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藤の花の季節に君を想う

孔子の言葉②

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◆  ◆  ◆


吉平が陰陽寮に着くと、まだ早いせいか人はまばらだった。
昨日暁に手伝ってもらった甲斐があって、昨日の残業があるわけではないし、早く出仕する必要もなかったが正直家には居たくなくて逃げるように陰陽寮に来てしまった。
かといって、何か出来るわけでもなく、とりあえず掃除でも始めようかとゆるゆると準備を始めた。
仕事に怪異の解決にと奔走する暁の負担を少しでも減らしたいという思いもあった。
自分に出来る仕事はなるべくしたいという思いから雑用は引き受けることにしている。そうすれば少しは陰陽寮にいる理由にもなったからだ。
桶に水を汲みにいき、重くなった桶をよいしょよいしょと持って廊下を歩いている。

「吉平君。おはよう」

不意に後ろから声をかけられて、吉平は思いっきり体を震わせた。桶の中の水がちゃぽんと音を立てて揺れた。
悪いことをしているわけでもないのに恐る恐るといった体で吉平が振り返ると、そこには陰陽寮のトップが立っていた。

「朝から掃除?ありがたいねぇ」
「あ…光義様。おはようございます」
「おはよう。こんな時間から出仕なんて珍しい。仕事いそがしいかい?暁はまだ家にいたと思うんだけど」
「大丈夫です。僕がしたくてしていることなんで」
「そ…暁が迷惑かけてない?あの子は結構行動的でついていくのが大変じゃない?」

さすがは暁の養い親なだけあって、暁が奔走していることもそれが性分だということも分かっているようだ。
でも逆にそんな暁を吉平は羨ましいと思っている。
自ら考え行動できるのが。
もし暁が自分の立場だったらどうだろう。そもそも陰陽師の能力に優れている暁ならば安倍家に生まれてもやっていけるだろうし、父の期待にもこたえられるだろう。
自由でしがらみにとらわれないような性格だから逃げたいと思ったら難なく逃げるかもしれない。

「どうしたの?やっぱり大変かな?」

沈黙した吉平に心配したように光義が声をかけてきた。取り繕うにぶんぶんと顔を振って慌てて返答する。

「だ、だいじょうぶです!!僕なんか逆に役に立たなくて!!」
「そうかな?前回の怪異のときも活躍してくれて、暁も感謝していたよ」
「え?暁が?でも…僕はそんなこと何もできなかったです。」
「蛇の館に案内してくれたのは吉平君だったと聞いているよ。あの子はそういう細かいことは苦手でね。」

確かに蛇の館に案内できたけどそれだけだった。
憑依されて暁に襲い掛かったし、実際に蛇の妖を調伏したのも暁だった。

「いえ…。僕は、陰陽師には向いていないので…それくらいしかできなくて。」
「ねぇ…君は陰陽師が嫌いかい?」

俯く吉平に、光義は苦笑しながら尋ねた。
突然の光義の言葉に顔を上げた吉平には当惑の感情が浮かんでいた。なぜ、そんなことを聞くのだろうか?

「陰陽師が嫌いというか…怖いんです。」
「それは妖がってこと?」
「…はい。それって…陰陽師失格ですよね」

吉平の脳裏に妖の調伏に失敗したときの失望したような軽蔑したような瞳が浮かんだ。
『そうだね』と、光義が言うような気がして半ばあきらめて光義の言葉を待った。それに対して光義が言った言葉は意外なものだった。

「え?別に?」
「…え?」
「妖が怖いっていうのは別におかしいことではないし。妖を調伏するだけが陰陽師の仕事ではないよ。暦を作ったり、星を見ることも陰陽師の仕事。それに、事務的な役割を担う人物も陰陽寮には必要だし。」

今日は天気ですね、くらいのことを言われたようで、吉平は何を言われているか理解できずに思考が止まった。
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