稲荷詣で

斐川 帙

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五、深草別業

(九)

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 芳野は、これまでの会話を聞きながら、正面に座る二人は左が伏見源中納言、右が右衛門督、更に几帳の向こうにはあさつゆとあきおぎが控えているのがわかった。すると、左に控えている恰幅のいい六十代と思しき男は、一体誰だろう。座っている場所や振る舞いから見て、正面の二人よりは、身分の低い人物のように見える。

 ちなみに、右衛門督は藤原信頼、伏見源中納言は源師仲のことである。もちろん、芳野は彼らの名前もどういう人物なのかも知らない。

 また、少しの沈黙が訪れた。すると、伏見源中納言が、その恰幅の良い六十代と思しき男に「江州ごうしゅう、そろそろ。」と声を掛けた。それで事を理解したのか、男は、芳野に向かって、小声で「これよりは、ご遠慮願いたい。」と言った。芳野は、出ていけということかと理解して、そっと立ち上がって、リュックを手に取ると、簾より外へ出た。やっと解放されたと、芳野はほっとした。芳野にとって、今の時間は、あまり心地いい時間ではなかった。

 簾の外には、ここまで案内してくれた男が待っていた。「こちらへ、どうぞ。」と言うと、「遠回りになり申し訳ないが。」と前置きをして、寝殿の簀子を西に向かい、中門廊を通り抜けて西の対の簀子に出ると、西の対の周囲を巡るようにして、西の対の北面の簀子まで歩き、そのまままっすぐ進んで、北の対の西庇にしびさしに妻戸を開けて入った。ここまで案内すると、男は、「南庇にお控えください。」と言って、帰ろうとしたので、芳野は呼び止めて、「南庇って、どこですか?」と尋ねると、男は、「こちらを進んで、すぐに左に行って、中央辺りに。」と言って、出て行った。芳野は、男の言う通りに進んで、南庇の中央にリュックを置いて、北向きに腰を下ろした。母屋には簾が垂れていた。簾の向こうに人の気配があった。
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