獅子たちの夏➖会津戦争で賊軍となり、社会的に葬られた若者の逆転人生

第３章 篝火（かがりび）

5 「狂う」

　獅子舞では舞うことを、狂うという言葉で表現する。
　上手に舞うことを狂い方が上手いと言い、反対を狂い方が拙いという。
　悪魔を祓う神事舞踊であり、一人の演者が獅子頭を被り、腹部に太鼓を抱いて一匹の獅子役を演じ、
　それが三匹一組となって踊る。

　秋留神社に伝わる三匹の内訳は、大獅子・中獅子・女獅子と呼ばれ、大獅子はねじれ角、
　中獅子は棒角、女獅子は宝珠を戴く。獅子頭は黒塗りで鳥羽をつけ、錠前のような形の大ぶりな鼻、
　角ばった顎、金地の歯が人目を引く。
　水引きは紺地で、白抜きの下り藤が描かれている。
　扮装は、紺地の白抜き花模様の上衣に裁着袴、黒足袋に草鞋履き。雄獅子は背に花、
　女獅子は背に幣を差した。

　私は権八からの申し出を受け入れ、秋祭り本番に向けて獅子舞の練習を始めた。
　多くの舞手は、十代半ばで舞の練習を始める。
　書き物などは無く、口移しと見様見真似で伝承がなされてきた。
　最初は膝を叩いて太鼓の拍子を覚えることから始まり、四、五年も経てば一通り踊れるように
　なっていく。

　曲目は「藤掛り」を始めとして九曲ある。
　私は「女獅子隠し」と「太刀掛り」を自分の担当に選んだ。
　この二曲は他の村でもよく踊られていて、親しみがあったからだ。

　「女獅子隠し」は、突然の濃霧で逸れた女獅子を巡って雄獅子が争う内容で、舞の中では最も激
　しく舞い狂う。
　「太刀掛り」は、太刀使い二人が二匹の獅子を囃し立て、最後には太刀の抜き身を獅子がくわえて舞う。

　週二回、他の生徒と共に師匠達から踊りを習った。
　会場は土屋議員の自宅で勧能学校に近い。始まるのは夕方で、庭先か広い板の間で行う。
　師匠の中には、講談会で顔見知りの者もいた。
　生徒は一年の空白による感覚のずれを取り戻すために来ている者が多く、私との技量の差は歴然
　としていた。

　太鼓や篠笛の音が聞こえるので、天気のいい日は近所の者が見物にやってくる。
　その中に教え子がいるかもしれないと思うと憂鬱になった。雨で練習が屋内であるとほっとした。

　踊りはひと段落覚えてしまえば繰り返しが多い。
　複雑ではないが、腰を低くしたままの大きい動作が上手いとされているため、疲れは半端ではなかった。

　加えて、師匠たちから繰り出される痛烈な言葉にも閉口した。
「もう少し腰を下げろ」とか「そこは大ぶりに摺り足で行け」「顔をもっと振れ」あたりはまだ良かった。
「なんべん言ったらわかるんだ！」「まだ、小学生のほうが飲み込みがいいぞ」とまで言われた時には、
　危うく太鼓を放り投げて、師匠に殴りかかって行くところだった。
　いつも同席している土屋議員や深沢さんの執り成しがなければ、とっくに役を降りて勧能学校にもいづ
　らくなっていただろう。

　ひと月ほど経って、初めて獅子頭をつけて練習したあくる朝には、首が回らなくなった。

「まるで、からくり人形ね」
　菊池さんに向かってぎこちない挨拶をした私を見て、理久は可笑しそうに笑った。
　
　獅子舞は、三匹の獅子だけでなく、笛、唄、露払い、蠅追い、花笠から構成される。
　蠅追いは、頬かむりで馬鹿面をつけ、派手な模様の上衣に裁着袴、黒足袋に草履履きで大きな団扇を
　持ち、舞う獅子役に風を送る。

　花笠は花模様の着物に緋袴、白足袋に赤緒の草履履きといった出で立ちで六角形の台上に造花を立て、
　赤地の幕を垂らした笠を冠る。
　花笠役は四人で、獅子舞が行われる場所の四隅に立ち、結界を表した。
　獅子舞役が男子に限られたのに対し、花笠役は若い娘が割り当てられた。
　立っているだけではなく、ササラを擦り合わせて音を出しながら、舞の拍子に合わせて体を左右に揺らす。
　理久は神社の娘ということもあり、五日市に来て以来何度も花笠役をやった。練習に立ち会ったり花笠役
　をしてきたことで、舞の手順もことごとく覚えてしまっていた。