Ninfea

蠍ノ 丘

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厄介者

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「――――こういう事か……」

 ロギアは絢ノ瀬が妙に低姿勢で注意深く発言していた事について、現状に毒づきながらシャワーで身体に付いた汚れ、傷口を確認しながら洗い落としていく。本来なら久しぶりの水浴び、いやそれよりも何倍も良い温水なのだが、全く落ち着かず気分も良い物ではなかった。

 その理由は簡単で今ロギアは結構広い一見カメラさえ見当たらない個室に入り、そこで衣服を脱ぎシャワーを浴びているのだが不快感を抱く程に身体の隅々にまで多数の視線を感じるからだった。

 ロギアは周囲の壁の向こう側に居ると思われる相手を睨み付ける。
 アリアの方は研究者が言った通り女性の兵士が連れて行った事からも、壁の向こうから監視されていると言うその推測は間違いないと断定出来るが理由はどうあれ他人に裸を見られると言うのはロギアにとって不快でしかなかった。
 シャワーを終え身体を拭き、用意された病衣を着、周囲の兵士に外へと誘導される様廊下へと出るとちょうど病衣に着替えたアリアと鉢合わせした。

「……あ、ロギ……」

「アリア、大丈夫か?」
 勿論その表情は出会った時の様に暗かったがロギアが声を掛けた途端その顔が少しだけ明るくなった気がした。

「強引な処置をしてしまい申し訳ありません、ただこれだけは理解して欲しい。これは貴方達を信頼していない訳では無く、此処で何かが起きてしまうと私達だけの問題では無くなってしまいますので。それに先程の行為に関しましても貴方達だけでは無く、外から入って来た方、程度は違いますが元々此処の住人で外出をしていた方も含め全員似た様な方法で消毒、検査等行っていますので……」

「……ああ」
 ロギアとアリアは絢ノ瀬に促されるまま椅子へと座り、周囲の兵士や他の研究者に見守られながら怪我の事もあり先ずはロギアから処置を受ける。

 絢ノ瀬が治療を施し同時に血液の採取を行いながら二人の此処までの経緯を伺っていると後方の自動ドアが開き年配の偉そうな態度をした大男が数名の兵士を引き連れ入って来た。

「どうだ? 検査は順調か?」
 濁声と共に大男がズカズカと部屋に入って来ると出っ張ったお腹を擦りながら、ロギアとアリアを一瞥し気持ち悪い笑みを浮かべる。

「ん……ええ、これが終わったら後は二人に詳しく事情聴取して橘隊長の指示が出るまで此処で待って貰うつもりです」
 絢ノ瀬は大男に冷たくそう報告すると二人から採取した血液をしまう。

「そうか、それなら丁度時間が空いてる俺達も一人の尋問に助力でもしようか?」
 大男は自らの鼻先を擦りながら笑みを浮かべ言うとその視線がアリアに向く。

「結構です、私がやるので」絢ノ瀬は立ち上がると「もっと落ち着いた所で話しましょうか」
 そう言ってアリアの手を引き、ロギアにも付いて来る様お願いした。

「――ちょっと待てよ、折角情報を聞きつけ協力しに来てやったってのに何だよその態度は?」

 大男は絢ノ瀬とロギア達二人の間にその太い図体をねじ込ませると高圧的に絢ノ瀬に問い質す。

「ですから――」溜息をし反論しようと大男へと顔を向けるが既に絢ノ瀬を見ていなかった。大男はロギアを一瞥した後アリアを嫌らしい目つきで眺める。

「よし、行け」

 大男は必死に抗議する綾ノ瀬を完全に無視し、首を動かしアリアに進む様指示を出す。

 アリアも大男の威圧的な指示に戸惑いながらも、取り敢えず指示に従い歩き出そうとした時「歩けよ!」大男が痺れを切らし再度声を荒げ軽くアリアの背中をどつき、アリアは声が出そうになるのを抑え男を見る。

 ロギアが大男に対して即座に反応する事は無かったが目の前の絢ノ瀬の目を見た。そのロギアの仕草に絢ノ瀬は嫌な不安が頭を過る。

「何だ化物? 撃ってやろうか?」大男はアリアの態度が気に要らなかったのか下品な笑い声を漏らし、首を傾げそんな事を言い放つ。

 絢ノ瀬は大男が橘から直接話を訊いていないにしろその発言と頭の悪さに驚愕する。

「――――ッ!」
 アリアの頭の中で化物と言う単語が響き、衣装やこの場の雰囲気が研究所と重なり恐怖で身体が硬直して足が止まってしまう。

 流石にこの行動にはロギアも大男をジロリと睨み付けた。
  それだけで絢ノ瀬はロギアの空気が一気に変わったのを察し、緊張が走る。即座に反応しないのは現状自分達の立場を理解しているのだろう。しかしそれも限度と言う物がある。

 大男の行為は明らかに度を越しており兵士の一部では自分達が高い立場に居ると言う事だけで傲慢な態度をする輩も居ると話には聞いてはいたが、それだけはこの場で出して欲しくは無かった。橘でもあれだけの大怪我を負ったのだ。取扱一つで自分達なんかいとも簡単に殺されてしまう最悪な可能性すらある。

「ちょっと貴方達ッ!」

 それすら理解出来ずに、この大男は自らの力量すら判断出来ずに容易にこの場を修羅場へと転じてしまう。ロギアの大男を睨み付ける目に、傍に居て肌に感じる程嫌な殺気が灯る。
 それは周囲に居た研究者や橘から忠告を受けていた兵士も感じた様でその表情はどれも引き攣っていた。ただ大男の方が立場が上なのか誰一人として動こうとする気配がない。

 流石にこれ以上は不味いと思い絢ノ瀬は大男の無能さに罵倒を飛ばしたい気持ちになりながら慌てて椅子から立ち上がるが――

「何してるんだ! 行けって言ってん――――」

 お構いなしにアリアを追い立てる様に怒鳴りつける大男がいきなり短い悲鳴を上げながら、その太い図体が吹っ飛んだ。

「――ッ!」

 絢ノ瀬だけでなくその場に居た全員が凍り付き、余りの出来事に動けずに居た。

「なぁ、何だってんだ……」
 呻き声を溢しながら大男がフラフラと身体を起こす。

 大男の頭が現状を把握するよりも早くロギアが大男の持っている拳銃をホルスターから奪い取りその流れで大男の身体を自身の方へと無理矢理向けさせるとその頬を拳銃で二発殴り、そのまま壁に激突した大男を押し付け銃口を腹部へと突き付けていた。

「ひぃッ!?」

「どういうつもりだ――お前?」
 静かだが、ロギアが放つその言葉には確かに苛立ちが含まれていた。

「な、なな何――――」大男も何が起きたのか判断出来ずに目を見開く。

 ロギアは大男の手が腰にあるナイフに伸びた事に気付くと迷い無くその腹部に発砲した。

「ああああああああああああああああああああああッ!!」

 それと同時に拘束から解放された大男が悲鳴を上げ地べたに倒れ込むと、今時間が動き出したかの様に周囲にいる大男の取り巻きの兵士も焦った様に動き始める。
 とにかくロギアを止めようと銃を向ける者、現状が判断出来ずに責任者の絢ノ瀬に視線を送る者。絢ノ瀬の頭の中で橘が言っていた言葉が反芻し、絢ノ瀬が何か行動を起こす頃にはロギアは行動を起こしていた。

 顎に打撃を受け倒れる者、膝に蹴りを貰いバランスを崩す者、とにかくロギアに銃を向けた兵士の殆どが反撃する事無く床に呻き声を上げ倒れ伏していた。

「う、動かな――――」

 ロギアは綾ノ瀬が言い終わる前に机の上に置いてあるペンを掴むと最初の大男の瞳を狙いそのまま突き付け様とした。

「ま、待ちなさい!」絢ノ瀬が咄嗟に声を上げるとロギアの手は止まり角膜迄数ミリ手前の所でペンが止まる。

「ひ、ひぃぃィィィ……」
 男の股間辺りがじわじわと湿りだし、顔もあらゆる液体でぐしゃぐしゃだ。

「……お、落ち着いて……」

「先に言っておく。俺とアリアはお前らの機嫌に応じて好き勝手に扱われるつもりは無い」

「も、勿論――わ、判ってる」
 絢ノ瀬は慎重に一歩後退り横目で銃を下ろす様に促す。

「こんな事をしても良い結末にはならない、自分だけで無くあの子の立場迄危うくするわよ」

「あのままだとアリアが一方的に被害を受けていた、ただの防衛反応だ。それに俺達は捕虜でも無ければお前達が実験用に飼っているモルモットでも無い。この態度がお前達全体の総意だと言うのなら今からでも覆せる。本音を言ったらどうだ? それならば俺も安心出来る。どうせ拘束されるくらいなら此処から暴れてお前等に結構な被害なら与えられる。」

「これはその男だけ――――」絢ノ瀬が反論しようと身を乗り出そうとした時――――

「そ、そうだぁ~! き、貴様ぁ! う、動くんじゃない、手を上げてそこで止まりやがれぇ!」

 この場の状況を何一つ理解出来ない大男の行動に絢ノ瀬は呆れると同時に冷汗が背中を伝う。

 ロギアは大男の警告を無視し、大男に向かって歩き出す。大男の取り巻き立ちも数人程立ち上がり銃口をロギアへと向ける。

 計五人――――

「き、貴様ぁ……止まらんかぁああ!!」

 ロギアが止まらないと判断したのか有ろう事かこの場で大男は発砲した。

 しかし余りにも取り乱していたせいか放たれた弾丸は至近距離にも関わらず大きくロギアから外れ、机の上にある研究機材へと命中し欠片を撒き散らし大きく破損させる。 

 研究機材を壊してしまった事に対して、又身勝手な理由でこの場で発砲した事に関して、ただ傍観しているだけだった他の兵士も流石に不味いと思ったのかロギアではなく頭に血が上り過ぎた大男を取り押さえようとその重い脚を動かそうとし――――――

「そこまでだ!」

 研究室に橘の渋い声が轟いた。背後で自動ドアが開き数名の兵士が部屋に雪崩れ込み、その後ろから来た橘と二人の後輩がその惨状を見て息を呑んだ。
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