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藤の花の季節に君を想う
香袋と無力①
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※流血表現があります
(ここはどこだろう…)
気づくと暁は夕焼けの空の元、村から竹林の家に帰る道を歩いていた。
手をつないでくれる大人の男を見上げる。
目線の高さがいつもと違う。視線は子供のそれだった。
(あぁ…これは夢。子供の頃の夢)
繰り返し見ている夢だった。
そしてその結末を知っている。だけど夢は止まらない。
隣に手をつないで歩いてくれる男は老年に差し掛かっていた。
その手に連れられて暁は歩いていた。
(これは…京から引っ越した時の記憶…どうしてこの老人と歩いているんだっけ?)
暁は思い出していた。
老人との出会いを。
◆ ◆ ◆
暁は養父となった叔父に連れられて京の都から太秦あたりに移り住んだばかりだった。
自分が住むところがどんなところなのか、興味に駆られて里の方に探検に出かけたはいいが、帰り道が分からなくなってしまった。
「どうしよう…帰れない…叔父さん…金烏…玉兎…」
気づけば空は茜色に染まり、日暮れも間近であることも暁の心細さを一層増した。
自分の帰りを待つであろう家族の顔を思い浮かべながら暁は泣きながらそこに立ちつくした。
思わず大きな声で泣いていた。
だけど周りには人もおらず頼る人もいない。
「うぇええええええん!!うえええええん」
溢れてくる涙を両手の甲でぬぐってもぬぐっても、涙はあふれてくる。
そんな時、背後から声がかけられた。
暁の足元に、大人とみられる影が重なる。
「どうしたんだい?そんなに泣いて…」
その声は優しく、包み込むようだった。
振り向いたその先には老齢の男が立っていた。年老いたその声の主は、優しい声の通り穏やかな表情で暁の顔を覗いた。
しゃくりを上げながら暁はたどたどしく答えた。
「あのね…おうちにかえれなくなっちゃの…」
「そうかい。ここらでは見ない子だね。」
「うん…きのうここに来たの…」
老人は暁の頭を大きな手で優しくなでてくれた。
頭を撫でられたことなどない暁は一瞬驚いたものの、すぐに安心することができた。
「ほー、昨日来たお方か…ということは竹林に住み陰陽師殿かな」
「そう…叔父さんは陰陽師だよ。」
「そうかいそうかい。じゃあワシが連れて行ってあげるよ」
「本当?」
「そうじゃそうじゃ」
差し伸ばす伸ばされた手を取って、幼い暁と老人は道を歩き始めた。
その道すがら、老人は幼い暁の不安を取り除くためか色々な話をしてくれた。
この辺には桜の名所があることや、名産の野菜のこと。
そして、自分の家族の事。
孫がちょうど同じくらいの歳だということ。
孫の成長が楽しみだということ
そんなたわいもない話題だったが、家族以外の人と話すのが楽しくて、暁は自分が迷子だったことも忘れていた
どんどん里から離れていき、木々が増えてきた頃には気づけば茜色の空は暗くなっていたが、暁は全然怖くなかった。
老人の手の温かさがあったから。
「さて、この先をまっすぐ行けば竹林だの」
家に着くのは嬉しいが、老人と別れるのは少し寂しかった。そんな暁の複雑な表情を見たであろう老人は、立ち止まって暁の頭を撫でながら約束してくれた。
「寂しそうな顔をするんじゃないぞ。また遊びにくればいいじゃないか。その時は孫と一緒に遊んでくれるかの?」
「うん!!」
「楽しみに待ってるぞ」
老人の言葉に満足して2人は再び歩きだそうとした。
その時、黒い靄のようなものが目の前に現れた。
これを知っている。
この霧ははアレが出る時に発生するものだ。
思わず足がすくみ、立ち止まった暁を見て、老人は不思議そうに尋ねてきた。
「どうしたのじゃ?」
「あれが…来る」
唐人が首をかしげている間にも黒い靄はどんどんその濃さを増していく。やがてそれはアレに変わった。
大きさは大人の腰の半分くらいだろうか。手足は枯れ枝のように細いのに、それに対して大きな腹が出ている。
腕は異様に長いのに、足はその半分にも満たないくらい短くて、地を這うようにゆっくりとこちらに向かって動き始めた。
(確か叔父さんが言ってた。これは餓鬼だ…)
そう思って暁は来た道を引き返そうと老人の手を引いた。
急いでここから逃げなければ殺されるかもしれない。
「はやく逃げなくちゃ!」
「急にどうしたんじゃ?家は反対方向じゃぞ?」
老人は状況を掴めていないのか、のんびりとした口調で暁に言う。
見鬼の才がないものにはそれが見えないのだ。
「鬼がいるんだよ!!早く逃げなくちゃ!」
そう必死になって老人を促した瞬間だった。
餓鬼が飛び掛かって老人の肩に食らいついたのだ。
「うううううああああ!!」
何が起こっているのか分からないまま、その肩に何かがいることだけは分かり、老人は髪を振り乱して暴れた。
そして何かが離れると同時にあまりの鋭い痛みに老人がその場に崩れ落ちる。その肩からは大量の血が落ちており膝をついた老人の元に滴っていく。
肉がえぐられているが自分の身に一体何が起こったのか、老人は理解できずに後ろを振り向くと、ようやく餓鬼の存在を認めた。
「化け…物…」
(ここはどこだろう…)
気づくと暁は夕焼けの空の元、村から竹林の家に帰る道を歩いていた。
手をつないでくれる大人の男を見上げる。
目線の高さがいつもと違う。視線は子供のそれだった。
(あぁ…これは夢。子供の頃の夢)
繰り返し見ている夢だった。
そしてその結末を知っている。だけど夢は止まらない。
隣に手をつないで歩いてくれる男は老年に差し掛かっていた。
その手に連れられて暁は歩いていた。
(これは…京から引っ越した時の記憶…どうしてこの老人と歩いているんだっけ?)
暁は思い出していた。
老人との出会いを。
◆ ◆ ◆
暁は養父となった叔父に連れられて京の都から太秦あたりに移り住んだばかりだった。
自分が住むところがどんなところなのか、興味に駆られて里の方に探検に出かけたはいいが、帰り道が分からなくなってしまった。
「どうしよう…帰れない…叔父さん…金烏…玉兎…」
気づけば空は茜色に染まり、日暮れも間近であることも暁の心細さを一層増した。
自分の帰りを待つであろう家族の顔を思い浮かべながら暁は泣きながらそこに立ちつくした。
思わず大きな声で泣いていた。
だけど周りには人もおらず頼る人もいない。
「うぇええええええん!!うえええええん」
溢れてくる涙を両手の甲でぬぐってもぬぐっても、涙はあふれてくる。
そんな時、背後から声がかけられた。
暁の足元に、大人とみられる影が重なる。
「どうしたんだい?そんなに泣いて…」
その声は優しく、包み込むようだった。
振り向いたその先には老齢の男が立っていた。年老いたその声の主は、優しい声の通り穏やかな表情で暁の顔を覗いた。
しゃくりを上げながら暁はたどたどしく答えた。
「あのね…おうちにかえれなくなっちゃの…」
「そうかい。ここらでは見ない子だね。」
「うん…きのうここに来たの…」
老人は暁の頭を大きな手で優しくなでてくれた。
頭を撫でられたことなどない暁は一瞬驚いたものの、すぐに安心することができた。
「ほー、昨日来たお方か…ということは竹林に住み陰陽師殿かな」
「そう…叔父さんは陰陽師だよ。」
「そうかいそうかい。じゃあワシが連れて行ってあげるよ」
「本当?」
「そうじゃそうじゃ」
差し伸ばす伸ばされた手を取って、幼い暁と老人は道を歩き始めた。
その道すがら、老人は幼い暁の不安を取り除くためか色々な話をしてくれた。
この辺には桜の名所があることや、名産の野菜のこと。
そして、自分の家族の事。
孫がちょうど同じくらいの歳だということ。
孫の成長が楽しみだということ
そんなたわいもない話題だったが、家族以外の人と話すのが楽しくて、暁は自分が迷子だったことも忘れていた
どんどん里から離れていき、木々が増えてきた頃には気づけば茜色の空は暗くなっていたが、暁は全然怖くなかった。
老人の手の温かさがあったから。
「さて、この先をまっすぐ行けば竹林だの」
家に着くのは嬉しいが、老人と別れるのは少し寂しかった。そんな暁の複雑な表情を見たであろう老人は、立ち止まって暁の頭を撫でながら約束してくれた。
「寂しそうな顔をするんじゃないぞ。また遊びにくればいいじゃないか。その時は孫と一緒に遊んでくれるかの?」
「うん!!」
「楽しみに待ってるぞ」
老人の言葉に満足して2人は再び歩きだそうとした。
その時、黒い靄のようなものが目の前に現れた。
これを知っている。
この霧ははアレが出る時に発生するものだ。
思わず足がすくみ、立ち止まった暁を見て、老人は不思議そうに尋ねてきた。
「どうしたのじゃ?」
「あれが…来る」
唐人が首をかしげている間にも黒い靄はどんどんその濃さを増していく。やがてそれはアレに変わった。
大きさは大人の腰の半分くらいだろうか。手足は枯れ枝のように細いのに、それに対して大きな腹が出ている。
腕は異様に長いのに、足はその半分にも満たないくらい短くて、地を這うようにゆっくりとこちらに向かって動き始めた。
(確か叔父さんが言ってた。これは餓鬼だ…)
そう思って暁は来た道を引き返そうと老人の手を引いた。
急いでここから逃げなければ殺されるかもしれない。
「はやく逃げなくちゃ!」
「急にどうしたんじゃ?家は反対方向じゃぞ?」
老人は状況を掴めていないのか、のんびりとした口調で暁に言う。
見鬼の才がないものにはそれが見えないのだ。
「鬼がいるんだよ!!早く逃げなくちゃ!」
そう必死になって老人を促した瞬間だった。
餓鬼が飛び掛かって老人の肩に食らいついたのだ。
「うううううああああ!!」
何が起こっているのか分からないまま、その肩に何かがいることだけは分かり、老人は髪を振り乱して暴れた。
そして何かが離れると同時にあまりの鋭い痛みに老人がその場に崩れ落ちる。その肩からは大量の血が落ちており膝をついた老人の元に滴っていく。
肉がえぐられているが自分の身に一体何が起こったのか、老人は理解できずに後ろを振り向くと、ようやく餓鬼の存在を認めた。
「化け…物…」
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