6 / 18
6
しおりを挟む
「すごい」
ぐるりと一周、屋上を囲むようにし柵が巡らされているが、真上の空はどこまでも吹き抜けて青く、自由だ。
絲は空から視線を戻し、惹かれるようにして柵に近づいていく。柵の高さは絲の身長よりも少し低いくらいで縦格子型だ。これならよじ登ると越えられるだろう。
白い塗料はすっかり剥げ、錆びている箇所に触れると手が汚れそうだ。それでもかまわず手すり部分に手を触れると、ひんやりとし、ざらついた固い感触がある。絲は柵の隙間から下を見た。
道行く人々が小さく、軍服を着た人間はやはり目立つ。やけに大きい【カフェー・アトロピン】の看板が目を引くが、上からだと店内の様子は見えない。
医院周りにあるカフェに出入りする人は忙しなく、馬車と自動車が通る道路は日進月歩の技術革新を象徴していた。
ここから落ちたら、さすがに死ぬかな?
何人もの少女たちがここで命を落としてきた。彼女たちが見た最後の光景はどうだったのか。下からの風が絲の長い髪を乱していく。
髪を押さえ、絲は一度柵から手を離して反対側に踵を返す。
再び下の様子をうかがうと、病院の裏手に当たり、途端に人の姿はない。
こちら側からなら、落ちても誰にも迷惑をかけない――。
さっきから絲の頭に何度も浮かんでは消える、飛んでしまいたい衝動。
思いきって手すりに手をかけ、体を浮かせる。行儀の悪さは承知で足をかけ、柵を越え、向こう側に移動した。思ったより足場の幅がある。けれど、飛べばすぐに落ちるだろう。
なにをしているのか。死にたいわけでも命を粗末にしたいわけでもないでもない。
ただ――。
「この高さなら、さすがに怪我するかな?」
今にも泣き出しそうな声に自分でも驚く。
ここから落ちたらいくらなんでも無傷ではすまないだろう。今まですぐに治ってきた傷とはわけが違う。
想像して、なぜか安堵する。
けれど……もしも大丈夫だったら?
その可能性に、体が震える。何人もの若い女性が命を落としたにもかかわらず、ここから飛び降りてもこの体が回復し、死ねなかったら自分は本当に化け物かもしれない。
怖い。
この高さが、ではない。自分自身が、だ。
私は誰? 何者なの?
いくら考えても答えは見つからない。もうずっとだ。自分には辿るものがない。今の絲は、行くところも帰る場所もない。それどころか、このままでは異常存在として軍の実験に使われ、ひどい扱いを受けるかもしれないのだ。
「もう、いいかな」
絲はそっと目を閉じた。
お願い。私がただの……普通の人間であると証明して――
ぐるりと一周、屋上を囲むようにし柵が巡らされているが、真上の空はどこまでも吹き抜けて青く、自由だ。
絲は空から視線を戻し、惹かれるようにして柵に近づいていく。柵の高さは絲の身長よりも少し低いくらいで縦格子型だ。これならよじ登ると越えられるだろう。
白い塗料はすっかり剥げ、錆びている箇所に触れると手が汚れそうだ。それでもかまわず手すり部分に手を触れると、ひんやりとし、ざらついた固い感触がある。絲は柵の隙間から下を見た。
道行く人々が小さく、軍服を着た人間はやはり目立つ。やけに大きい【カフェー・アトロピン】の看板が目を引くが、上からだと店内の様子は見えない。
医院周りにあるカフェに出入りする人は忙しなく、馬車と自動車が通る道路は日進月歩の技術革新を象徴していた。
ここから落ちたら、さすがに死ぬかな?
何人もの少女たちがここで命を落としてきた。彼女たちが見た最後の光景はどうだったのか。下からの風が絲の長い髪を乱していく。
髪を押さえ、絲は一度柵から手を離して反対側に踵を返す。
再び下の様子をうかがうと、病院の裏手に当たり、途端に人の姿はない。
こちら側からなら、落ちても誰にも迷惑をかけない――。
さっきから絲の頭に何度も浮かんでは消える、飛んでしまいたい衝動。
思いきって手すりに手をかけ、体を浮かせる。行儀の悪さは承知で足をかけ、柵を越え、向こう側に移動した。思ったより足場の幅がある。けれど、飛べばすぐに落ちるだろう。
なにをしているのか。死にたいわけでも命を粗末にしたいわけでもないでもない。
ただ――。
「この高さなら、さすがに怪我するかな?」
今にも泣き出しそうな声に自分でも驚く。
ここから落ちたらいくらなんでも無傷ではすまないだろう。今まですぐに治ってきた傷とはわけが違う。
想像して、なぜか安堵する。
けれど……もしも大丈夫だったら?
その可能性に、体が震える。何人もの若い女性が命を落としたにもかかわらず、ここから飛び降りてもこの体が回復し、死ねなかったら自分は本当に化け物かもしれない。
怖い。
この高さが、ではない。自分自身が、だ。
私は誰? 何者なの?
いくら考えても答えは見つからない。もうずっとだ。自分には辿るものがない。今の絲は、行くところも帰る場所もない。それどころか、このままでは異常存在として軍の実験に使われ、ひどい扱いを受けるかもしれないのだ。
「もう、いいかな」
絲はそっと目を閉じた。
お願い。私がただの……普通の人間であると証明して――
10
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
『人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません』
由香
ファンタジー
人間嫌いで知られる狐族の王・玄耀に、“契約上の妻”として嫁いだ少女・紗夜。
「感情は不要。契約が終われば離縁だ」
そう告げられたはずなのに、共に暮らすうち、冷酷な王は彼女だけに甘さを隠さなくなっていく。
やがて結ばれる“番”の契約、そして王妃宣言――。
契約結婚から始まる、人外王の溺愛が止まらない和風あやかし恋愛譚。
【完結】偽りの華は後宮に咲く〜義賊の娘は冷徹義兄と食えない暗愚皇帝に振り回される〜
降魔 鬼灯
キャラ文芸
義賊である養父を助けるため大貴族の屋敷に忍び込んだ燕燕は若き当主王蒼月に捕まる。
危うく殺されかけた燕燕だが、その顔が逃げた妹、王珠蘭に似ていることに気付いた蒼月により取引を持ちかけられる。
逃げた妹の代わりに顔だけは綺麗な暗君である皇帝の妃を決める選秀女試験に出て不合格になれば父の解放を約束するという密約を交わした。
記憶力抜群、運動神経抜群、音楽的才能壊滅の主人公が父のために無難な成績での選秀女試験不合格を勝ち取れるのか。
実は食えない性格の皇帝と冷徹だがマメな義兄蒼月に振り回され溺愛される燕燕は無事2人から解放されるのか。
後宮コメディストーリー
完結済
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
【完結】非モテアラサーですが、あやかしには溺愛されるようです
* ゆるゆ
キャラ文芸
疲れ果てた非モテアラサーが、あやかしたちに癒されて、甘やかされて、溺愛されるお話です。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる