稲荷詣で

斐川 帙

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五、深草別業

(十四)

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 細殿のつぼねから「もし。」と声が聞こえた。あきおぎの声のようだった。「こちらへ。」と近くに来るよう促された。
 細殿の各局の左右は障子で区切られていたが、局の正面には几帳が置いてあった。芳野は、声のする局の几帳の前まで近づいて腰を下ろした。中に入るのは躊躇われた。
「本日は稲荷山の登山、先導してくださり、かたじけないことと存じます。」
 あさつゆの声だ。あきおぎの声が聞こえた局と同じ局から聞こえた。二人は同じ局にいるようだ。今夜は同衾なのだろうか、それとも、あさつゆの世話が一段落ついた後で、あきおぎは自分の局に移って就寝するのか。
「いえ。思わぬ連れができて、私の方も楽しかったですよ。」とお世辞を言った。
 ここで芳野はいろいろと聞きたいことを聞いてみようかと思った。
「色々聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「聞きたいこととは、どのようなことでしょう?」とあきおぎが答えた。
「先程の正面に座っていた二人の方なんですが、右衛門督様と伏見源中納言様と呼ばれていらっしゃったと思うのですが。」
「ええ、そうです。」
「よく、こちらには来られるのですか?」
「伏見源中納言様は、伏見の御所領にお屋敷を構えていらっしゃって、このところ、右衛門督様が足しげく訪れていらっしゃる御様子で、時折、この深草の近江守様の別業にも顔をお出しになられております。伏見と深草は、さほど離れてはおりませんので、中納言様も右衛門督様も日々の御慰みにお寄りいただいているのではと存じます。御酒ごしゅを召されて、遊女あそびめなども呼ばれて、管弦詩歌の御遊びをなさっていることもあります。」
「右衛門督様の方はお若く見えたのですが。」
「ええ、右衛門督様はまだ二十代と伺っております。院の御寵愛、それは、それは、目覚ましく、この頃の御昇進は目を見張るばかりでございます。」
「もう一人、左側にいらっしゃられた方はどなたですか?」
「近江守様のことでしょうか?」
「あの方が近江守なんですか。このお屋敷のあるじということですね。」
「そうですね。近江守様は姉上の伯父に当たるお方で、鳥羽の院の御時、大国の受領をあまた賜って、たからも多く積み、徳もいかめしく、櫛笥くしげの本邸の他に、この深草の別業も、それは立派なお屋敷でございます。保元の逆乱の時は、院のおそば近くお仕えなさって、その縁で右衛門督様ともお知り合いになり、このように、時折、深草の別邸にも立ち寄られるようになりました。また、鳥羽の院の御時には、学識深く、法にも明るい、少納言入道様との知遇を得て、そのご縁もあり、御弟君でいらっしゃる駿河守様の北の方は高階たかしなの弁成兼なりかぬの姫君でございます。姫君の母上でございます。少納言入道様は、院の御譲位の儀にも関わったと言うお噂を耳にしております。今は諸国の荘園のことや大内おおうちの御復興など朝儀のあるべき姿の復活にご尽力なされていて、それは立派な方でございます。」
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