノーラしか知らないその姿を今夜も堪能しようと思っていると、ニコラスが先ほどよりもさらに冷ややかな目で彼女を見ていた。
「声に出ていますよ」
「……あら、やだ」
エレノーラはぱたぱたとごまかすように手を振って顔をそらす。ニコラスはそれ以上、なにも言わなかった。
(あのレイモンド、格好よかったなあ)
前回のデートでのレイモンドの装いは、控えめに言っても格好良かった。エレノーラはほかにも色々な格好をさせてみたいと、脳内でレイモンドを着せ替える。さまざまな格好のレイモンドとデートする妄想を繰り広げ、エレノーラはまたにやけてしまった。
「暑いわ」
「そうですね」
今日の護衛担当であるニコラスは、エレノーラのつぶやきに適当な相槌をうった。いつ見ても暑そうな騎士の制服に身を包んでいるが、ニコラスは苦でもない顔でそばに佇んでいる。
「……気分転換にでも、草、むしってみます?」
「いえ、遠慮しておきます」
にべもなく断られ、エレノーラは唇をとがらせた。ニコラスの職務は彼女の護衛だ、不測の事態が起きた時に草をむしっていたから対応できませんでした、ではお話にならない。
(別に、本気で誘ったわけじゃないけれど……)
エレノーラは本気ではなかったが、こうもあっさり断られると、それはそれで面白くなかった。
ニコラスはレイモンドの先輩、剣術においては兄弟子らしく、レイモンドと同様、いや、それ以上に真面目な人物だ。たまに雑談はするものの、そのほとんどはエレノーラから声をかけられればというもので、基本的には黙々と護衛の任を果たしている。
「はぁ……暑いけど、がーんばれ、私……」
「がんばってください」
エレノーラは心のこもっていない声援を受けつつ、再び手を動かして雑草を無心で引っこ抜いた。ぶちぶちと引っこ抜かれる音だけが、庭園に響く。
きりのいいところまで処理を終えてエレノーラが腕を伸ばすと、頬から顎に汗が伝った。不快さに視線を落とし、残暑のまだ続く厳しい暑さに、一つため息をつく。エレノーラは夏があまり好きではない。暑さも理由の一つだが、なにより汗をかくのが嫌だった。
(レイモンドと一緒に流す汗なら、大歓迎なのになあ)
そんなことを考えていると、汗がぽたりと地に落ちる。手の甲で頬を拭うと、上からニコラスにハンカチを差し出された。エレノーラは顔を上げ、礼を言ってそれを受け取る。
「魔女殿。三日後のことですが」
「今日は雨、降るのかしら」
「なにを言っているのですか、あなたは」
真面目なニコラスから声をかけられ、エレノーラはこれから雨でも降ってくれるんじゃないかと少し期待してしまった。残念ながら空は雲一つない晴天で、どうやっても雨など降りそうにない。
「えっと、三日後?」
「レイモンドと街に出るのでしょう?」
エレノーラは王妃からの依頼をこなして褒美をいただくこととなり、レイモンドと街に出る許可を得ていた。
「その予定だけれど……」
ニコラスがなぜ知っているのかと少し首をかしげたが、すぐに察する。レイモンドと仲がとても良いので、直接聞いたのだろう。
ニコラスはエレノーラとレイモンドの結婚に、はじめは反対していた。いまでは二人を応援してくれているが、なにを言われるのかと少し身構えてしまう。そんなエレノーラの内心を知ってか知らないでか、ニコラスは一つ、ため息をついた。
「街でレイモンドの服を、見繕ってやってくれませんか」
「え?」
「知っているでしょう。レイモンドは、壊滅的にセンスがないことを」
「え? ……ええ? そうなの?」
「知りませんでしたか?」
エレノーラが驚いたことに、ニコラスも驚いているようだ。エレノーラははレイモンドの私服姿をあまり見たことがない。普段は騎士の制服を着ている姿ばかり、部屋に戻っても制服のまま、脱いだらほとんどはそのまま寝間着になる。まれに部屋で私服に着替えることはあるが、数える程度だ。
(レイモンドの私服といえば……)
エレノーラが真っ先に思い出したのは、結婚前のデートの時のものだ。その際はおしゃれな格好をしていた。
「うーん……前のデートの時は、変だとおもわなかったわ」
「あれは……私が選びました」
「え、そうなの?」
「はい。あの日、あまりにもおかしな格好をしていたので、着替えさせました」
「そうだったのね。私服姿はあまり見たことがなくて。部屋でも、制服を着たままだし」
「そうですか。前回のことでちゃんと自覚したらしく、今回も選んでほしいと私のところに来たのですよ。引き受けましたが……いい迷惑なので、次回からは妻のあなたがうまく選んであげてください」
「妻!」
ニコラスの言葉にエレノーラは思わずにやけてしまった。冷ややかな目で見られつつ、エレノーラはこれまでのレイモンドの私服を思い返す。
(確かに、ちょっと変だなあって思うことはあったかも?)
変な刺繍が入っていると思ったことや、なぜその色の組み合わせなのと思ったこともあったが、どれもこれも少し変だなと感じる程度であまり気にとめていなかった。本人に自覚があるからか、あえて私服を着ないようにしていたのかもしれない。
「まあ! 夫がご迷惑をおかけしました」
「にやにやした顔で言われましてもね」
「あら」
ニコラスは苦笑いする。本気で迷惑だと思っている訳ではないだろう。レイモンドを弟のようにかわいがっているものの、毎回面倒を見てやるわけにもいかないので、妻であるエレノーラにしっかり面倒を見てほしい、という訳だ。
「レイモンドの手持ちの服からまともなものを選ぶつもりです。ついでに、悪趣味なものは処分するように提案します」
「そんなにひどいものだったの?」
「……そこは、濁しておきます」
よほどひどかったらしい。ニコラスにそう言わしめる服装とはどんなものだったのか、エレノーラは逆に興味が湧いてきた。しかし、レイモンドの名誉のために知らない方が良いと、その興味はそっとしまっておく。
(レイモンドは、私に格好をつけたいのね)
だから私服を極力着ないようにしているし、デートとなればニコラスに相談する。ニコラスもそれを理解してつきあったがこのようなことが続くのはごめんだと、エレノーラと二人きりの時にこの話をしたのだろう。
「ひどいものは処分して、新しく服を見繕う……と」
「そうですね、そうしていただけると助かります。装いも大切ですから」
「確かに」
見た目がすべてではないが、見た目もその人の一部だ。騎士の制服のレイモンドは格好よく、ニコラスが選んだ服のレイモンドも格好いい。少し変だと思った私服のレイモンドでも、エレノーラにはまあまあ格好いい。さすがに、ニコラスがあまりにもひどいと言った私服が格好よく思えるかはわからないが。
(でも、まあ……脱がせたら一緒だけどね)
どのレイモンドも格好いいが、エレノーラにとって一番格好いいのは、それらをすべて脱いだレイモンドだ。太い腕に厚い胸板、割れた腹、引き締まった尻と腿も太く、きれいなラインを描いている。エレノーラしか知らないその姿を今夜も堪能しようと思っていると、ニコラスが先ほどよりもさらに冷ややかな目で彼女を見ていた。
「声に出ていますよ」
「……あら、やだ」
エレノーラはぱたぱたとごまかすように手を振って顔をそらす。ニコラスはそれ以上、なにも言わなかった。
(あのレイモンド、格好よかったなあ)
前回のデートでのレイモンドの装いは、控えめに言っても格好良かった。エレノーラはほかにも色々な格好をさせてみたいと、脳内でレイモンドを着せ替える。さまざまな格好のレイモンドとデートする妄想を繰り広げ、エレノーラはまたにやけてしまった。
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