Ninfea

蠍ノ 丘

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平穏

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 二日後 ――――午前六時


 風が仄かに吹き肌を撫でる。

 
 穏やかで、平和で――何処となく退屈だと感じられる日常に。

 やっと帰って来たと言うべきだろうか――いや、この場合は連れて来られた、ロギアにとってどの表現で表すのが適切なのか定かでは無かったが、これ迄の不憫で危険な放浪生活が幕を閉じたのは明らかだった。

 高台から見える外とは百八十度違うその風景を眺めながら。

 監視の気配には気になるものの平和にぼんやりと過ぎて行くその時間は、既に失ったであろう過去を見せられている様な言い表せない複雑な感情となり内側から湧き上がって来る。

 “此処に居る事が正しい選択だったのか……アリアがこんな穏やかな時間を享受出来、過去に受けて来た悪夢を少しでも風化させていけるのなら、そうは思うが――”

 ロギア達が此処に訪れ、監視は桐ケ谷尊信(きりがやたかのぶ)と言う青年が常に傍に居たものの二日もの間自由に行動する事が出来た。

 実際に渡されたカードを使用し買い物をしてみたり、街中を散策、住民とも話をしアリアに限っては徐々に顔の硬さは見ない様になり比較的に笑顔が増え今現在は楽しそうに過ごせている。

 そして今日は二人とも此処の連中が慕うマザーなる人物に面会する予定になっており、そろそろ『家』の方まで戻らなければならない。

 “もし仮にアリアが受ける定期的検査と言う物が最低限の負担で済み、この穏やかな状況下で暮らして行く事になった場合――俺には何が出来るのだろう?”

 ロギア自身が決意した最も難解だと思われたアリアの自由は簡単に解決する事になる。

 “それならば親父がアリアに対して行った人体実験の数々への償いは? これからどう責任を取って行くべきなのか”

 現状では全く晴れないモヤモヤ感を持ちながら「俺は――――」力無く声が漏れ、ロギアは呆然と街並みを眺める。

 様々な疑問が頭の中を巡り――暗鬱な空気が重い鉛の様に自身の心へと圧し掛かって来るのを、いつも通りひたすら自身が壊れない様に耐え凌ぐ。

 水美夏夜の手を放してしまった時と同じ様な消失感を胸に抱きながらロギアは『家』への道のりを歩き始めた。




 あれから二日間、このマザーの管轄する地区の代表的な面々と会い、監視はされているがアリアと共に街中を散策した。

 用意されえた住居での暮らしもまだ慣れてはいないが新たに発見した事がある。ロギアよりもアリアの方が環境に慣れるのは早い様だった。いや、何かに集中する事によって嫌な過去を忘れようと必死なのかも知れないが。

「……ん、んしょ……」

 アリアは慣れない手つきでフライパンを動かし菜箸で目玉焼きのズレを修正しようと試みるが形が崩れ酷い有様になってしまった。苦虫をかみ潰した様な表情を浮かべた後、お皿に他の食材と共に盛り付ける。焼き上がったトーストも同様に皿にのせテーブルの上に置き、最後に二つのカップに飲み物を注ぐ。

 それが終わりアリアが壁に掛けられた時計へと顔を移す頃には七時十五分を指していた。

 まさか自分がこんな生活に戻る事が出来る何て夢にも思っていなかった。あの時ロギアと出逢っていなかったら目も当てられない様な悲惨な光景になっていただろう。そう考えるとゾッとする。
 
 此処では一体何をやっていけば良いのか皆目見当が付かない。

 だが何もしないでいるのがアリアにとっては苦悩でしかなかった。そうしていると次から次へとあの頃の記憶が脳裏に鮮明となって思い出されていく。この朝食を支度する行為もその苦悩から少しでも逃れる為の代償行為でしかない。

 アリアのこの朝食作りに関してロギアは何と無く難色を示していたものの、アリア自身が言い出した事もあり余り否定する事無く素直にその意見を呑んでくれた。

「何も自分でそういった事を義務化しなくてもいいだろう」

 アリアの体調等を思ってかロギアはそんな風に声を掛けては来たが、何もせずに苦悩を思い出すのに比べれば多少の眠気何て大した問題では無かった。

「どうかしたか?」
 動きを止め神妙な面持ちになっているアリアに対してロギアが問い掛ける。

「う、ううん……なんでもない……」

 ロギアと居ると安心出来るし、一人で居るよりも落ち着く事が出来る。ただ二人きりになってしまうと話す話題が少ないせいか直ぐに会話が途切れお互いに黙り込んでしまう。

 もっと話をしたいのに、けれど何を話せば良いのか判らない。過去を訊く? いやそれは余りにも無神経過ぎる。かと言ってこれからの話をするといってもマザーと会う迄は正直見当が付かない。

 ロギアもきっとそうだろう。

 急激な生活の変化に加え心の何処かで此の場所に対しても未だに信頼が持てない所に居るのだ。自身でも安心と言うより緊張感の方が強く前へと出てしまいどうしたら良いか判らなくなってしまう。

 そんな何もかも曖昧な状況も相まってか、アリアにとってはこれが夢なんじゃないかそんな様な奇妙な違和感に囚われてしまいそうだった。
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