5 / 50
005
しおりを挟む
二人が初めて出会ったのは、高校の運動会だった。
その時、仁野は一年生で、松田は二年生。
あの日は容赦ない日差しが照りつけ、仁野はクラス代表として五千メートル走に出場することになっていた。
短距離や走り高跳びにもすでに出場していて、心身ともに疲れ切っていた。
――体育科の生徒だからといって、他のクラスメイトからは便利な駒扱い。普段は成績が悪いと見下され、家が裕福だと妬まれ、体格が恵まれていると煙たがられる。
それなのに運動会だけは「駄馬」みたいに全ての種目を押しつけられるのだ。
それでも、いざ競技が始まると全力を尽くしてしまうのが身体に染みついた性分だった。
だが最後の百メートルで転倒し、膝を地面に強打。大きく擦りむき、血がにじみ出す。冷や汗が止まらない。
それでも足を引きずりながらゴールまでたどり着いた。
医務室の前で椅子に座らされ、限界まで抑えていた苛立ちが一気に爆発する。
「……っ、もっと優しくできねぇのかよ!」
消毒液を塗ろうとしていた男子を、反射的に蹴飛ばしてしまった。
その男子はバランスを崩し、床に尻もちをつく。
周りの生徒が息を呑む中、顔を上げたその瞬間――
「……ごめん。もっと優しくする。」
大きな瑪瑙のような瞳が、まっすぐ仁野を見つめていた。
仁野は言葉を失った。
直男だろうが何だろうが、顔のいい奴には弱い。
理不尽に八つ当たりしたのは自分なのに、彼は謝ってきた。しかも、綺麗な顔をして。
どう見ても悪いのは自分のほうだった。
仁野は苛立ちを押し込めるようにこめかみを押さえ、水を仰ぐ。
何も言えずにいると、その男子――松田は再び消毒を続け、終わると小さな声で注意事項を告げて去ろうとした。
胸元の名札には「医務係ボランティア 松田」と書かれていた。
松田が薬箱を片づけていると、仁野はまだ足を引きずりながら立ち上がり、氷水の入ったカップを彼の頬に押し当てた。
「……悪かったな。さっきは八つ当たりした。」
わざとらしく笑ってみせた。冷たさに肩をすくめた松田の仕草が、妙に印象に残った。
その後、二人の交流はほとんどなかった。
LINEを交換したが、たまに挨拶をする程度。
松田から何度か映画やプールに誘われたこともあったが、仁野はいつも断っていた。
それ以来、松田からの誘いはぱたりと途絶えた。
松田が卒業する時には、学校全体が彼の栄誉を称えた。
横断幕には「松田栄選手 優秀賞受賞おめでとう」と書かれ、大々的に掲げられた。
その光景を見て、仁野はLINEで一言だけ送った。
「おめでとう。」
しばらく返事は来なかった。
やがて届いたのは――心のこもった告白だった。
その時、仁野は一年生で、松田は二年生。
あの日は容赦ない日差しが照りつけ、仁野はクラス代表として五千メートル走に出場することになっていた。
短距離や走り高跳びにもすでに出場していて、心身ともに疲れ切っていた。
――体育科の生徒だからといって、他のクラスメイトからは便利な駒扱い。普段は成績が悪いと見下され、家が裕福だと妬まれ、体格が恵まれていると煙たがられる。
それなのに運動会だけは「駄馬」みたいに全ての種目を押しつけられるのだ。
それでも、いざ競技が始まると全力を尽くしてしまうのが身体に染みついた性分だった。
だが最後の百メートルで転倒し、膝を地面に強打。大きく擦りむき、血がにじみ出す。冷や汗が止まらない。
それでも足を引きずりながらゴールまでたどり着いた。
医務室の前で椅子に座らされ、限界まで抑えていた苛立ちが一気に爆発する。
「……っ、もっと優しくできねぇのかよ!」
消毒液を塗ろうとしていた男子を、反射的に蹴飛ばしてしまった。
その男子はバランスを崩し、床に尻もちをつく。
周りの生徒が息を呑む中、顔を上げたその瞬間――
「……ごめん。もっと優しくする。」
大きな瑪瑙のような瞳が、まっすぐ仁野を見つめていた。
仁野は言葉を失った。
直男だろうが何だろうが、顔のいい奴には弱い。
理不尽に八つ当たりしたのは自分なのに、彼は謝ってきた。しかも、綺麗な顔をして。
どう見ても悪いのは自分のほうだった。
仁野は苛立ちを押し込めるようにこめかみを押さえ、水を仰ぐ。
何も言えずにいると、その男子――松田は再び消毒を続け、終わると小さな声で注意事項を告げて去ろうとした。
胸元の名札には「医務係ボランティア 松田」と書かれていた。
松田が薬箱を片づけていると、仁野はまだ足を引きずりながら立ち上がり、氷水の入ったカップを彼の頬に押し当てた。
「……悪かったな。さっきは八つ当たりした。」
わざとらしく笑ってみせた。冷たさに肩をすくめた松田の仕草が、妙に印象に残った。
その後、二人の交流はほとんどなかった。
LINEを交換したが、たまに挨拶をする程度。
松田から何度か映画やプールに誘われたこともあったが、仁野はいつも断っていた。
それ以来、松田からの誘いはぱたりと途絶えた。
松田が卒業する時には、学校全体が彼の栄誉を称えた。
横断幕には「松田栄選手 優秀賞受賞おめでとう」と書かれ、大々的に掲げられた。
その光景を見て、仁野はLINEで一言だけ送った。
「おめでとう。」
しばらく返事は来なかった。
やがて届いたのは――心のこもった告白だった。
12
あなたにおすすめの小説
小石の恋
キザキ ケイ
BL
やや無口で平凡な男子高校生の律紀は、ひょんなことから学校一の有名人、天道 至先輩と知り合う。
助けてもらったお礼を言って、それで終わりのはずだったのに。
なぜか先輩は律紀にしつこく絡んできて、連れ回されて、平凡な日常がどんどん侵食されていく。
果たして律紀は逃げ切ることができるのか。
【完結】好きじゃないけど、付き合ってみる?
海野雫
BL
大学3年の直人(なおと)は、恋愛経験ゼロ。人付き合いは苦手ではないが、誰かを「好きになる」感情がよくわからない。付き合ってる友人たちを見ても、自分には縁のない話だと思っていた。
ある日、部活の後輩である健(けん)が「一緒にルームシェアしませんか?」と持ちかけてくる。引っ越しを考えていた直人は、悪くない条件にOKを出し、ふたりの同居生活が始まる。
快適すぎる日々。健は料理も掃除もできて、適度に距離を保ってくれる最高のルームメイト。
しかしある夜、健がポツリと呟く。
「……元カレ、まだ忘れられないんです」
「ねえ先輩。付き合ってみませんか?――“好きじゃなくてもいいから”」
からかわれていると思いながらも、冗談めかして了承してしまう直人。
それが、まさかの擬似恋人生活の始まりだった。
恋人ごっこなのに手をつないだり、映画を観に行ったり、肩を貸したり。
最初はただの遊びだったのに、直人はだんだん健が笑うと嬉しくて、泣くと苦しいと感じるようになっていく。
一方、健は「直人に本気になってはいけない」と自分に言い聞かせていたが、直人の優しさや真面目さに、次第に惹かれ始める。
擬似恋人から始まった関係は、本物の「好き」に変わるのか?
本気になったとき、ふたりはどう答えを出すのか――。
諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】
カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。
逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。
幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。
友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。
まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。
恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。
ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。
だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。
煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。
レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生
両片思いBL
《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作
※商業化予定なし(出版権は作者に帰属)
この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。
https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。
黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の
(本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である)
異世界ファンタジーラブコメ。
魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、
「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」
そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。
魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。
ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。
彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、
そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』
と書かれていたので、うっかり
「この先輩、人間嫌いとは思えないな」
と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!?
この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、
同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」
とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑)
キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、
そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。
全年齢対象です。
BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・
ぜひよろしくお願いします!
未完成な僕たちの鼓動の色
水飴さらさ
BL
由人は、気が弱い恥ずかしがり屋の162cmの高校3年生。
今日も大人しく控えめに生きていく。
同じクラスになった学校でも人気者の久場くんはそんな由人に毎日「おはよう」と、挨拶をしてくれる。
嬉しいのに恥ずかしくて、挨拶も返せない由人に久場くんはいつも優しい。
由人にとって久場くんは遠く憧れの存在。
体育の時間、足を痛めた由人がほっとけない久場くん。
保健室で2人きりになり……
だいぶんじれじれが続きます。
キスや、体に触れる描写が含まれる甘いエピソードには※をつけてます。
素敵な作品が数多くある中、由人と久場くんのお話を読んで頂いてありがとうございます。
少しでも皆さんを癒すことができれば幸いです。
2025.0808
曖昧な関係
木嶋うめ香
BL
笹川蛍(ささがわけい)はリモートワーク勤務の会社員。
高校からの友達である中村拓(なかむらたく)と一緒に暮らしている。
会社支給のパソコンの交換のため久し振りに会社に出ていた蛍は、コンビニで明日の朝食用の食材と一緒に買ったコーヒーとドーナツを車の中で食べながら、拓と暮らす部屋ではドーナツなんて食べたことなかったなと気がついた。
Xのルクイユ・アートフェスティバル(@RecueilArtFest)様の素敵企画『ルクイユのおいしいごはんBL』に参加中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる