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・27-2.伝えたいこと②
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フレッドと最後にキスを交わしてから5年の月日が流れた。
クロエは目の前に横たわるフレッドの顔をそっと撫でた。
凍った頬から伝わる体温はひんやりとして冷たい。
(長かったわ……)
フレッドの時はあの日からずっと止まったままだ。
もう二度とフレッドのスカイブルーの瞳がクロエを映してはくれないかもしれない。
そんな恐怖と戦いながら、ここまで来たのだ。
あの日から季節は移ろい、既に5年が経っている。
クロエももう22歳になっていた。
「ふふふ、お兄様は今の私を見たらどう思うかしら?」
17歳で婚約者を作り20歳までに友人たちは皆結婚し、今では子供のいる友人たちも多い。
だから、22歳といえばもう行き遅れの年齢だ。
(お兄様がお嫁にもらって下さらなかったら、もう結婚は無理ね)
クロエはフレッドを見つめながらそう思って苦笑した。
だがその前にフレッドを目覚めさせ、病気を治すことが先決だ。
「さぁ、始めようか」
コールドスリープを解除するため、ダニエルが声をかける。
(お兄様を絶対に助けるわ。そして、あの答えを今度こそ伝えるわ)
ゆっくりと握っていたフレッドの手を離す。
名残惜しいが、次に触れる時には温かな温もりを返してくれることを祈って、クロエは頷いてダニエルに答えた。
「はい」
そうして目を閉じたクロエはこれまでの知識と研究とを積み重ねて開発した魔術展開を始めた。
クロエが魔法陣に力を込めると、フレッドの周りを囲む魔石が青白い光を帯びる。
光の粒子はそのままフレッドの体を覆いつくしていく。
同時に、フレッドの胸が上下に動き始めた。
コールドスリープが解けた証拠だ。
それを見たクロエはすぐさま、開発したクレープス病の特効薬を口元に流し込んだ。
「魔術・展開」
クロエがそう言うと、寝台の下に赤色の光が複雑な魔法陣を描く。
光が天井の一か所に集中すると、一気にフレッドの胸に突き刺さった。
光を帯びた赤い粒子がフレッドの中に吸い込まれると、そこを起点とするように、フレッドの体内に広がり、瞬く間に体を覆っていた痣を消し去っていく。
ものの数秒でフレッドの体を蝕んでいた痣は消え去り、元の肌色に戻った。
予想通りの反応。ここまでは成功している。
(あとはお兄様が目覚めるのを待つだけだわ)
クロエもダニエルも、フレッドの反応を待った。
しかし、フレッドの瞼は上がることなく、眠ったままだ。
1分、2分……時間は経過していく。
「どうして? どうして目覚めないの?」
クロエの胸にジリっとした焦りが生まれた。
もう目覚めてもいい時間だ。
それでもフレッドの反応はない。
急いで手首で脈を取ると一定のリズムで脈が動いている。
口元に耳を寄せると、呼吸もしていた。
(理論は完璧だったはずだわ。痣も消えているし、呼吸も安定している)
ただ顔色は青白いままで、生気がまるで感じられない。
瞬間、クロエの脳裏に5回目の時戻りの記憶が蘇る。
あの時見た光景と、今の光景は酷似していた。
またフレッドを失うかもしれない。
恐怖で胸が締め付けられ、背中に冷たい汗が流れた。
「失敗だ」
静かに告げるダニエルの言葉が、クロエには死刑宣告のようにも聞こえた。
「いいえ! まだよ! ちゃんとコールドスリープは解けているし、クレープス病だって完治している。ダニエル様だって分かるでしょう!?」
ダニエルの言葉を否定したくて、クロエは思わず声を荒げた。だがそれは同時にクロエ自身にも言い聞かせる言葉でもあった。
「落ち着いてくれ、クロエ嬢。君もこの事態は想定しただろう? 脳に障害が残ったんだ。数時間後には呼吸が止まるはずだ」
そう、この状態はクロエも想定していた事態だった。
コールドスリープが解けたとしても、一部の身体的機能が動かない可能性があった。
際たるものは、凍傷だ。
皮膚の一部が凍ったままで、そこから壊死してしまう可能性。
そしてもう一つは脳の損傷だった。
長時間凍らせたことで、脳死状態に陥る可能性だった。
こうなってしまっては、回復することなく数時間後に死亡する。
分かっていた。
分かってはいたがそれでも信じられない。
信じることを気持ちが拒否する。
フレッドの体に涙を浮かべて縋るクロエを見るに堪えないといようようにダニエルは目を背け、小さく声を掛けた。
「何かあったら呼んでくれ」
そうしてダニエルは静かに病室を出て行き、病室にはクロエとフレッドだけが残された。
クロエは祈るようにフレッドの手を握ると、声を震わせながら語り掛けた。
「お兄様、貴方を失ったら、私も生きていけないわ」
クロエはこれまで全ての時間をフレッドを助けるために費やした。
そう、クロエの人生はフレッドと共に歩むためだけにあるのだ。
フレッドのいない世界なら生きている意味はない。
(お願い、あの時の返事をさせて)
コールドスリープを提案した時、フレッドはクロエにプロポーズをしてくれた。
だがクロエの返事はフレッドがコールドスリープから目覚め、病気が治ってから伝えるという約束だった。
だからクロエはフレッドにプロポーズの答えを伝えられていない。
目覚めてほしい。
プロポーズの答えを伝えさせてほしい。
その思いを伝えるように、クロエは想いを込めてフレッドに口づけた。
少し低い温度が唇から伝わり、その冷たさに心まで冷えそうだ。
だがその時、握る手がピクリと動いた。
驚いて身を離すと、フレッドの顔に赤みが差し始めている。
そして金色の長いまつげが震え、ゆっくりと瞼が上がった。
「……クロエ?」
弱々しく掠れた声だったが、クロエの名を呼んだ。
ずっと焦がれて、もう一度聞きたいと思っていたフレッドの声だ。
「お兄……様?」
「クロエか?」
「ええ! そうです! 分かりますか?」
「もちろんだ。クロエの顔を忘れるはずはないだろう?」
涙が溢れて止まらない。
もっとフレッドの顔を見たいのに、涙が邪魔をしてはっきりと見えなかった。
そんなクロエを見てフレッドは小さく笑うと、ゆっくりと体を起こし、自分の手に視線を落とした。
そこには痣が消え去り、以前と同じような肌だった。
「そうか、病気は治ったんだな」
「はい!」
「やっぱり、お前を信じて良かった」
フレッドの目が真っ直ぐにクロエを捕らえる。
スカイブルーの瞳に映るのはクロエの姿。
同時にクロエのエメラルドの瞳に映るのもフレッド只一人だった。
込み上げる感情が溢れ、感情に任せてフレッドに抱き着くと、トクントクンという心音が聞こえる。
布越しに熱を感じ、ようやくフレッドが目覚めたことを実感した。
フレッドもまたクロエを強く抱きしめた。
どれほどの時間抱き合ったのか。
ようやく体を離したフレッドがクロエの顔を覗き込みながら笑った。
「クロエ、もっと顔をよく見せてくれ。綺麗になったな」
「あれから5年です」
「そうか。5年か……」
「年を取って幻滅しましたか?」
「まさか。昔よりずっと綺麗だ」
慈愛に満ちた眼差しがクロエに注がれる。その瞳には一点の嘘もなく、むしろ熱情に揺れていた。
「それで、あの日の返事を聞いてもいいかな?」
あの日の返事。
それはフレッドからのプロポーズの答えを意味する。
ずっと、ずっと。
5年前からずっと伝えたかった言葉を、クロエは今ようやく言える。
「お兄様、愛しています。貴方のお嫁さんにしてください!」
「もちろんだ。嬉しいよ、クロエ。愛してる、一生離さないからな」
その言葉に破顔したフレッドは、再びクロエを抱きしめた。
クロエの涙はとうとうあふれ出し、フレッドの肩を濡らした。
言葉にならない思いを込めて、クロエは何度も頷き、愛していると伝え続けた。
こうして、クロエは6度目の時戻りの末に、フレッドを救うことができたのだった。
フレッドと最後にキスを交わしてから5年の月日が流れた。
クロエは目の前に横たわるフレッドの顔をそっと撫でた。
凍った頬から伝わる体温はひんやりとして冷たい。
(長かったわ……)
フレッドの時はあの日からずっと止まったままだ。
もう二度とフレッドのスカイブルーの瞳がクロエを映してはくれないかもしれない。
そんな恐怖と戦いながら、ここまで来たのだ。
あの日から季節は移ろい、既に5年が経っている。
クロエももう22歳になっていた。
「ふふふ、お兄様は今の私を見たらどう思うかしら?」
17歳で婚約者を作り20歳までに友人たちは皆結婚し、今では子供のいる友人たちも多い。
だから、22歳といえばもう行き遅れの年齢だ。
(お兄様がお嫁にもらって下さらなかったら、もう結婚は無理ね)
クロエはフレッドを見つめながらそう思って苦笑した。
だがその前にフレッドを目覚めさせ、病気を治すことが先決だ。
「さぁ、始めようか」
コールドスリープを解除するため、ダニエルが声をかける。
(お兄様を絶対に助けるわ。そして、あの答えを今度こそ伝えるわ)
ゆっくりと握っていたフレッドの手を離す。
名残惜しいが、次に触れる時には温かな温もりを返してくれることを祈って、クロエは頷いてダニエルに答えた。
「はい」
そうして目を閉じたクロエはこれまでの知識と研究とを積み重ねて開発した魔術展開を始めた。
クロエが魔法陣に力を込めると、フレッドの周りを囲む魔石が青白い光を帯びる。
光の粒子はそのままフレッドの体を覆いつくしていく。
同時に、フレッドの胸が上下に動き始めた。
コールドスリープが解けた証拠だ。
それを見たクロエはすぐさま、開発したクレープス病の特効薬を口元に流し込んだ。
「魔術・展開」
クロエがそう言うと、寝台の下に赤色の光が複雑な魔法陣を描く。
光が天井の一か所に集中すると、一気にフレッドの胸に突き刺さった。
光を帯びた赤い粒子がフレッドの中に吸い込まれると、そこを起点とするように、フレッドの体内に広がり、瞬く間に体を覆っていた痣を消し去っていく。
ものの数秒でフレッドの体を蝕んでいた痣は消え去り、元の肌色に戻った。
予想通りの反応。ここまでは成功している。
(あとはお兄様が目覚めるのを待つだけだわ)
クロエもダニエルも、フレッドの反応を待った。
しかし、フレッドの瞼は上がることなく、眠ったままだ。
1分、2分……時間は経過していく。
「どうして? どうして目覚めないの?」
クロエの胸にジリっとした焦りが生まれた。
もう目覚めてもいい時間だ。
それでもフレッドの反応はない。
急いで手首で脈を取ると一定のリズムで脈が動いている。
口元に耳を寄せると、呼吸もしていた。
(理論は完璧だったはずだわ。痣も消えているし、呼吸も安定している)
ただ顔色は青白いままで、生気がまるで感じられない。
瞬間、クロエの脳裏に5回目の時戻りの記憶が蘇る。
あの時見た光景と、今の光景は酷似していた。
またフレッドを失うかもしれない。
恐怖で胸が締め付けられ、背中に冷たい汗が流れた。
「失敗だ」
静かに告げるダニエルの言葉が、クロエには死刑宣告のようにも聞こえた。
「いいえ! まだよ! ちゃんとコールドスリープは解けているし、クレープス病だって完治している。ダニエル様だって分かるでしょう!?」
ダニエルの言葉を否定したくて、クロエは思わず声を荒げた。だがそれは同時にクロエ自身にも言い聞かせる言葉でもあった。
「落ち着いてくれ、クロエ嬢。君もこの事態は想定しただろう? 脳に障害が残ったんだ。数時間後には呼吸が止まるはずだ」
そう、この状態はクロエも想定していた事態だった。
コールドスリープが解けたとしても、一部の身体的機能が動かない可能性があった。
際たるものは、凍傷だ。
皮膚の一部が凍ったままで、そこから壊死してしまう可能性。
そしてもう一つは脳の損傷だった。
長時間凍らせたことで、脳死状態に陥る可能性だった。
こうなってしまっては、回復することなく数時間後に死亡する。
分かっていた。
分かってはいたがそれでも信じられない。
信じることを気持ちが拒否する。
フレッドの体に涙を浮かべて縋るクロエを見るに堪えないといようようにダニエルは目を背け、小さく声を掛けた。
「何かあったら呼んでくれ」
そうしてダニエルは静かに病室を出て行き、病室にはクロエとフレッドだけが残された。
クロエは祈るようにフレッドの手を握ると、声を震わせながら語り掛けた。
「お兄様、貴方を失ったら、私も生きていけないわ」
クロエはこれまで全ての時間をフレッドを助けるために費やした。
そう、クロエの人生はフレッドと共に歩むためだけにあるのだ。
フレッドのいない世界なら生きている意味はない。
(お願い、あの時の返事をさせて)
コールドスリープを提案した時、フレッドはクロエにプロポーズをしてくれた。
だがクロエの返事はフレッドがコールドスリープから目覚め、病気が治ってから伝えるという約束だった。
だからクロエはフレッドにプロポーズの答えを伝えられていない。
目覚めてほしい。
プロポーズの答えを伝えさせてほしい。
その思いを伝えるように、クロエは想いを込めてフレッドに口づけた。
少し低い温度が唇から伝わり、その冷たさに心まで冷えそうだ。
だがその時、握る手がピクリと動いた。
驚いて身を離すと、フレッドの顔に赤みが差し始めている。
そして金色の長いまつげが震え、ゆっくりと瞼が上がった。
「……クロエ?」
弱々しく掠れた声だったが、クロエの名を呼んだ。
ずっと焦がれて、もう一度聞きたいと思っていたフレッドの声だ。
「お兄……様?」
「クロエか?」
「ええ! そうです! 分かりますか?」
「もちろんだ。クロエの顔を忘れるはずはないだろう?」
涙が溢れて止まらない。
もっとフレッドの顔を見たいのに、涙が邪魔をしてはっきりと見えなかった。
そんなクロエを見てフレッドは小さく笑うと、ゆっくりと体を起こし、自分の手に視線を落とした。
そこには痣が消え去り、以前と同じような肌だった。
「そうか、病気は治ったんだな」
「はい!」
「やっぱり、お前を信じて良かった」
フレッドの目が真っ直ぐにクロエを捕らえる。
スカイブルーの瞳に映るのはクロエの姿。
同時にクロエのエメラルドの瞳に映るのもフレッド只一人だった。
込み上げる感情が溢れ、感情に任せてフレッドに抱き着くと、トクントクンという心音が聞こえる。
布越しに熱を感じ、ようやくフレッドが目覚めたことを実感した。
フレッドもまたクロエを強く抱きしめた。
どれほどの時間抱き合ったのか。
ようやく体を離したフレッドがクロエの顔を覗き込みながら笑った。
「クロエ、もっと顔をよく見せてくれ。綺麗になったな」
「あれから5年です」
「そうか。5年か……」
「年を取って幻滅しましたか?」
「まさか。昔よりずっと綺麗だ」
慈愛に満ちた眼差しがクロエに注がれる。その瞳には一点の嘘もなく、むしろ熱情に揺れていた。
「それで、あの日の返事を聞いてもいいかな?」
あの日の返事。
それはフレッドからのプロポーズの答えを意味する。
ずっと、ずっと。
5年前からずっと伝えたかった言葉を、クロエは今ようやく言える。
「お兄様、愛しています。貴方のお嫁さんにしてください!」
「もちろんだ。嬉しいよ、クロエ。愛してる、一生離さないからな」
その言葉に破顔したフレッドは、再びクロエを抱きしめた。
クロエの涙はとうとうあふれ出し、フレッドの肩を濡らした。
言葉にならない思いを込めて、クロエは何度も頷き、愛していると伝え続けた。
こうして、クロエは6度目の時戻りの末に、フレッドを救うことができたのだった。
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