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2-2.由羅の事情
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ここまできたらじたばたしても仕方がない。そもそも暗殺に失敗してもアイツには喋るなとは言われていない。
だから由羅は腹を括って紫釉の問いに答えることにした。
「テフェビア王国の第二王子ヴァルディアです」
由羅があまりにもあっさり答えたので紫釉は目を丸くした。
「そんなに簡単に喋ってしまって大丈夫なの?」
「隠す必要もないですし、むしろ皇帝暗殺を企てたとか言ってヴァルディアを殺して欲しいくらいです。まぁ私がその最期を見れないのは残念ですけど」
由羅は思わず吐き捨てるように言ってしまった。
自分は皇帝暗殺の罪で処刑されるのだ。
最後の悪あがきとして、紫釉がこの件を持ち出してテフェビア王国を攻め滅ぼしてくれれば少しは溜飲が下がると言うものだ。
「何か事情があるのかい?」
気遣わし気に真っすぐに見る紫釉に答えるように、由羅は身の上を話すことにした。
「『黒の狼』って知ってますか?」
「もちろんだよ。有名な闇組織だよね。頼めば汚れ仕事も何でもやってくれるって言う」
「私はそこの人間なんです」
由羅の言葉に紫釉が小さく息を呑む音が聞こえた。
「黒の狼は闇組織と言われてますが、実は一つの一族なんです。幼い頃、奴隷として売られそうになっていた私を救ってくれたのが、黒の狼の長である崔袁でした」
由羅はこの国によくある黒髪だが、目の色は鮮やかな緑なのだ。
黒の髪に翡翠色の目という容姿はこの国では非常に珍しい。
それゆえ由羅は親によって奴隷商に売られた。
その後、奴隷として売られる直前に崔袁が助けてくれたのだ。
「崔袁は私を自分の娘として育ててくれました。そして一族の皆も私の事を受け入れてくれてとてもよくしてくれました。ですが、先日崔袁が亡くなったんです」
誰よりも強い崔袁だったが依頼の途中での戦いで、爆発に巻き込まれそうになった子供を庇って重傷を負い、それが原因で命を落としたのだ。
暗殺集団だの闇組織だのと言われる一族だが人の情には厚く、無関係な人間を傷つけないという矜持を持っていた。
そんな一族の長である崔袁は特にその矜持が強く、だからこそ子供を守ったことが死因になったのは崔袁らしいと思うし、納得もいく。
「黒の狼は大きな一族ではありません。崔袁が亡くなった穴を埋めるため、戦力となる者は方々に仕事に出ていました。村に残ったのは弱い者や子供たちだけ。私と幼馴染の宇航が留守役をしていました。そんなある日、テフェビア王国のヴァルディアが突然襲ってきたのです」
一族は人が容易に立ち入れない山奥にひっそりと暮らしていた。
それゆえ村の場所が特定されることなど今までなかったのだ。だがどこからか情報が漏れたのだ。
「一族と共に逃げた私と宇航は、最後尾を走っていました。だけど、不意を突かれて宇航と私は捕らえられてしまったんです。捕らえられた私たちにヴァルディアは言ったのです。宇航の命と引き換えに私の体を差し出せと」
おそらくヴァルディアは由羅の珍しい見目に興味を惹かれたのだろう。
それに加え、黒の狼としての利用価値があると踏んだのかもしれない。
由羅がそう言った瞬間パリンという硬質な音が室内に響き、紫釉の足元に茶器の破片がばらばらと散らばった。
見れば紫釉が持っていた茶器を握り潰していた。
「なんだって」
紫釉の纏う空気が黒いものに変わり、なんとなく静かな怒りが漂っているのを感じ、由羅は思わず息を呑んだ。
(な、何か、まずいことを言ったかしら!?)
「まさか体を許したの?」
「そ、そんなことはしません!」
地を這うような紫釉の声に驚きながら、由羅は慌てて否定した。すると紫釉は安堵したかのような表情を見せ、小さく咳ばらいをした後に再び元の表情に戻った。
先程の剣呑な空気は何だったのか少々気にはなったが、そこは突っ込まないことにした。
「それで、その後どうしたの?」
「宇航を助けてもらうという選択をしました」
この提案を拒否すれば宇航が殺されてしまう。
考えた由羅は、宇航を解放してもらう道を選んだ。
だが由羅だとて黙って体を捧げる程おとなしい人間でもない。
むしろ寝所に連れて行かれた際にはヴァルディアを殺そうとしたり、逃げ出そうとしたりもした。
その度に多勢に無勢でヴァルディアの部下に取り押さえられてしまったのだが、由羅の反抗が20回を超えた辺りでとうとうヴァルディアが折れた。
『そう毎度毎度殺されそうになっては敵わない。いちいち取り押さえるのも面倒だ』
そう言ってヴァルディアはまた新しい取引を持ちかけてきた。
『そんなに俺のものになるのが嫌なのなら、こうしよう。乾泰国の皇帝を殺せ。そうしたらお前を自由にしてやろう。もし殺せなかったら今度こそお前には大人しく俺の玩具になってもらおうか』
乾泰国皇帝を殺せば由羅は自由となる。
由羅はその取引を受けることにした。
「でも今なら逃げれるんじゃないかい?」
「私の右手を見てください」
由羅はそう言って視線を自らの右手に向ける。
甲の部分には赤く発光する紋様が浮き出ていた。
「呪い?」
紫釉の言葉に由羅は小さく頷いた。
「取引の期限は二ヶ月。二ヶ月で皇帝を暗殺できなければこの呪いが発動して私は自分の意思を奪われてヴァルディアに一生隷属することになる。だから私が自由になるためには……皇帝を暗殺するしか道はなかったんです」
「なるほど。そういう事情があったんだ」
「はい。以上が貴方を殺そうとした理由です」
「事情は分かったよ」
「じゃあ、すぱっと殺っちゃってください!」
由羅はすくりと立ち上がると、どこからでも殺せるように紫釉に向かって両腕を開いた。
このような結果になってしまったのは無念だが、ヴァルディアに凌辱されるよりはマシである。
願わくば、紫釉がこのことを外交問題にしてヴァルディアに報復してくれればと思う。
(そもそも他人の命を奪って自分が自由になろうとしたこと自体が間違いだったんだわ)
黒の狼は無関係な人間を傷つけないという矜持を持っている。
それなのにそれに背いた罰だ。
由羅は覚悟を決めて目を閉じた。
なのに紫釉が動く気配はない。
不思議に思っておそるおそる目を開けると、なぜか紫釉はにっこりと笑っていた。
「大丈夫、殺さないから」
「……え? 殺さないんですか?」
意味が分からず首を傾げた由羅に対し、紫釉は衝撃的な一言を言った。
「俺のお嫁さんにならない?」
と。
だから由羅は腹を括って紫釉の問いに答えることにした。
「テフェビア王国の第二王子ヴァルディアです」
由羅があまりにもあっさり答えたので紫釉は目を丸くした。
「そんなに簡単に喋ってしまって大丈夫なの?」
「隠す必要もないですし、むしろ皇帝暗殺を企てたとか言ってヴァルディアを殺して欲しいくらいです。まぁ私がその最期を見れないのは残念ですけど」
由羅は思わず吐き捨てるように言ってしまった。
自分は皇帝暗殺の罪で処刑されるのだ。
最後の悪あがきとして、紫釉がこの件を持ち出してテフェビア王国を攻め滅ぼしてくれれば少しは溜飲が下がると言うものだ。
「何か事情があるのかい?」
気遣わし気に真っすぐに見る紫釉に答えるように、由羅は身の上を話すことにした。
「『黒の狼』って知ってますか?」
「もちろんだよ。有名な闇組織だよね。頼めば汚れ仕事も何でもやってくれるって言う」
「私はそこの人間なんです」
由羅の言葉に紫釉が小さく息を呑む音が聞こえた。
「黒の狼は闇組織と言われてますが、実は一つの一族なんです。幼い頃、奴隷として売られそうになっていた私を救ってくれたのが、黒の狼の長である崔袁でした」
由羅はこの国によくある黒髪だが、目の色は鮮やかな緑なのだ。
黒の髪に翡翠色の目という容姿はこの国では非常に珍しい。
それゆえ由羅は親によって奴隷商に売られた。
その後、奴隷として売られる直前に崔袁が助けてくれたのだ。
「崔袁は私を自分の娘として育ててくれました。そして一族の皆も私の事を受け入れてくれてとてもよくしてくれました。ですが、先日崔袁が亡くなったんです」
誰よりも強い崔袁だったが依頼の途中での戦いで、爆発に巻き込まれそうになった子供を庇って重傷を負い、それが原因で命を落としたのだ。
暗殺集団だの闇組織だのと言われる一族だが人の情には厚く、無関係な人間を傷つけないという矜持を持っていた。
そんな一族の長である崔袁は特にその矜持が強く、だからこそ子供を守ったことが死因になったのは崔袁らしいと思うし、納得もいく。
「黒の狼は大きな一族ではありません。崔袁が亡くなった穴を埋めるため、戦力となる者は方々に仕事に出ていました。村に残ったのは弱い者や子供たちだけ。私と幼馴染の宇航が留守役をしていました。そんなある日、テフェビア王国のヴァルディアが突然襲ってきたのです」
一族は人が容易に立ち入れない山奥にひっそりと暮らしていた。
それゆえ村の場所が特定されることなど今までなかったのだ。だがどこからか情報が漏れたのだ。
「一族と共に逃げた私と宇航は、最後尾を走っていました。だけど、不意を突かれて宇航と私は捕らえられてしまったんです。捕らえられた私たちにヴァルディアは言ったのです。宇航の命と引き換えに私の体を差し出せと」
おそらくヴァルディアは由羅の珍しい見目に興味を惹かれたのだろう。
それに加え、黒の狼としての利用価値があると踏んだのかもしれない。
由羅がそう言った瞬間パリンという硬質な音が室内に響き、紫釉の足元に茶器の破片がばらばらと散らばった。
見れば紫釉が持っていた茶器を握り潰していた。
「なんだって」
紫釉の纏う空気が黒いものに変わり、なんとなく静かな怒りが漂っているのを感じ、由羅は思わず息を呑んだ。
(な、何か、まずいことを言ったかしら!?)
「まさか体を許したの?」
「そ、そんなことはしません!」
地を這うような紫釉の声に驚きながら、由羅は慌てて否定した。すると紫釉は安堵したかのような表情を見せ、小さく咳ばらいをした後に再び元の表情に戻った。
先程の剣呑な空気は何だったのか少々気にはなったが、そこは突っ込まないことにした。
「それで、その後どうしたの?」
「宇航を助けてもらうという選択をしました」
この提案を拒否すれば宇航が殺されてしまう。
考えた由羅は、宇航を解放してもらう道を選んだ。
だが由羅だとて黙って体を捧げる程おとなしい人間でもない。
むしろ寝所に連れて行かれた際にはヴァルディアを殺そうとしたり、逃げ出そうとしたりもした。
その度に多勢に無勢でヴァルディアの部下に取り押さえられてしまったのだが、由羅の反抗が20回を超えた辺りでとうとうヴァルディアが折れた。
『そう毎度毎度殺されそうになっては敵わない。いちいち取り押さえるのも面倒だ』
そう言ってヴァルディアはまた新しい取引を持ちかけてきた。
『そんなに俺のものになるのが嫌なのなら、こうしよう。乾泰国の皇帝を殺せ。そうしたらお前を自由にしてやろう。もし殺せなかったら今度こそお前には大人しく俺の玩具になってもらおうか』
乾泰国皇帝を殺せば由羅は自由となる。
由羅はその取引を受けることにした。
「でも今なら逃げれるんじゃないかい?」
「私の右手を見てください」
由羅はそう言って視線を自らの右手に向ける。
甲の部分には赤く発光する紋様が浮き出ていた。
「呪い?」
紫釉の言葉に由羅は小さく頷いた。
「取引の期限は二ヶ月。二ヶ月で皇帝を暗殺できなければこの呪いが発動して私は自分の意思を奪われてヴァルディアに一生隷属することになる。だから私が自由になるためには……皇帝を暗殺するしか道はなかったんです」
「なるほど。そういう事情があったんだ」
「はい。以上が貴方を殺そうとした理由です」
「事情は分かったよ」
「じゃあ、すぱっと殺っちゃってください!」
由羅はすくりと立ち上がると、どこからでも殺せるように紫釉に向かって両腕を開いた。
このような結果になってしまったのは無念だが、ヴァルディアに凌辱されるよりはマシである。
願わくば、紫釉がこのことを外交問題にしてヴァルディアに報復してくれればと思う。
(そもそも他人の命を奪って自分が自由になろうとしたこと自体が間違いだったんだわ)
黒の狼は無関係な人間を傷つけないという矜持を持っている。
それなのにそれに背いた罰だ。
由羅は覚悟を決めて目を閉じた。
なのに紫釉が動く気配はない。
不思議に思っておそるおそる目を開けると、なぜか紫釉はにっこりと笑っていた。
「大丈夫、殺さないから」
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と。
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