襲われていた美男子を助けたら溺愛されました

茜菫

文字の大きさ
14 / 31

14

 ミケルはイライザの様子に小さく笑い、少し身を乗り出して甘えるような声でお願いをする。

「そんなことより。リズのこと、僕に教えてよ」

「……私のこと?」

「そう。好きな色や食べ物は? 普段はなにをしているの? 僕、知りたいことがたくさんあるんだ」

 イライザはそのお願いに戸惑い、ティーカップに視線を落として小さな声で答える。

「それは……聞いてもむだになるかもしれない」

 縁談が破談にならなければ、ミケルが自分にかけた時間がむだになる。イライザはそう考えていたが、ミケルはほほ笑んだまま首を横に振る。

「僕は、リズのことが好きなんだよ。好きな人のことを知れることは、むだじゃない」

「そっ、う……っ」

 イライザはミケルの言葉に頬を赤く染めた。

(好き、だなんて……)

 イライザは両手で頬を覆い隠す。異性から好意を示されることに慣れていない、むしろ初めてであったイライザには刺激が強かった。

「んんっ、……そっ、そう……」

 一つ咳払いをして平静を取り戻したように装うイライザだが、その頬は赤いままだし、声は動揺をしている。ミケルの言葉が本心なのかはわからなかったものの、その心は大きく揺れていた。

「私は、普段は騎士として従事している」

「リズは騎士なんだ、格好いい! そっか、だから体を鍛えているんだね」

「うぅ……」

 ミケルの言葉にイライザはうなる。昨夜、隅から隅まで余すことなく身体をすべて暴かれたことを思い出し、イライザの頬はさらに赤くなった。イライザはちらりとミケルの様子をうかがったが、彼はほほ笑んだまま変わりない。

「……そっ、そう、毎日、鍛えている」

「すごいなあ。僕もがんばって鍛えているけれど、なかなかうまくいかなくて」

「ミケルも均整に鍛えられていると思……あぁ、違うっ、そのっ」

「本当? そう言ってもらえるとうれしいなあ」

 うっかり昨夜見たミケルの体を思い出し、すなおな感想を口にしたイライザは羞恥でうつむいた。しばらくその状態で固まってしまったイライザの反応を楽しんでいるようで、ミケルはくすくすと笑っている。ミケルは秘密話をするかのように口元に手を当て、小さな声でいたずらっぽく笑いながらささやいた。

「リズは僕の体、気に入ってくれた?」

「……回答を拒否する!」

「残念、知りたかったのに」

 ティーカップの紅茶が冷めてしまうまでの間、二人は明るい声で会話を楽しんだ。イライザはミケルに振り回されてばかりだったが、不思議と嫌悪感は抱かなかった。

 冷めた紅茶を飲み干し、カップの底が見えたところで、イライザは壁にかけられた時計を見る。楽しい時間はあっという間に過ぎ、ラーゼル侯爵との約束の時間は刻々と近づいていた。

(このまま、ここでこうしていられたら……)

 そんな望みが頭によぎったが、イライザはすぐに首を横に振った。兄にすべてを押しつけるわけにはいかないし、なにより自分自身のこと、これからの進退に関わってくることだ。話がどちらに転ぶにしても、自分自身の目と耳で見届けたい。

「ミケル、申し訳ないけれど……そろそろ、行かないと」

「そっか、残念」

 後ろ髪を引かれながらもイライザは席を立った。ミケルは残念そうに眉尻を下げる。

「リズ、今夜会えない?」

「……今夜は無理だと思う」

 その願いを断ったイライザはわずかに罪悪感を覚えた。そこにつけ入るかのようにミケルは上目遣いでお願いを続ける。

「じゃあ、明日の夜は?」

「明日なら……」

「じゃあ、明日の夜にまた会おうよ。僕、リズに会いたいな」

「……わかった」

「ふふ、約束だね。明日が楽しみだな」

 ミケルは花が綻ぶように笑顔になり、うれしそうな声でつぶやく。その笑顔と声にイライザもうれしさを覚え、明日が楽しみとなっていた。



 ミケルと別れた後、イライザはノアと合流し馬車でラーゼル侯爵邸へと向かった。

 最低限の礼節としてドレスに身を包んでいるものの、流行が過ぎて型落ちしている上、中古で購入したものだ。ノアが申し訳なさそうにしていたが、イライザは破談したい相手のために着飾る気がなく、まったく気にしていなかった。そもそも、伯爵家の懐事情など金を貸した本人であるラーゼル侯爵もよく知っていることだろう。

(……あぁ、憂鬱)

 馬車の中は静かだった。イライザの口は重く、ノアも言葉を発することがないため、音になるのは彼女のため息だけだ。

 もう何度目になるかわからないイライザのため息にノアの表情が暗くなっていく。だがイライザがそれに気づくことなく、ただ考えにひたっていた。

 つい先ほどまで一緒にいたミケルのことを思い出し、イライザはさらにため息をつく。たとえまだ成立していない、破談したいと思っている縁談でも、それがある限りほかの異性と恋仲になるようなことは後ろめたさがあった。

(破談にできれば、私は恥じることなくミケルと……)

 正式に破談できれば問題は解消され、イライザは後ろめたさを感じることなくミケルの想いを受け取ることができる。

(だが、できなければミケルとは……)

 破談にできなければ、望まぬ相手に嫁がなければならない。そうなれば、ミケルとの関係も終わりだ。その現実に再びため息をついたイライザはあることに気づいて顔を両手で覆う。

(これじゃあまるで……ミケルとの関係を心配しているみたいじゃない!)

 イライザは耳まで赤くなり、羞恥で肩を震わせた。そんなイライザを兄のノアはおろおろとしながら見守っている。

(私はただ、騎士でありたいから、こんな縁談は不服なだけで……ミケルのことは別に、別に……っ)

 否定するように首を横に振るイライザだが、余計にミケルの顔が頭に浮かんで離れなくなる。イライザは両手で顔を覆ったまま小さくうなり、向かいに座るノアがかなしげに顔を歪めていることなど知らずに頭を悩ませた。

(確かに、純潔を捧げた相手だけど……)

 破談にするためだけに、体をつなげた関係。そこでひとときおたがいに感じた想いは泡沫の夢幻のようなものだとイライザは考えていた、が。

(けれど……ミケルは、私のことを……好き、だと……)

 ミケルの言葉を思い出したイライザは、うつむかせた頭をさらに落とした。イライザはあまりにも恥ずかしくて身悶えているだけだが、ノアは涙ぐんでさえいる。ノアが妹を慰めようと手を伸ばしたところで、イライザは勢いよく身を起こした。

「うわっ、……リ、リズ?」

「……兄さまは、だれかを好きになったことはある?」

「へっ? だれかを好きに……?」

 イライザの突拍子もない突然の問いに、ノアは面食らったように固まる。しばらくその問呆然としていたが、その問いを理解したようで顔を赤くした。

 今年で二十八歳となったノアはすでに妻を迎えていてもおかしくない年齢だが、借金を抱えた伯爵家の嫡男に嫁ごうとする令嬢などいなかった。ノア自身も借金を返しきるまではと諦めていたようだが、いまの反応からしてまったく恋をしなかったわけでもないのだろう。

「あぁ、なんていたわしいんだ、リズ……っ」

「え?」

 ノアは唇を引き締め、イライザの両手を取る。イライザは問いの答えではなく兄からの強い意志を感じる視線を返され、びくりと肩を震わせた。

「大丈夫だ、リズ。かならず、私がなんとかするから」

「え?」

 頭に疑問符を浮かべるイライザに対し、ノアは意気込んでいる。

「あの、兄さま……?」

「あっ、ああ! すまない、リズ。うん、……うん、そうだな。私にもあったよ」

 当時のことを思い出しているのか、ノアは少し遠い目をする。その様子から、その恋は実らなかったのだろう。

「大丈夫だ、リズ」

 まるで自分に言い聞かせるようにそうつぶやいたノアに、イライザはなにも言えなかった。
感想 1

あなたにおすすめの小説

こんにちは、最強騎士にお持ち帰りされたダメエルフです~もう逃げられません~

西野和歌
恋愛
おちこぼれエルフのシャーリーは、居場所を求めて人の国にて冒険者として活躍する事を夢見ていた。 だが、魔法も使えず戦闘ランクも最低のお荷物エルフは、すぐにパーティーを解雇される日々。 そして、また新たに解雇され一人になったシャーリーが、宿の食堂でやけ酒をしていると、近づく美貌の男がいた。 誰もが見惚れるその男の名はウェダー。 軽い調子でシャーリーを慰めるついでに酒を追加し、そのまま自分のベッドにお持ち帰りした。 初めてを奪われたエルフは、ひたすらハイスペックエリートの騎士に執着されるうちに、事件に巻き込まれてしまう。 これは、天然ドジな自尊心の低いシャーリーと、自らに流れる獣の血を憎みつつ、番のシャーリーを溺愛するウェダーの物語です。 (長文です20万文字近くありますが、完結しています) ※成人シーンには☆を入れています。投稿は毎日予定です。※他サイトにも掲載しています。

美醜逆転の世界で騎士団長の娘はウサギ公爵様に恋をする

ゆな
恋愛
糸のような目、小さな鼻と口をした、なんとも地味な顔が美しいとされる美醜逆転の世界。ベルリナ・クラレンスはこの世界では絶世の美少女だが、美の感覚が他の人とズレていた。 結婚適齢期にも関わらず、どの令嬢からも忌避される容姿の公爵様が美形にしか見えず、歳の差を乗り越え、二人が幸せになるまでのお話。 🔳男女両視点でかいています。 場面が重複する場合があります。 🔳"美醜逆転の世界で純情騎士団長を愛でる"のスピンオフとなります。本作を読んでいなくてもお楽しみいただける内容となっています。 🔳R18は後半 ※を付けますので、苦手な方はご注意ください

【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸
恋愛
竜神都市アーガストに三人の聖女が召喚されました。バツイチ社会人が竜神のお手当てをしてさっくり日本に帰るつもりだったのに、竜の神官二人に溺愛されて帰れなくなっちゃう話。

間違えて手を振っただけで、溺愛されまし

西野和歌
恋愛
騎士団隊長の兄をもつミカは親友のラナと、国のメインイベントの武術大会にて決勝戦の兄を応援していた。兄と対峙するのは同じ部隊の美貌騎士。けれど、彼は兄いわく変人なのだと言う。 戦う兄達がミカ達の観戦席に近づいた瞬間、ミカは声を張り上げて応援した。 けれど、応えたのは兄ではなく、なぜか誤解したらしき美貌騎士サイラスだった。 兄を倒し優勝したサイラスは、女神の口づけの相手を王女ではなく、突然ミカを指定した。 大衆の前で、唇を奪われ愛を囁かれるミカ。 今まで無表情のサイラスは暴走し、ミカに熱烈な執着を見せる。派手な馬車で迎えに来たり、朝からバラの花束を届けに来たりと、想定外な行動で愛を示すサイラス。 そして、サイラスがミカのために真面目な騎士になるのなら……と妹を差し出す兄。 なんとか誤解を解こうと迷いながらも、段々とサイラスに惹かれていくミカ。 ただイチャイチャじれじれしているだけの、カップル話です。

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。