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藤の花の季節に君を想う
葛葉の思い⑤
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◆ ◆ ◆
そうして今に至る。
(本当に…縁とは不思議なものね)
友達と呼べる人間もおらず、下手をすると人と関わることも少なかった暁も、今では立派に陰陽寮で働いている。
一応「仲間」と呼べる人とも巡り合えたことを心から嬉しく思った。
初めて微笑んだ時あとは嬉しくなったことや実は暁が女の子だったことをしった私はそのおせっかいを益々エスカレートしてしまった。
そのせいか暁はだんだんふてぶてしくなっていったというか…打ち解けてくれるようになった。
嫌がっている…ような気がするが、気にしない。
そんな暁とのやり取りを思い出して思わずくすりと笑顔が漏れる。
不意に後ろから声をかけられて振り返ると、同僚の女房が立っていた。
「葛葉さん、どうしたのですか?なにか嬉しそうですよ」
「え?えぇ…そうね。ちょっと昔を思い出してて。五条邸に来る前の幼馴染のことなんだけどね。立派になったなぁって思って」
「ふふふ…それは仲のいい幼馴染だったのでしょうね」
「どうかしら?口うるさい女だとか思っているかも。どうしても妹のようでついつい世話を焼いちゃうのよね。珍しく天上の貴公子の話を聞きたいっていうから恋愛事かと思って嬉しくなっていたのよ」
「まぁ、天上の貴公子様ですか?確かに今の女房の間でも人気ですもの。それで、その幼馴染の子はやっぱり実朝様にお近づきになる方法でも聞いてきたの?」
「それがねぇ…どうも違うみたいで。ちょっと人に頼まれた…みたいな感じかしら。もう恋愛の一つもしていい年頃なのに…本当そういうのに疎くて」
実朝の件は彼女が仕事で調べていることを察していたので、さすがに本当のことは言えないため、私は言葉を濁したが、後半部分は本当に思っていることだった。
だけど同僚はそんなことは気にならなかったようで、心底残念そうに口をすぼめて言ってきた。
「まぁまぁ…確かに恋をしないなんて人生損していますわ!」
「でしょ?」
「すぐに恋愛が無理でも天上の貴公子である実朝様に片思いするくらいでもいいですのにね。どうせ叶わない恋でも、胸の高鳴りを想うだけでも全然人生観が変わりますわよね!!」
「え…えぇ」
女房というものは職場が貴族の屋敷が主なせいか、そういう恋愛事への関心が高い。この同僚も例にもれず恋愛話が好きで、実際熱しやすく冷めやすい恋をいくつもしていた。
だからこそ、女房から入る恋愛に絡めた貴族の裏事情なんかの情報も入ってくるのだが。
「実朝様と言えば、仲の良かった近衛中将軍のお屋敷がバタついているらしいわ」
「近衛中将軍…確か息子さんは彰光殿だったかしら。」
「確かそうだったはずだわ。なんでも武装してどこかに行って、夜中の京を馬で駆け抜けていったとか」
「あぁ、それは聞いたわ。なんか姫君の家に武装していくとか…なかなか不思議な感じだわよね」
「そこで続報なんだけど!!どうやら万里小路の姫のところに行ったみたい。恋敵が来ているとかで武装して乗り込んだらしいわ」
私の中で暁の顔が浮かんだ。
あの子は彰光様のことを知りたいと言っていた。でもあの様子だと今一つ情報の決め手に欠けているようだったし。
「葛葉さん?どうしたの?」
「あ…ちょっと、私用事を思い出したの。すぐに準備を手伝うから先に行っててもらえる?」
「分かったわ」
同僚と別れると私は部屋に戻り、薄紫の和紙に筆を走らせる。
この紙の色は葛の花の色。名を書かなくても暁には分かる紙だ。
完結に要件を書き、その手紙を下男に渡す。
「これを四条にある賀茂光義様ご子息の暁殿まで届けてくれる?」
下男は短く了解の言葉を残すと足早に去っていった。
男の背中を見送って、私は空を仰ぐ。いつか暁は女として生きれる日が来るのか。
どうか女の姿に戻って、恋をして、人並みの幸せをつかんでほしい。そんなおせっかいな思いを想いつつ、私は自分の仕事に戻ることにしたのだった。
そうして今に至る。
(本当に…縁とは不思議なものね)
友達と呼べる人間もおらず、下手をすると人と関わることも少なかった暁も、今では立派に陰陽寮で働いている。
一応「仲間」と呼べる人とも巡り合えたことを心から嬉しく思った。
初めて微笑んだ時あとは嬉しくなったことや実は暁が女の子だったことをしった私はそのおせっかいを益々エスカレートしてしまった。
そのせいか暁はだんだんふてぶてしくなっていったというか…打ち解けてくれるようになった。
嫌がっている…ような気がするが、気にしない。
そんな暁とのやり取りを思い出して思わずくすりと笑顔が漏れる。
不意に後ろから声をかけられて振り返ると、同僚の女房が立っていた。
「葛葉さん、どうしたのですか?なにか嬉しそうですよ」
「え?えぇ…そうね。ちょっと昔を思い出してて。五条邸に来る前の幼馴染のことなんだけどね。立派になったなぁって思って」
「ふふふ…それは仲のいい幼馴染だったのでしょうね」
「どうかしら?口うるさい女だとか思っているかも。どうしても妹のようでついつい世話を焼いちゃうのよね。珍しく天上の貴公子の話を聞きたいっていうから恋愛事かと思って嬉しくなっていたのよ」
「まぁ、天上の貴公子様ですか?確かに今の女房の間でも人気ですもの。それで、その幼馴染の子はやっぱり実朝様にお近づきになる方法でも聞いてきたの?」
「それがねぇ…どうも違うみたいで。ちょっと人に頼まれた…みたいな感じかしら。もう恋愛の一つもしていい年頃なのに…本当そういうのに疎くて」
実朝の件は彼女が仕事で調べていることを察していたので、さすがに本当のことは言えないため、私は言葉を濁したが、後半部分は本当に思っていることだった。
だけど同僚はそんなことは気にならなかったようで、心底残念そうに口をすぼめて言ってきた。
「まぁまぁ…確かに恋をしないなんて人生損していますわ!」
「でしょ?」
「すぐに恋愛が無理でも天上の貴公子である実朝様に片思いするくらいでもいいですのにね。どうせ叶わない恋でも、胸の高鳴りを想うだけでも全然人生観が変わりますわよね!!」
「え…えぇ」
女房というものは職場が貴族の屋敷が主なせいか、そういう恋愛事への関心が高い。この同僚も例にもれず恋愛話が好きで、実際熱しやすく冷めやすい恋をいくつもしていた。
だからこそ、女房から入る恋愛に絡めた貴族の裏事情なんかの情報も入ってくるのだが。
「実朝様と言えば、仲の良かった近衛中将軍のお屋敷がバタついているらしいわ」
「近衛中将軍…確か息子さんは彰光殿だったかしら。」
「確かそうだったはずだわ。なんでも武装してどこかに行って、夜中の京を馬で駆け抜けていったとか」
「あぁ、それは聞いたわ。なんか姫君の家に武装していくとか…なかなか不思議な感じだわよね」
「そこで続報なんだけど!!どうやら万里小路の姫のところに行ったみたい。恋敵が来ているとかで武装して乗り込んだらしいわ」
私の中で暁の顔が浮かんだ。
あの子は彰光様のことを知りたいと言っていた。でもあの様子だと今一つ情報の決め手に欠けているようだったし。
「葛葉さん?どうしたの?」
「あ…ちょっと、私用事を思い出したの。すぐに準備を手伝うから先に行っててもらえる?」
「分かったわ」
同僚と別れると私は部屋に戻り、薄紫の和紙に筆を走らせる。
この紙の色は葛の花の色。名を書かなくても暁には分かる紙だ。
完結に要件を書き、その手紙を下男に渡す。
「これを四条にある賀茂光義様ご子息の暁殿まで届けてくれる?」
下男は短く了解の言葉を残すと足早に去っていった。
男の背中を見送って、私は空を仰ぐ。いつか暁は女として生きれる日が来るのか。
どうか女の姿に戻って、恋をして、人並みの幸せをつかんでほしい。そんなおせっかいな思いを想いつつ、私は自分の仕事に戻ることにしたのだった。
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