【完結】天才令嬢は時戻りを繰り返す~溺愛してくる幼馴染の年上伯爵に伝えたいこと~

イトカワジンカイ

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・25-1.天才なんかじゃない①

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クロエがまず行ったのは、5回目までの時戻りで得た知識の確認だった。

「まず一回目の時戻りでは、クレープス病は細胞変異が原因だったって分かったのよね」

細胞の中にある遺伝子にはいくつか役割があり、その一つが体を形成する細胞の増殖と抑制だ。
例えば怪我した時に、新しい皮膚が作られるが、それは細胞の増殖に当たる。
そして新しい皮膚が傷を覆うと、細胞は増殖を止めるというイメージである。

だが、細胞分裂をするとき、偶然遺伝子に「傷」が生じることがあり、それを遺伝子細胞の「変異」と呼ぶ。
今回クレープス病はこの細胞の変異——すなわち遺伝子の傷が原因で発生していることになるのだ。

「そして三回目の時戻りだと、この細胞変異がどうやって行われるのかっていうメカニズムまで分かったはずだわ」

このクレープス病は細胞の変異により、細胞が無秩序に増え続けるようになったことが原因だ。
そして、増殖する細胞が体を破壊しながら、患者が死ぬまで増え続けてゆく。その結果皮膚が変色し、そこから壊死していくというのがクレープス病の正体だ。

「でも四回目の時戻りだと、遺伝情報がタンパク質とDNAのどっちが関与しているのか、まだ分からなかった」

現在の世界線では、ここまでの解明しか進んでいない。
ダニエルを始めとした学者たちは「遺伝情報はタンパク質にある」と考えていた。
だから、先日ダニエルとカフェで話していてそれが違うと思ったのだ。

(この間、以前ダニエルに伝えた解析方法で遺伝情報はDNAにあると断定できるはずだわ)

そして前回の5回目の時戻りでクロエはクレープス病が起こるメカニズムと治療方法を確立できた。
だが、それは完璧なものでは無かったのだ。

あと一歩のところで完治まで行かず、フレッドはクロエの目の前で死んだのだ。
これまでの知識を紙に書いていた手を止め、クロエはぎゅっと目を瞑った。

眼裏には夢で見たフレッドの青白い顔が思い出される。
いや、あれは夢ではない。
これまで五回の時戻りで見た現実だ。
アロイスはこの時戻りが最後だと言った。絶対にフレッドを助けなくては。クロエにはもう後がないのだ。
ペンを握る手に力が入る。

(ここの部分が思い出せないわ。思い出すヒントはないかしら……)

研究所に併設されている図書館に向かおうと時計に目を留めたクロエは、驚きの声を上げた。

「あ、もうこんな時間だわ! お兄様の所に行かなくちゃ!」

フレッドとの面会時間はそう多くない。
加えて病状はあまり良いものではなく、体が衰弱しており長時間面会することは難しいのだ。

だから、クロエは可能な限りフレッドの病室を訪れ、同じ時間を過ごすようにしている。
一分一秒でもフレッドと長くいるために、クロエは急いで病院に向かった。



息を切らして病室に駆け込んだクロエを、フレッドが微笑みながら迎えた。

「そんなに急がないで来なくても大丈夫だよ」
「でも、早くお兄様にお会いしたかったんですもの」

クロエは今日もフレッドが病室で迎えてくれたことに安堵した。
いつも病院に行く途中は、もしすでにフレッドが死んでいたらどうしようと、不安に駆られる。

だから、こうして以前と変わらぬ笑顔で迎えてくれる度にほっと胸を撫で下ろすのだ。

「今日はお兄様にプレゼントを持ってきたんです」
「ん? 何かな?」

フレッドが期待に満ちた目を向けてくる。
そんな目で見られると、自分のプレゼントがフレッドの期待に応えられるか若干不安になる。

先ほどまで意気揚々と準備をしていたのに、思わず躊躇していると、フレッドが忍び笑いをしている。

「な、なんですか?」
「クロエのプレゼント、早く食べたいよ」

フレッドの言葉に、クロエの胸が跳ねた。
どうしてクロエが持ってきたのが食べ物だと分かったのだろうか?

「はは、図星か。病室に入ってから、クロエはバッグを触っていたからね。もしかして、またクッキーを焼いてくれた、とか?」
「そ、そこまで分かるのですか!?」

というか、以前もそうやってクロエの隠し事がバレてしまったのだ。
一度ならず二度までも同じ轍を踏んでしまい、クロエは内心でがっくりと項垂れた。

だが、ここまできてプレゼントを出さないわけにはいかない。
クロエは観念してバッグの中に入れていた手作りクッキーを取り出した。

「また焼いてみたんです。この間よりも上手く焼けているとは思うのだけど……」

前回の教訓を生かして焼いたので、前回よりは焦げも少ないし形も整っていると思う。料理長のテムズにも合格をもらった。
まぁお世辞なのかもしれないが。

ラッピングのリボンも曲がっていないし、自分では及第点だとは思うが、やはり自信はない。

「お前がくれるものは何でも嬉しいよ。それにこうやって俺のためにまたクッキーを焼いてくれたことが何よりも嬉しい」

フレッドはそう言いながらクロエから受け取った包みを、大切に優しく紐解いた。
小麦色に焼けたクッキーを一つ摘まむと、一口頬張ったフレッドは、すぐに破顔した。

「うん、美味しい」

その光景を見て、クロエは初めて焼いたクッキーを渡した時のことを思い出していた。
あの時、フレッドがクッキーを食べた時に感じた既視感は、クロエが以前の時戻りであった光景なのだと、今なら分かる。

同時に、このままの状態であれば以前の時戻りと同様にフレッドが死んでしまう。
だから、絶対にフレッドを助けなくては。

「思いつめた顔をしてどうしたんだい?」

ここで暗い顔をしてしまっては、フレッドに要らぬ心配をかけてしまう。
それに、研究が上手くいっていないことを知られては、フレッドがショックを受けてしまうかもしれない。

そう思ったクロエはあえて微笑んで明るい声で答えた。

「え? そんなことは、ないわ」
「でも疲れているんじゃないか?ちゃんと寝ているのか?」
「ええ、寝ているわ。心配しないで」
「俺のために無理しないでくれ」

フレッドはそう言ってクロエの手を伸ばした。
いつものように頬に触れるのかと思った手が、空中でピタリと止まった。
そのままフレッドはすっと手を引っ込めてしまう。

それが無性に寂しくて、クロエは思わず尋ねていた。

「どうして触れて下さらないの?」
「……いや、こんな手になって気持ち悪いかと思ってね」

フレッドの手の痣は、以前に比べてその面積を広げ、手の甲だけであった痣は、すでにフレッドの手を覆っていた。
だが、そんなことはクロエには気にならない。

むしろ、フレッドの体温を感じたくて、クロエから手を伸ばし、フレッドの手をそっと握った。
驚いたのか、それとも嫌だったのか、フレッドの手がびくりと小さく震えた。

「クロエ……」
「私、お兄様の手が温かくて大きくて、大好きよ。だから……もっと触れてほしいなと、思うのだけど……」

言いつつもクロエの顔に血が集中して、熱い。
自分から触れてほしいなどと、大胆なことを言っている自覚はある。

「クロエがいいのなら触れたい」

フレッドの長く少し骨ばった指が、クロエの頬を滑るように撫でた。
眼差しには甘さが含んでいて、それが嬉しくも気恥ずかしくもある。

今までは片時も離れず、常にフレッドはクロエに触れていた。それが無くなって寂しく思っていた心が、一気に満たされた気持ちだった。

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