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【外伝】薔薇の誓いを

第3章 漆黒の化け物⑤

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ラルフの言葉に弾かれるように、マーレイは用意していた護符を構え、詠唱する。

 女神ラーダの御名により
 哀れな闇の者へ光を与え給え

再び、赤い文字が浮かび上がり今度はイシューの体に巻き付いた。それは雁字搦めになりイシューが地べたに縛り付けられる。

「さぁ、行こう!」

二人で庇い会いながら森を抜ける。イシューはいつ襲ってくるか分かない。でも、さっきのラルフのナイフによる攻撃と、マーレイの護符の力であれば、きっと大丈夫。
そうして二人は村に帰れることを信じ、やがて森を抜けた。

「あとは、俺たちの出番だな。」

バサリと羽音が聞こえ、頭上から声がした。

「これだけ弱っていれば、すぐに封じられるな。」

そこにはグランテの姿があった。竜に騎乗し、二人を見下ろしている。

「グランテ…叔父…。」

いつもの大太刀を肩に担ぎ、竜から飛び降りると、追ってきたイシューに向かっていった。
サーシャは竜に乗ったまま弓矢を構え、そして放つとそれはイシューの眉間に突き刺さる。
イシューはギャアアアアアという咆哮を上げる。そして、その言葉を聞かずに間合いを詰めたグランテは大太刀を一薙ぎして、その肉を切り裂いた。
それでもイシューは血を流しながらも動いていた。
何という生命力だろう。
マーレイは驚きとも恐怖とも分からない感情のままそれを見つめていた。

   妹神に創られし、哀れな化け物よ。
   女神の腕に抱かれ、暫しの眠りを。

  「縛!」

肉片が飛び散っていたイシューに向かってグランテがそう叫ぶと、左手に填められたグローブの赤い宝珠が光輝く。
イシューはは傷口から溶けるように赤い光となって、石へと吸い込まれていった。

「封じられた…のか?」

その幻想的な赤い光が完全になくなるのを見て、マーレイは掠れた声で呟いた。
グランテは全を見届けると、クルりと二人の元へと歩いてきた。

「遅くなってすまなかったな。…宿屋に行ったらお前たちが医者を呼びに行ったって聞いて、急いできたんだが…。」

グランテはぐしゃぐしゃとマーレイの頭を撫でる。安堵からか少しマーレイは泣きたくなった。

「二人とも良く頑張ったな。」

きっとマーレイ一人では成しえなかった。ラルフと二人だったからこうして今生きている。
それを実感するように、マーレイは自分の手を見つめ、握っては開きを繰り返していた。
そうしてグランテの竜に乗り、二人は村へと帰ることになった。もちろん医者はサーシャが呼びに行くことなったし、竜に乗れば村まですぐにつくだろう。
グランテも二人を安心させるようにそれを告げると、二人の頭を拳でグリグリとした。
どうやら心配をかけた罰だということだ。
竜の背にのって村に帰還するときに、マーレイはラルフに言った。

「ラルフ…ありがとな。…俺は…お前の薔薇になる。」
「聖騎士の…?」
「あぁ、共に戦い、お前のために命を使う。どんなときにもお前を助けるよ。」
「ならば僕もマーレイの薔薇になる。」

手を出す。
それをぎゅっと握る。
黄金に輝く朝日が、山稜を浮かび上がらせ、そして二人を包むようだった。
こうして、長い長い夜が明けた。
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