Ninfea

蠍ノ 丘

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オルバース

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『ギチギチ……』 不気味で鳥肌が立つ音が身体の芯から聞こえる様な感覚で不快感と共にアリアは目を覚ました。

 視界に入る景色は変わらない、ただ自身は身動ぎ一つ出来ずにいた。

 拘束はされていない、ただ手術台に貼り付けにされていた時と同じ様に身体が動かない。

 そして眼前に現れた見覚えのある――いや脳裏にこびりつき忘れたくても忘れられない顔があった。

 セルゲイ・オルバース

「あ、ああ……」

 アリアは戦慄しやっと動いた身体は力が抜けペタリとへたり込んでしまう。

「オ、オルバース……」
 その目は冷酷で人を見る目ではなかった。
 それが幻覚なのか実体なのかは関係がなかった。恐怖か、今まで抑えつけていた感情が涙と共に溢れ出てくる。

 後退り背中が壁にぶつかり「ひっ」思わず声が漏れ、顔を背けそのセルゲイ・オルバースを視界から外す。

「嫌ッ――――!」

 
 【オルバース】、その名前を聞いただけで思い出してしまう。決してロギアが悪い訳じゃない事は分かっている。それでもオルバースその言葉が耳に入るだけで身体が硬直し、震えが止まらず顔色が悪くなる。

 同じ瞳の色、髪。意図せずセルゲイ・オルバースとロギアの姿が重なってしまい、頭を振りそんな思考に至った自身を糾弾した。

「――――ロギアは違う! あんな事――ロギアはしない!!」

 彼と彼の父親は違う。そんな事は百も承知だ。

「そんな人じゃないのに――――」

 けれど実験素体にされ、それが積み重なりその記憶が。その経験が此処迄アリア自身心を開けなくなった要因なのだろう。

 【オルバース】その名を聞くだけで、自分の中では憎悪がドップリと溜まっていた。この黒い感情を無くそうとしたものの微塵も消える影すらない。

 名前が同じ、ただそれだけだ。それだけなのに拒否反応を起こし複雑な気持ちを抱き、ロギアに対しての罪悪感が留まる事なく増えていく。

 前から音がした――――

「ひッ!?」
 アリアは両手を前に突き出し「来ないで来ないで来ないで、来ないでッ!!」

 何度も訴え、前にいるであろうセルゲイ・オルバースを拒否する。

 目を瞑り視界を真っ黒にしてもそれが居るのが分かる。


「嫌……いやいや」
 我儘を言う子供の様に何度も呟き、その声が小さくなっていき頭を両手で抱えた――――

 
 
「アリア!」
 突然肩を掴まれその反動でアリアの顔が上がる。


「……ろ、ロギ?」
 心配そうな顔を浮かべるロギアと目が合った。

「ああ、そうだ。ロギアだ。セルゲイは此処にはいない、何処にもいない! だから安心してくれ、落ち着くんだいいか?」
 優しく肩に触れ、そう言葉が紡がれる。

 深呼吸を促され過呼吸だった状態は徐々に落ち着き、ロギアもそんなアリアを見てホッと胸を撫でおろす。

「大丈夫か?」

 頷きその拍子に恐る恐るロギアの肩越しに目をやる。

 そこにはセルゲイ・オルバースの姿は無かった。

 アリアは体力の限界だったのか、全身の力が抜けロギアに倒れ掛かる「うおっ!」俯きロギアの服をすがる様にギュッと握りしめる。

 弱々しく震えるアリアにかける言葉が見付からず、その態勢のままアリアが落ち着きを取り戻す迄ロギアはじっと動かずにいた。



 アリアは慌てて頬を伝う涙を裾で拭う。
「あ、ありがと……ちょっと、こ、こんがらがって……私――――」

 自身が先程、頭に浮かんでしまった考えが過り、ロギアに頼るその余りにも自身の行動の軽薄さに嫌気を抱き手を放し、少しの距離をとる。

「ご、ごめん……なさい」

「いや、気にする事ない。それよりも、もう平気か?」

「うん……」

「んぅ……そうか、またさっきの様にうなされてたら声をかけるかもしれん」
 ロギアはどう対処するべきか悩んだ挙句自分でもよく分からない返答をし、窓から周囲の様子を伺った後、先程迄自分が背を預け寝ていた場所へと戻って行く。



 ロギア・オルバース。彼は違う――――アイツとは。


 口は悪く不器用が目立つ彼だけはアリアの苦しみや孤独がきちんと響き伝わっており、アリアにとってはこの世界で唯一心配してくれる優しさを持っているという事。

 歩くロギアの背を呆然と眺めた。

 にわかに信じられなかった。なんせあんな出会い方をした上、資料まで読んだ。

「どうして……どうして、そんなに優しくなれるの……」

 ロギアの父親と姿を重ねてしまった。例えそれが幻覚だったとしても、自身に浮かんだ感情――余りにも醜く歪んだ物を持った事が許せなかった。


 やがてロギアは自分を捨てるのだろうか――――その時が来るのが怖い




 突然発狂し出した時には驚き身体が飛び跳ねたが、アリアが無意識の内に呟いていた名前、オルバース。十中八九自身の父親の事だと想像がつくが「どうするか……」
 
 それ程のトラウマを植え付けていた事に怒りを感じつつも視線をアリアから外し窓の外へと向ける。

「余り状況は良くないし、なるべく早く専門的な治療は必要……だろうな……」

 マザーとの交渉がこの先どういった結論に行き着くかは今は想像すら難しいが、それすら微かな希望に見えてしまう程、苦しい現状にロギアは堪らず大きく息を吐いた。

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