Ninfea

蠍ノ 丘

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しばらくの休息

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 悪天候で日が沈んでいく中、ロギアにはわざわざ建物を飛び出して行くと言う無謀な行動はどうしてもとれなかった。

 追う者と追われている者が一箇所に集まっているこの状況で、お互い唯一共通する事――今だけは外の危険も考え、互いに手出しが出来ない状況だと言う事。

 隊長と呼ばれている奴の強さは疑問に感じる箇所が多々あるが、例え実力でこちらを上回っていたとしても被害を無視し無茶な行動が取れるこちらがゴリ押しすればこの場だけはこちらの思う様に納める事が出来るかも知れないがそれでは意味が無い。

 それに気がかりなのは自身がのびている際に有利な立場の相手方がアリアに持ち出して来た交渉事と支部の他の連中と言う言葉。そして【クリスティアナ】と言う女性。この場にいる三人以外に万が一にも何十人、何百人も捜索している可能性が僅かでもあるとすれば逃げ切る事はまず不可能に近い。

 その上アリアを取り戻そうとしている研究者側からも、他に感染者やハンター等の自分達から見て危険が多く余りに下手な行動がとれない。そしてその全員が此処まで交渉をしてくれる様な相手であるとはハッキリ言って考えにくい。

「――で、だ。早速本題に入らせて貰う。そこのお嬢ちゃんにも言った内容なんだが……」

 ロギアがアリアの傍に行くのを見計らい橘はそう切り出すと二人の顔を伺う。

 一度橘には結果的にもアリアに対して嘘をついてしまっている状況なので、自身の言葉に信頼性が薄いんじゃないかと疑念を持っているのか悩んだ後アリアに出した交渉内容全てをなるべく言葉は変えずにロギアへと伝えた。

 橘のその提案を全て訊き受けた上でロギアはアリアの顔へと視線を移し違いがあるかどうか確認する。アリアの首を縦に振る動作を見た後で視線を橘達へと向ける。

「気に掛かる『термит(サーマイト)(白蟻)』って連中の事もそうだが……お前は双方に得があるって言ったな。確かに内容からしてこちらの旨味は判る。俺の身の保護と感染者に脅かされない安全な土地、そして食料も豊富ときた。それだけ訊くと飛びつきたくなる条件だが――肝心な事が抜けてるな、お前等の旨味は何だ? まさかとは思うがアリアを支部に連れて行く事といざこざの回避だなんて冗談はよしてくれよ。仮にだが百歩譲ってその情報を信用したとしてもだ。連れ帰ってどうする? その後の対応は説明されていない。だから橘、お前達の旨味じゃなくて、その上……その上層部の連中の事を訊いてる」

 その問いに橘は苦虫を嚙み潰した様な顔をし「それは……支部全体、お偉いさん等の意向を今此処で知っておきたいって事だよな……?」

「勿論そうだ、安全と言っても人によっては色々な捉え方があるからな。感染者から守ると言う意味で監禁と言う方法だってある。それなら此処に来る迄はアリアだってある意味安全だったろうな……研究者が大勢居た所だからな。ただアリア自身の自由が無かっただけで」

 目を逸らさないロギアに橘はただ黙ってその意見を訊いていた。水琶とユズルの二人はアリアが居たであろうその環境を想像しその視線をアリアへと向ける。

「ハッキリ言う……俺に関してはともかくとしてお前らもその『термит(サーマイト)(白蟻)』とか言う組織同様、馬鹿げた理想を掲げてアリアに人体実験をするつもりなんじゃないのか?」

 ロギアは一番アリアにとって重要な疑問について率直に切り込んだ。

 例え安全が確実に保障されていなかったとしても、自転車操業の様にギリギリで食料が少ない場所だったとしてもこれだけは応えて貰わなくてはならない。監禁と言う安全など必要性は無く、唯一求めるのは自由なのだから。

「――」
 
 ロギアのその問いに瞠目し橘は考え込んでしまった。水琶もようやくロギアの真意が理解出来たのか、どう反応すればいいか迷った挙句取り敢えず橘へと顔を向ける。

 ロギアは今、目の前に居る連中がどんな立場に居るのか等は関係が無く自分達にそれを証明してくれと無茶難題を押し付けてきたのだ。

 それを証明するには――

「ハハハ、こりゃあそう来たかぁ……悪いがオレにはお偉いさん等の思考なんて判らんな、ただ【セルゲイ・オルバース】が行っていた人権無視の実験はやらない筈だ。もし実験をやるにしてもなるべくお嬢ちゃん等の負担が無い様にすると思うが……だが少年、今考えてるだろうそんなハチャメチャな話が通ると?」

「アンタ等、俺達の安全は保障出来る、みたいな事言って無かったか、その方法が手っ取り早く俺達の要望を確約出来る方法だと思うが……どちらにせよ話し合いで解決するのならこのままダラダラやっても時間の無駄だからアンタ等がそう行動してくれた方が早いんじゃないか? その端末で。悪いがアンタ等には信頼性が無いからな」

「交渉事としてなら嫌な手段だな」

 橘は意外なほど冷静に応え自身のうなじ辺りに手を置く。

「き、気分を害しました」水琶はそう呟くと眉間に皺を寄せる。

 ロギアは二人の様子を伺い目を細めた後、判りやすく肩をすくめた。

「別に構わない。俺とアリアは此処から抜け出してそこから生き残れる様な算段はついてる。怪我人を抱えたそっちと違ってな。それに――アリアは折角自由を手に入れたんだ。例えまた地獄の様な日々に戻る事になったとしても自ら進んでそんな所には行く必要が無い。今現在それ以外に失う物が手元に無い以上出来るだけ抵抗するのは当然の事だろ?」

 ロギアのその台詞にアリアは一度顔が引き攣ったものの、それ以上に相手の表情が固まる一瞬をロギアは見逃さなかった。

「ひ、卑怯です……」

 水琶はロギアの死を恐れようとしないあの戦い方を思い出したのか、身体を震わせ何も良い打開策が見付からず下唇を噛んだ。

「なに……そっちも一度は脅しを使って来たよな? なら、おあいこだ」

 口角を少し吊り上げ口ごもる水琶に向かい言い放つ。 

「――もし此処を無事に切り抜けたとしても危険なのは変わりないぞ。それにその先はどうなるか判らんし、さっきも言ったが支部の他の捜索部隊はオレ等よりも荒っぽい奴が多いから交渉が通じる可能性は低いぞ?」

「まぁなる様になるだろ……」

 その気の抜けた返答に橘はおろか他の二人もついつい無言になってしまった。


「橘隊長、ど、どうします? ……私達に信頼性が無い以上……流石に……」

 水琶は声を潜めながら背後で心配そうに二人を眺めるユズルに視線を向け橘に尋ねた。

「ああ、そうだな。向こうには失う物が無いし少年の実力だってオレには計り知れない。それによく考えたら上層部の奴に直接交渉させれば此処までオレ等の信頼が落ちる事は無かったんじゃないか?」

 最後のその台詞に水琶は怪訝そうに眉を吊り上げる。

 橘は頭を掻き大きく溜息を吐いた後、他の二人に同意を求める様に顔を向け、「交渉事はこれだから嫌なんだなぁ……負けだ負けこっちの。」

 橘は小型の端末を取り出すと面倒そうに相手に話し掛け、数分の時間が経過したのち話が通じたのかその端末をロギアへと差し出した。

「君達が気になっているクリスティアナさんと連絡がついた、上層部でも決定権がある様な人だからな。君達の交渉事が上手くいく様、願っているよ」

「――アリア、こっちに来てくれ」

 ロギアはその端末を受け取るとアリアを連れその場から離れ、橘達が居ない部屋で交渉の続きを再開した。
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