獅子たちの夏➖会津戦争で賊軍となり、社会的に葬られた若者の逆転人生

本岡漣

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第3章 篝火(かがりび)

1 再会

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 明治十三年六月十七日

 残っていた書類の記入を終えると、早々と学校を出た。
 この日は、西国へ向けて出発された帝の御巡幸の行列が、八王子を発って上野原へと向かう日だった。

 甲州街道沿道の学校には、生徒に帝のお姿を拝ませる上での注意事項が早くから通達されていた。
 五日市は甲州街道から北へ三里隔たった所にあるので、勧能学校にそうした通知は来なかった。
 だが滅多に無い機会なので学校は臨時休みとし、御巡幸の列を見に行くか否かは各家の自由とした。

 帰る途中で権八とばったり会った。九月末に催される大祭のことで、菊池さんと理久に話があるという。
 権八は祭りの世話役も務めていた。

 角を曲がると、鳥居近くに理久の姿が見えた。
 野良着に伊賀袴を穿いている。
 隣に見慣れぬ若い男が立っていた。上は白シャツ、下は紺ズボンという洋装。
 馬が二頭控えており、うち一頭は朧(ろう)月(げつ)という名の神社所有の馬だった。
 一頭の栗毛のほうは若い男の馬らしい。

 鞍に下げられた荷袋から、赤い横筋入りの帽子がはみ出して見えている。
 男は何か理久に話しかけ肩を貸そうとしたが、理久はそれを振り払った。

「ほっといて!」という理久の声が聞こえた時、権八が何か気付いたらしく二人に駆け寄って行った。

「速水さんじゃないですか! 久しぶりですね。帰ってこられたんですか?」
「権八! ちょうど良かった。仕事の途中で偶然理久に会った。朧月から落ちて怪我している。みてやってくれ」
「偶然って……いったいどこで?」
「高尾だ」
「高尾? 何しに行ってたんですか?」
「さあ、それは理久に聞いてみるんだな」

 理久はうつむいたままトボトボと歩いていたが、僅かに足を引きずっていた。

「じゃ、俺は仕事に戻る」
「あ、速水さん! この方も仙台御出身なんですよ。勧能学校で助教をされてます」
 私は目の前で起っている状況を理解しかねていたが、この男が同郷と聞かされて急ぎ挨拶をした。

「そうですか、千葉と申します。仙台のどちらですか? 私は……」
 顔を見てハッとした。似ている! 柏木辰蔵に!

「悪いが、仕事に戻らないといけないんでね。それに、出身は仙台と答えちゃあいるが、
 ほとんど知らないんだ」
 男は薄ら笑いを浮かべると、栗毛馬にまたがって拍車をかけた。

 唇の左端を少し上げた、伏し目がちの笑いにも覚えがある。
「ちょっと! ちょっと待ってけらい!」

 大声を出したが、男の姿はどんどん小さくなっていった。
「先生! どうかしたんですか?」
「あの男、似てんだ! 戦場で俺を助けてくれた奴に!」
「速水さんが、ですか?」
「傷がながったか? 首の後ろとか、肩とか?」
「さあ……刀傷ってことですか?」
「……いや、あいつのはずはねえな。きっと他人の空似だべ」

 辰蔵は阿武隈川のほとりで処刑されたはずだ。だが、首を落とされる瞬間を見たわけじゃない。

「あの人はこの近くの天然理心流道場で師範代をしてたんですよ。そのかたわら筏乗りもこなして、
 川崎まで行ってるようでした。講談会にも時折来てたんですが、去年、祭がすんだ頃から
 ぱったり姿を見せなくなったんです」
「近衛服を着てたな。前に東京で見たことがある」
「じゃあ、御巡幸の警備役でもしてるんですかねえ。なんだったら、理久さんに聞いてみたらどうです? 
 少なくとも私よりは知ってると思いますよ、速水さんのこと」
「理久さんに?」

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