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エピローグ①
しおりを挟むセシリアが自室に戻ると、そこには一面のケーキが並んでいた。チーズケーキ、洋梨のタルト、モンブラン、ショートケーキにチョコレートケーキなどなど。
「あああー!アンナ、ありがとう」
「いえいえ、お仕事お疲れ様でした」
マスティリア国王として貴族の前に立つ時などは非常に精神力を使う。それに今回は脳もかなり使ったので、脳が糖分を欲していた。
こういう時にはアンナは甘いものを用意して待っているのが常だった。
「ううう…美味しい…」
「ほらほらセシリア様、ケーキは逃げませんからゆっくり食べてください」
先程の国王然とした様子はどこへやら。そこには18歳らしい姿の少年…もとい少女の姿があった。そんなセシリアを半ば呆れ顔で見ていたのはサティ達だった。
いつの間に部屋に入ってきたのか複雑な表情を浮かべたトーランド勢と平然としているマスティリア勢だった。
「あれが…さっきまでの少年王か?」
「残念ながらそうなんですよ」
「本当、面白い王様だな」
「振り回されるこっちの身にもなってほしいです」
「同情する」
サティとマクシミリアンがコソコソとそんな話をしているのをセシリアはちゃっかり聞いており、目だけで2人を黙らせた。
「それにしても、マクシミリアン殿があんな風に動いてなんて知らなかったよ。」
「だから言ったじゃないですか?私は1週間もすれば動けると」
「どこまではシリィちゃんの策略なの?」
カレルが驚きながら言うと、皆そうだと言わんばかりに頷いたあとにセシリアに視線を向けた。
「うーん、これに関してはマックスの提案かな。今回のことがきっかけっていうわけじゃないけど、少しずつ叔父上には探りを入れてて」
「はい、今回のはいい機会でした」
「シリィちゃんは知っていただろうけど、僕はすっかり騙されてたね。マクシミリアン殿が裏切ったのかなぁって」
「確かに迫真の演技だったな」
「それに関しては、私も言いたいことがあるのよ!!」
セシリアは声を荒げて再びマクシミリアンを睨んだ。
「あんなところまで言わなくてもいいでしょ?私だって本当に焦ったんだからね」
「私を信用してもらうためには必要な情報だったんですよ」
確かに人を騙すには嘘と真実を織り交ぜるのが常套手段だ。
だからと言ってあそこまでの情報を流してると誰が思うだろうか。
そもそもあれは王家の最大の極秘事項なのだから。
「しかも"あんな子供の言いなりになっていては私の身が持たない"って何よ!絶対本心でしょ!!」
「…まぁ、そこは黙秘権を行使しますよ」
そんなことを言っていると、スライブがセシリアをおもむろに立ち上がらせる。
「セシリア、本当にお疲れ様。益々惚れ直した」
「…まぁ前半の言葉はありがたくいただいておく」
「ということで、宰相殿。約束通りセシリアを借りるぞ」
「はいはい。どうぞ」
スライブはマクシミリアンに向ってそういうと、戸惑うセシリアをよそに引っ張ってロイヤルガーデンへと連れて行った。
そして"セシリア"の姿に着替えるように促すと、そのまま王城を抜けだした。
方向からすると街だろうか?
「ちょっとスライブ、どこに行くのよ」
「お疲れ様を兼ねて城を出る約束を宰相殿に話を付けておいた。午後の政務は休みにしてくれるそうだぞ」
「本当!!やった!!」
思いがけないご褒美をもらってセシリアの足取りも軽くなった。
だが、おかしい。
スライブはセシリアを急き立てるように街へと急いでいる。
「で、だ。お前は約束を覚えているか?」
「約束?」
「兄が見つかったら結婚してくれるという約束だ」
「まぁ…覚えているけど」
確かにそんな約束をしたような気もする。
だが、現実問題としてライナスは見つかっていない。
それに今回の町に行くこととライナス発見のことが何か関係があるとは思えない。頭に疑問符を浮かべつつ連れてこられたのはレース編みの店だった。
スライブに促されるように中に入ると、見事なレースの数々が並んでいた。
「ここのレースが最近の流行だという。貴重品ということでトーランドでも一度献上されたが、本当に見事だな」
「ふーん。そうなのね。なら輸入品に出来るかもしれないわ。視察しましょ」
「視察ではないのだが…まぁ、いいか」
「わー綺麗ね」
セシリアはその一つを見て感嘆の声を上げた。
繊細かつ複雑に編まれたレースは確かに一級品だ。だがそれほど高値ではないうえに、街角にある普通のレースの店だ。
穴場といえば穴場の店だろう。
「じゃあこれを一つ貰おう。セシリア、これは贈り物だ。受け取ってくれ」
「貰っていいの?」
「あぁ、お前に貰って欲しい」
セシリアは一瞬戸惑ったが、あまりにもスライブの目が優しいものなので、思わず手渡されたレースをそっと受け取った。
何やらくすぐったい気持ちもある。
そんな2人を暖かく見守っていただろう店主が、不意にセシリアの顔をまじまじと見てぽつりと言った。
「あれ?あなたセザンヌさんに似ているのね」
「えっ?セザンヌは私の義母ですが」
「お義母様??いえ、同じ年頃でここのレース編みはセザンヌさんが受けているのよ」
「…もしかして」
まさか、そんなことがあるはずがない。
セシリアは頭の中で否定しながらもスライブを見上げると、スライブが懐中時計を取り出して何やら確認している。
「そろそろだな」
「マダム!今日の分を納入しに…ってセシリア!?」
「兄さん!!」
そこには驚愕と共に固まっているライナスと、してやったりという顔のスライブの姿があった。
あんなに探し続けていた兄が王都に潜んでいるとは誰が思うか?
しかも女装して。いや、同じ顔だから違和感はないし、自分も通常は男装しているのだがとやかくは言わないが
それにしても
(灯台もと暗し…)
セシリアは心の中でため息を付いて脱力したが、逃げようとするライナスの腕をガシリと掴んだ。
「兄さん…分かっているわよね」
「せ、セシリア…その顔…義父さんに似て…」
「いいから来なさい…」
「ひいいいいいい」
そうしてライナスを引きずるようにして、セシリアは城へを戻ったのだった。
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