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五、深草別業
(十五)
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近江守は大国の受領を歴任して裕福である。右衛門督と知り合いである。右衛門督は、よくこの屋敷に来る。少納言入道という人物とも知り合いである。その縁で弟が高階の弁成兼の娘を妻とした。その弟は(話しぶりから察するに)あさつゆの父であり、成兼の娘はあさつゆの母である。少納言入道は、今、皇位継承や荘園整理、大内?の復興など、いろいろと政治的に活躍している。以上が、あきおぎの話から、芳野が理解したことの全てだ。ちなみに「大内」とは内裏のことを指す。度重なる火災で焼失した内裏の再建をおこなっているという意味である。
しかし、芳野には、知らない人物ばかりで、耳なじみのない言葉も出て来て、はっきりとよく理解できているわけではない。しかし、これ以上詮索しても、また、わからない名前が出てきて、きりがなくなりそうなので、一旦やめにして、尋ねたいことのネタも尽きたので、芳野は沈黙した。すると、あさつゆは、「あきおぎ。」と意を含んだ言い方で名前を呼んで、自らの局に戻るよう仄めかした。あきおぎは、意を汲んで、小さく頷くと、扇で顔を隠しながら几帳の脇から出て来て、隣の局に入って行った。それを見計らったように、あさつゆは、几帳の脇ににじり寄って、扇で口元を隠しながら、芳野を小さな声で呼んだ。芳野は更に几帳の側に近づいて座りなおした。
「あきおぎの父は、当家に長年仕えた目代で、働きはまめやか、身の才賢く、弁などもあり、父上も大層、御重宝なさっていたのですが、先年、病を得て、亡くなりました。」
『才賢い』とは学才が優れているという意味であり、『弁がある』とは事務処理の能力に長けているという意味である。目代は国守の代理で実務をこなす専門の人間なので、帳簿や各種公文書の読み書きができなければならず、任国で徴収された各種税目の計算もできないといけない。
「残された妻は、他の男に通われて、屋敷を別にして移って行きました。もともと、あきおぎは、産まれてすぐに母を亡くしておりまして、今、身寄りがいない境遇になっております。それで、父上が、養い子として御引き取りになったのだけれど、これからのことを思うと、誰か頼れる後ろ見など。」
あさつゆは、意味ありげに黙った。芳野には、それが何を言わんとしているのか、察しがつかなかったので黙っていた。すると、「あきおぎ、こちらへ。」と言って、あきおぎを呼び戻した。あきおぎは、また、扇で顔を隠しながら自分の局から出て来て、あさつゆの局の傍らに控えた。芳野との距離も近かったので、小柄でかわいらしい女性が扇で顔を隠しながら俯き加減で側に控えている、その愛らしい存在感に吉野の心は、ちょっと、さざめいた。
あきおぎが近くに控えたのを感じ取ったあさつゆは、あきおぎにも聞こえるように、芳野に向かって、こう言った。
「もし、寝屋、お寂しければ、あきおぎを召しませ。」
とりあえず、芳野は「ええ。」とうなずいたものの、あまり、その言葉の深い意味に気が回らなかった。何か退屈なことがあれば、あきおぎを呼びつけて、何かしら遊びの相手でもしてもらってくれと言うことなのかと、その程度に考えていたが、あきおぎが急にうつむいて恥ずかしそうに身を縮めているのを見たとき、何か他の意味があるのかと不審の念に駆られた。芳野はあきおぎの表情を盗み見たが、それ以上の意味を尋ねる勇気はなかった。
あさつゆは、そう言って、「では。」と言うと、衣擦れの音がして、局の奥に移動したように思えた。これで話を切り上げたと言うことなのだろう。芳野も、きりがいいので、用意された部屋に戻ることにした。あきおぎも自分の局に戻って行った。
しかし、芳野には、知らない人物ばかりで、耳なじみのない言葉も出て来て、はっきりとよく理解できているわけではない。しかし、これ以上詮索しても、また、わからない名前が出てきて、きりがなくなりそうなので、一旦やめにして、尋ねたいことのネタも尽きたので、芳野は沈黙した。すると、あさつゆは、「あきおぎ。」と意を含んだ言い方で名前を呼んで、自らの局に戻るよう仄めかした。あきおぎは、意を汲んで、小さく頷くと、扇で顔を隠しながら几帳の脇から出て来て、隣の局に入って行った。それを見計らったように、あさつゆは、几帳の脇ににじり寄って、扇で口元を隠しながら、芳野を小さな声で呼んだ。芳野は更に几帳の側に近づいて座りなおした。
「あきおぎの父は、当家に長年仕えた目代で、働きはまめやか、身の才賢く、弁などもあり、父上も大層、御重宝なさっていたのですが、先年、病を得て、亡くなりました。」
『才賢い』とは学才が優れているという意味であり、『弁がある』とは事務処理の能力に長けているという意味である。目代は国守の代理で実務をこなす専門の人間なので、帳簿や各種公文書の読み書きができなければならず、任国で徴収された各種税目の計算もできないといけない。
「残された妻は、他の男に通われて、屋敷を別にして移って行きました。もともと、あきおぎは、産まれてすぐに母を亡くしておりまして、今、身寄りがいない境遇になっております。それで、父上が、養い子として御引き取りになったのだけれど、これからのことを思うと、誰か頼れる後ろ見など。」
あさつゆは、意味ありげに黙った。芳野には、それが何を言わんとしているのか、察しがつかなかったので黙っていた。すると、「あきおぎ、こちらへ。」と言って、あきおぎを呼び戻した。あきおぎは、また、扇で顔を隠しながら自分の局から出て来て、あさつゆの局の傍らに控えた。芳野との距離も近かったので、小柄でかわいらしい女性が扇で顔を隠しながら俯き加減で側に控えている、その愛らしい存在感に吉野の心は、ちょっと、さざめいた。
あきおぎが近くに控えたのを感じ取ったあさつゆは、あきおぎにも聞こえるように、芳野に向かって、こう言った。
「もし、寝屋、お寂しければ、あきおぎを召しませ。」
とりあえず、芳野は「ええ。」とうなずいたものの、あまり、その言葉の深い意味に気が回らなかった。何か退屈なことがあれば、あきおぎを呼びつけて、何かしら遊びの相手でもしてもらってくれと言うことなのかと、その程度に考えていたが、あきおぎが急にうつむいて恥ずかしそうに身を縮めているのを見たとき、何か他の意味があるのかと不審の念に駆られた。芳野はあきおぎの表情を盗み見たが、それ以上の意味を尋ねる勇気はなかった。
あさつゆは、そう言って、「では。」と言うと、衣擦れの音がして、局の奥に移動したように思えた。これで話を切り上げたと言うことなのだろう。芳野も、きりがいいので、用意された部屋に戻ることにした。あきおぎも自分の局に戻って行った。
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