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「武藤、絲さん?」
名前を尋ねられ、絲は頷いていいものか迷う。自分には名字がないが、その説明をするには生い立ちと置かれていた境遇を説明しなくてはならない。初対面の医者にそこまで話す必要はないだろう。
「……はい」
ぎこちなく絲は頷いた。
あの後、事情を聞かれ念のためにと絲は医師の診察を受けることになった。現場に駆けつけた女性の医師は川崎と名乗り、絲を責めることなく怪我の有無を確かめる。
体質がバレたらどうしようかと緊張しながら問診を受ける絲のそばには、鵺雲の姿があった。彼は余計な口は挟まず、部屋の扉近くの壁に背を預け、腕を組んで絲と川崎のやりとりを見つめている。
その立ち姿だけでも絵になるが、どうして彼がここにいるのか。
もしかして見張っている? 私が逃げないように?
だとしても夜雲の立場を考えると、他の者に任せてもよさそうだ。さっきからひっきりなしに彼の元へこそこそと報告に来る者が後を絶たない。
「念のため、一晩入院しましょうか」
意識をそちらに向けていたため、川崎の出した結論に絲は目を剥く。
「にゅ、入院なんてっ! 大丈夫です! 本当に飛び降りるつもりなんてなかったんです!」
必死に訴えかける。怪我云々より精神的に不安定になっていると危惧されているのか。
川崎は困惑気味に微笑んだ。
「あなたの言い分を疑っているわけではないけれど……今日で四人目の被害が出て、病院側も厳戒態勢になっているの。こちらの事情に巻き込んでごめんなさいね」
どうやら絲のためというより、後藤田医院の体面が大きいのだろう。しかし続けられた言葉に絲は硬直する。
「どなたか家の方に連絡できないかしら?」
入院するなら当然の流れだ。けれど武藤家に連絡を入れるわけには、入れられるわけにはいかない。
どうしたら……。
「必要ない。彼女の身はこちらで保証する」
そのとき鵺雲が口を開いたので、絲は驚きで彼の方を見た。
「あら軍の方の身内だったの? だったら問題ないかしら」
川崎は疑うこともなく再び絲を見る。
「さっきちらっと見えたんだけれど、あなたの瞳の色ちょっと変わっているのね」
なにげなく指摘され、絲の肩がびくりと震える。川崎は顔に笑みを湛えたままだ。
「よかったら見せてくれない?」
「あ、あの……」
医師として務めか、興味か。ためらう絲に川崎は念を押すように続ける。
「なにか病気でも大変でしょう? 私は医者だから」
そう言われると拒否するのが悪い気がしてくる。この瞳の色の原因はなんなのか。自分の体質も合わせて、今まで一度も医者に診てもらったことなどない。
なにかの病気? 診てもらったら、この瞳についてなにかわかるのか。
そっと瞳を覆う前髪に手をかけようとした瞬間、肩に大きな掌の感触がある。
「彼女の目の色は生まれつきだ。診たところで変わらない」
壁に背を預けていたはずの鵺雲が、気づけば絲の背後まで近づき彼女を制した。絲は動きを止め、川崎の視線が絲から鵺雲に移る。
「それよりも入院するなら早く部屋に案内を。他にも患者はいるんだろう?」
川崎よりも鵺雲が先に口を開き、冷たい口調で先を促す。一瞬の静けさの後、川崎が立ち上がった。
「そうね。案内するわ、武藤さん」
「はい」
絲は慌てて立ち上がった。鵺雲になにか言いたいのに言葉が見つからない。納得できないまま一泊とはいえ入院する流れになったが、こうなってはしょうがない。おとなしく川崎の後を追い、鵺雲も当然のようについてくる。
名前を尋ねられ、絲は頷いていいものか迷う。自分には名字がないが、その説明をするには生い立ちと置かれていた境遇を説明しなくてはならない。初対面の医者にそこまで話す必要はないだろう。
「……はい」
ぎこちなく絲は頷いた。
あの後、事情を聞かれ念のためにと絲は医師の診察を受けることになった。現場に駆けつけた女性の医師は川崎と名乗り、絲を責めることなく怪我の有無を確かめる。
体質がバレたらどうしようかと緊張しながら問診を受ける絲のそばには、鵺雲の姿があった。彼は余計な口は挟まず、部屋の扉近くの壁に背を預け、腕を組んで絲と川崎のやりとりを見つめている。
その立ち姿だけでも絵になるが、どうして彼がここにいるのか。
もしかして見張っている? 私が逃げないように?
だとしても夜雲の立場を考えると、他の者に任せてもよさそうだ。さっきからひっきりなしに彼の元へこそこそと報告に来る者が後を絶たない。
「念のため、一晩入院しましょうか」
意識をそちらに向けていたため、川崎の出した結論に絲は目を剥く。
「にゅ、入院なんてっ! 大丈夫です! 本当に飛び降りるつもりなんてなかったんです!」
必死に訴えかける。怪我云々より精神的に不安定になっていると危惧されているのか。
川崎は困惑気味に微笑んだ。
「あなたの言い分を疑っているわけではないけれど……今日で四人目の被害が出て、病院側も厳戒態勢になっているの。こちらの事情に巻き込んでごめんなさいね」
どうやら絲のためというより、後藤田医院の体面が大きいのだろう。しかし続けられた言葉に絲は硬直する。
「どなたか家の方に連絡できないかしら?」
入院するなら当然の流れだ。けれど武藤家に連絡を入れるわけには、入れられるわけにはいかない。
どうしたら……。
「必要ない。彼女の身はこちらで保証する」
そのとき鵺雲が口を開いたので、絲は驚きで彼の方を見た。
「あら軍の方の身内だったの? だったら問題ないかしら」
川崎は疑うこともなく再び絲を見る。
「さっきちらっと見えたんだけれど、あなたの瞳の色ちょっと変わっているのね」
なにげなく指摘され、絲の肩がびくりと震える。川崎は顔に笑みを湛えたままだ。
「よかったら見せてくれない?」
「あ、あの……」
医師として務めか、興味か。ためらう絲に川崎は念を押すように続ける。
「なにか病気でも大変でしょう? 私は医者だから」
そう言われると拒否するのが悪い気がしてくる。この瞳の色の原因はなんなのか。自分の体質も合わせて、今まで一度も医者に診てもらったことなどない。
なにかの病気? 診てもらったら、この瞳についてなにかわかるのか。
そっと瞳を覆う前髪に手をかけようとした瞬間、肩に大きな掌の感触がある。
「彼女の目の色は生まれつきだ。診たところで変わらない」
壁に背を預けていたはずの鵺雲が、気づけば絲の背後まで近づき彼女を制した。絲は動きを止め、川崎の視線が絲から鵺雲に移る。
「それよりも入院するなら早く部屋に案内を。他にも患者はいるんだろう?」
川崎よりも鵺雲が先に口を開き、冷たい口調で先を促す。一瞬の静けさの後、川崎が立ち上がった。
「そうね。案内するわ、武藤さん」
「はい」
絲は慌てて立ち上がった。鵺雲になにか言いたいのに言葉が見つからない。納得できないまま一泊とはいえ入院する流れになったが、こうなってはしょうがない。おとなしく川崎の後を追い、鵺雲も当然のようについてくる。
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