5 / 6
2-3.とんでもない提案①
しおりを挟む
その言葉の意味を理解するのに優に10秒ほどかかっただろう。
(なるほど、妃ね。うん。妃……? えっ妃!?)
由羅の脳が一瞬何を言われたのか理解できず混乱した。
そして口を開いて出たのは絶叫だった。
「は? はぁぁぁぁ?」
それ以上は言葉が出せず、餌を求める鯉のように口をパクパクさせていると、部屋の外から侍女の声が聞こえた。
「皇帝陛下、お二人をお連れいたしました」
そういえば紫釉は先ほど誰かを呼ぶように指示していた。
その人物たちが来たのだろうか。
「入っていいよ」
紫釉が入室を許可すると2人の男性が現れた。
一人は栗毛色の髪の青年だ。
癖毛なのか長い髪が波打っていて、それを緩くまとめて肩に流している。
紫釉が彼らを呼ぶように命じてからの時間を考える準備の時間は少なかっただろうが、白い衣に赤い上衣をきっかりと身に着けていた。
少し垂れた目に形の良い眉という容貌は、甘さを含んだもので彼の纏う雰囲気もまた柔らかいものの様に感じた。
だが由羅には分かった。
(この人……なんかただ者じゃない)
唇の端が引き上がり、一見すると笑っているようにも見える柔和な雰囲気を纏っているように見えるが、よく見ると目は全く笑ってはおらず、この状況に対して探るような鋭利な刃物を隠し持ったような空気が混じっている。
由羅の勘違いでなければ、不機嫌な空気が伝わってくる。
もう一人の男性は腰に太刀を佩いていることから武官だろう。
無造作に切られた髪を後ろに雑に束ねている。
引き締まった体型で、服の上からも筋肉が付いているのが分かった。
こちらの男性は準備の時間が足りなかったのか、はたまたそういう性格なのか、随分と服を着崩していた。
濃紺の衣は襟ぐりが無造作に開いており、同じ色の上衣をざっくりと肩にかけていた。
眼はギラついていて血に飢えた獣のようだと由羅は思った。
「由羅、2人を紹介するよ。絶対零度の笑みが得意な腹黒宰相の楊凌空、そして猪突猛進で武勇に優れているのに女にもてない大将軍の趙泰然だよ」
「誰が腹黒ですか?」
「うるせーよ。男は顔じゃねー。つーかなんていう紹介すんだよ!」
(なかなか酷い紹介だわ……)
凌空と泰然が憮然とした態度を見せるが、由羅も紫釉の言いぐさに思わず同情してしまう。
「それでこっちの緑の瞳が凄く素敵なお姫様が由羅だよ」
「えっ? お姫……様?」
最初誰を紹介されているか分からず由羅はぽかんと口を開けた。
残りの2人も呆気に取られているようだ。
だが、さすがは宰相の凌空、すぐに気を取り直した。
「それで? わざわざ夜中に呼び出して女性をご紹介いただく真意はなんです?」
口調こそ丁寧だが、凌空の声には不機嫌さが滲んでいた。
それはそうだ。
こんな夜更けに訳も分からず呼び出されたら不機嫌にもなるだろう。
だがそんな凌空の様子など気にも留めず、紫釉は微笑みを浮かべて予想外の言葉を口にした。
「実はさ、由羅に俺の妃になってもらおうと思って」
紫釉の言葉に、凌空は眉間に皺を寄せて怪訝な顔で言った。
「意味が分からないのですが」
(ですよねー!)
由羅も思わず心の中で激しく同意の言葉を叫んでしまった。
本当に何を言っているのか意味が分からない。
だがやはり凌空は冷静に尋ねた。
「それで、なぜそのような考えに至ったのですか?」
その問いに対し、紫釉はすっと2本の指を立てて答えを述べ始めた。
「理由は2つあるんだ。まず、第一に早急に妃が必要だからだよ」
「そんな、紫釉様ならより取り見取り、妃なんて選び放題なのではないですか?」
紫釉は10人が10人とも美丈夫だと言うであろう容姿をしている。
加えて彼は皇帝だ。紫釉が望まなくとも、妃になりたい女性は多いだろう。
だが由羅の言葉に紫釉は緩く頭を振った。
「俺には長らく妃がいない。それには理由があるんだよ。実は、妃候補者が悉く怪死してるんだ。それで、俺に妃を差し出す貴族もいなければ、妃になりたいという女性もいなくなってしまったんだよ」
「怪死?」
「そう。突然苦しみ出して呼吸困難になり、最後は痙攣して死んでしまうらしい」
「原因は分かっているんですか?」
「いや、分かっていないんだ」
紫釉は首を振ってそう言った後に、凌空が冷たく言い放った。
「犯人は明らかなのですがね」
どういうことかと尋ねる前に、彼はそのまま言葉を続けた。
「主上の義母である紅蘆様でしょうね」
「え? 義母?」
「そう、俺の義母である紅蘆は自分の息子、つまり俺の義弟を皇帝にしたがっている。だから俺に子ができるのを何としてでも阻止したいんだよ」
紫釉の説明で納得がいった。
なるほど。権力争いというものなのだろう。
「でも犯人が分かっているのであれば捕らえればいいんじゃないですか?」
由羅の問いに凌空がため息混じりに答えた。
「はぁ……簡単に言わないでください。一応先王妃ですよ。証拠もなしに捕らえることなどできないでしょう」
「まぁ、俺はそんなこんなでこの年まで妃を娶れず、巷では男色家だという噂まで流れてしまってるんだ」
「うわぁ……」
紫釉は見たところ23、4歳と言ったところだろう。
しかもこんなに美丈夫であるのに独り身であると口さがない者はそんな勘繰りをするだろう。
事情が事情だけに、不名誉な噂を流されてしまうのはなんとも不憫である。
「そして2つ目の理由。由羅を妃に立てて紅蘆派をあぶり出したい」
(なるほど、妃ね。うん。妃……? えっ妃!?)
由羅の脳が一瞬何を言われたのか理解できず混乱した。
そして口を開いて出たのは絶叫だった。
「は? はぁぁぁぁ?」
それ以上は言葉が出せず、餌を求める鯉のように口をパクパクさせていると、部屋の外から侍女の声が聞こえた。
「皇帝陛下、お二人をお連れいたしました」
そういえば紫釉は先ほど誰かを呼ぶように指示していた。
その人物たちが来たのだろうか。
「入っていいよ」
紫釉が入室を許可すると2人の男性が現れた。
一人は栗毛色の髪の青年だ。
癖毛なのか長い髪が波打っていて、それを緩くまとめて肩に流している。
紫釉が彼らを呼ぶように命じてからの時間を考える準備の時間は少なかっただろうが、白い衣に赤い上衣をきっかりと身に着けていた。
少し垂れた目に形の良い眉という容貌は、甘さを含んだもので彼の纏う雰囲気もまた柔らかいものの様に感じた。
だが由羅には分かった。
(この人……なんかただ者じゃない)
唇の端が引き上がり、一見すると笑っているようにも見える柔和な雰囲気を纏っているように見えるが、よく見ると目は全く笑ってはおらず、この状況に対して探るような鋭利な刃物を隠し持ったような空気が混じっている。
由羅の勘違いでなければ、不機嫌な空気が伝わってくる。
もう一人の男性は腰に太刀を佩いていることから武官だろう。
無造作に切られた髪を後ろに雑に束ねている。
引き締まった体型で、服の上からも筋肉が付いているのが分かった。
こちらの男性は準備の時間が足りなかったのか、はたまたそういう性格なのか、随分と服を着崩していた。
濃紺の衣は襟ぐりが無造作に開いており、同じ色の上衣をざっくりと肩にかけていた。
眼はギラついていて血に飢えた獣のようだと由羅は思った。
「由羅、2人を紹介するよ。絶対零度の笑みが得意な腹黒宰相の楊凌空、そして猪突猛進で武勇に優れているのに女にもてない大将軍の趙泰然だよ」
「誰が腹黒ですか?」
「うるせーよ。男は顔じゃねー。つーかなんていう紹介すんだよ!」
(なかなか酷い紹介だわ……)
凌空と泰然が憮然とした態度を見せるが、由羅も紫釉の言いぐさに思わず同情してしまう。
「それでこっちの緑の瞳が凄く素敵なお姫様が由羅だよ」
「えっ? お姫……様?」
最初誰を紹介されているか分からず由羅はぽかんと口を開けた。
残りの2人も呆気に取られているようだ。
だが、さすがは宰相の凌空、すぐに気を取り直した。
「それで? わざわざ夜中に呼び出して女性をご紹介いただく真意はなんです?」
口調こそ丁寧だが、凌空の声には不機嫌さが滲んでいた。
それはそうだ。
こんな夜更けに訳も分からず呼び出されたら不機嫌にもなるだろう。
だがそんな凌空の様子など気にも留めず、紫釉は微笑みを浮かべて予想外の言葉を口にした。
「実はさ、由羅に俺の妃になってもらおうと思って」
紫釉の言葉に、凌空は眉間に皺を寄せて怪訝な顔で言った。
「意味が分からないのですが」
(ですよねー!)
由羅も思わず心の中で激しく同意の言葉を叫んでしまった。
本当に何を言っているのか意味が分からない。
だがやはり凌空は冷静に尋ねた。
「それで、なぜそのような考えに至ったのですか?」
その問いに対し、紫釉はすっと2本の指を立てて答えを述べ始めた。
「理由は2つあるんだ。まず、第一に早急に妃が必要だからだよ」
「そんな、紫釉様ならより取り見取り、妃なんて選び放題なのではないですか?」
紫釉は10人が10人とも美丈夫だと言うであろう容姿をしている。
加えて彼は皇帝だ。紫釉が望まなくとも、妃になりたい女性は多いだろう。
だが由羅の言葉に紫釉は緩く頭を振った。
「俺には長らく妃がいない。それには理由があるんだよ。実は、妃候補者が悉く怪死してるんだ。それで、俺に妃を差し出す貴族もいなければ、妃になりたいという女性もいなくなってしまったんだよ」
「怪死?」
「そう。突然苦しみ出して呼吸困難になり、最後は痙攣して死んでしまうらしい」
「原因は分かっているんですか?」
「いや、分かっていないんだ」
紫釉は首を振ってそう言った後に、凌空が冷たく言い放った。
「犯人は明らかなのですがね」
どういうことかと尋ねる前に、彼はそのまま言葉を続けた。
「主上の義母である紅蘆様でしょうね」
「え? 義母?」
「そう、俺の義母である紅蘆は自分の息子、つまり俺の義弟を皇帝にしたがっている。だから俺に子ができるのを何としてでも阻止したいんだよ」
紫釉の説明で納得がいった。
なるほど。権力争いというものなのだろう。
「でも犯人が分かっているのであれば捕らえればいいんじゃないですか?」
由羅の問いに凌空がため息混じりに答えた。
「はぁ……簡単に言わないでください。一応先王妃ですよ。証拠もなしに捕らえることなどできないでしょう」
「まぁ、俺はそんなこんなでこの年まで妃を娶れず、巷では男色家だという噂まで流れてしまってるんだ」
「うわぁ……」
紫釉は見たところ23、4歳と言ったところだろう。
しかもこんなに美丈夫であるのに独り身であると口さがない者はそんな勘繰りをするだろう。
事情が事情だけに、不名誉な噂を流されてしまうのはなんとも不憫である。
「そして2つ目の理由。由羅を妃に立てて紅蘆派をあぶり出したい」
9
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる