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六、猪隈殿
(十三)
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会話が一段落つく瞬間を狙っていたのか、簀子で控えていた男が、一瞬の間が空いたのを見逃さず、「近江守様からの御使者が申し上げたいことがあるとのことです。」と伝えた。
駿河守は視線を男に向けると、「呼べ。」と一言、命じた。
男は承知すると背後を向いて、こちらからは死角になって見えないところに控えていた男に、簀子の中央に移るよう促した。簀子の中央に移ってきて平伏した男は、先程、騎馬で供奉していた二人の郎等のうち、立烏帽子の方の男だった。弓箭や太刀は身に帯びていないので、どこかに置いてきてから来たのだろう。
郎等は平伏しながら、
「お人払いを。」と抑えた声で一言だけ言った。
開口一番、挨拶も自己紹介もなく言ったので、場の空気がぴりっとしたのを感じた。駿河守は気分を害したのか、郎等の言葉を意に介さず、
「構わん。ここで申せ。」と感情を抑えるように急かした。
しかし、郎等は引き下がらず、再び、
「どうかお人払いを。」と繰り返したが、平伏したまま、喋っているため、くぐもりがちの声で、若干、聞き取りにくい声になっていた。
だが、二度もしつこく言われたため、駿河守も、多少、不機嫌ながらも、さすがに、深刻な話なのかと思い始め、
「そんなに重大なことなのか?」と、平伏する郎等に尋ねた。
「天下を揺るがす一大事でございます。」
「まあ…」と、驚く声が簾や几帳の向こうから漏れ聞こえた。
郎等を案内した後、簀子の定位置に戻っていた男も、驚いたのか、険しい目つきをして、郎等を睨むような感じで注視していた。
一体、何を、この男は言い出したんだ?という空気が満座に満ちた。
一方、駿河守は少し考える素振りを見せたが、「近くに参れ。」と、手に持っていた扇で手招いて、南庇の母屋との境の際まで来させて座らせた。芳野は郎等のために左に動いて座り直した。
「話してみよ。」
郎等は、ここで始めて体を起こすと、簾や几帳の方に目を遣って、できれば御退室願いたいと思っているのを全身に醸し出しながら言い出すのを渋っていたが、誰も動きそうにない雰囲気を悟って、覚悟を決めたように話し出した。
「では、皆様方には、くれぐれもご内密にしていただきますよう。」と前置きをして、
「右衛門督様、左馬頭様を語らって、少納言入道様を御討ちになるとのこと。一両日中に事が起こるとのこと。」と、伝えるべきことだけを簡潔に述べた。
駿河守は、一瞬、話の内容が理解できなかったのか、「えっ?」と聞き返したが、すぐに、理解が追いついて、確認した。
「右衛門督様が入道殿を御討ちになる?」
「そうでございます。」
「それは、無茶苦茶な話だ。あり得ん。」と言ったものの、駿河守には慥かに思い当たる節はあった。しかし、現実に行動に移すとは想像できないことであった。郎等も、それ以上のことは聞かされていないので、黙っていた。
駿河守は、その「思い当たる節」を郎等にぶつけてみた。
「右衛門督様は、最近、伏見源中納言様のお屋敷で武芸の稽古をなさっているとの噂は耳にしていたが…。」
郎等は駿河守の顔をまっすぐに見ていた。
「討つと言うのは本当なのか?」
「我が主が、右衛門督様、伏見源中納言様より、直接、伺った話のようでございます。」
駿河守は溜息をついて、「信じられん…。」と呟くように言った。
重苦しい沈黙が流れた。
この重苦しい沈黙に耐えられなかったのか、駿河守は空気を変えようと、郎等に質問をした。
「ところで、今の左馬頭とはどなたであったか?」
庇にいる郎等に尋ねたが、適切な答え方が思いつかず、言い澱んでいる先を制して、簀子に控えていた男が代わりに答えた。
「下野守《しもつけのかみ》様が御兼任されております。」
駿河守は、そう言われて、左馬頭が誰なのかわかったのか、急に血の気が失せたようだった。
駿河守は視線を男に向けると、「呼べ。」と一言、命じた。
男は承知すると背後を向いて、こちらからは死角になって見えないところに控えていた男に、簀子の中央に移るよう促した。簀子の中央に移ってきて平伏した男は、先程、騎馬で供奉していた二人の郎等のうち、立烏帽子の方の男だった。弓箭や太刀は身に帯びていないので、どこかに置いてきてから来たのだろう。
郎等は平伏しながら、
「お人払いを。」と抑えた声で一言だけ言った。
開口一番、挨拶も自己紹介もなく言ったので、場の空気がぴりっとしたのを感じた。駿河守は気分を害したのか、郎等の言葉を意に介さず、
「構わん。ここで申せ。」と感情を抑えるように急かした。
しかし、郎等は引き下がらず、再び、
「どうかお人払いを。」と繰り返したが、平伏したまま、喋っているため、くぐもりがちの声で、若干、聞き取りにくい声になっていた。
だが、二度もしつこく言われたため、駿河守も、多少、不機嫌ながらも、さすがに、深刻な話なのかと思い始め、
「そんなに重大なことなのか?」と、平伏する郎等に尋ねた。
「天下を揺るがす一大事でございます。」
「まあ…」と、驚く声が簾や几帳の向こうから漏れ聞こえた。
郎等を案内した後、簀子の定位置に戻っていた男も、驚いたのか、険しい目つきをして、郎等を睨むような感じで注視していた。
一体、何を、この男は言い出したんだ?という空気が満座に満ちた。
一方、駿河守は少し考える素振りを見せたが、「近くに参れ。」と、手に持っていた扇で手招いて、南庇の母屋との境の際まで来させて座らせた。芳野は郎等のために左に動いて座り直した。
「話してみよ。」
郎等は、ここで始めて体を起こすと、簾や几帳の方に目を遣って、できれば御退室願いたいと思っているのを全身に醸し出しながら言い出すのを渋っていたが、誰も動きそうにない雰囲気を悟って、覚悟を決めたように話し出した。
「では、皆様方には、くれぐれもご内密にしていただきますよう。」と前置きをして、
「右衛門督様、左馬頭様を語らって、少納言入道様を御討ちになるとのこと。一両日中に事が起こるとのこと。」と、伝えるべきことだけを簡潔に述べた。
駿河守は、一瞬、話の内容が理解できなかったのか、「えっ?」と聞き返したが、すぐに、理解が追いついて、確認した。
「右衛門督様が入道殿を御討ちになる?」
「そうでございます。」
「それは、無茶苦茶な話だ。あり得ん。」と言ったものの、駿河守には慥かに思い当たる節はあった。しかし、現実に行動に移すとは想像できないことであった。郎等も、それ以上のことは聞かされていないので、黙っていた。
駿河守は、その「思い当たる節」を郎等にぶつけてみた。
「右衛門督様は、最近、伏見源中納言様のお屋敷で武芸の稽古をなさっているとの噂は耳にしていたが…。」
郎等は駿河守の顔をまっすぐに見ていた。
「討つと言うのは本当なのか?」
「我が主が、右衛門督様、伏見源中納言様より、直接、伺った話のようでございます。」
駿河守は溜息をついて、「信じられん…。」と呟くように言った。
重苦しい沈黙が流れた。
この重苦しい沈黙に耐えられなかったのか、駿河守は空気を変えようと、郎等に質問をした。
「ところで、今の左馬頭とはどなたであったか?」
庇にいる郎等に尋ねたが、適切な答え方が思いつかず、言い澱んでいる先を制して、簀子に控えていた男が代わりに答えた。
「下野守《しもつけのかみ》様が御兼任されております。」
駿河守は、そう言われて、左馬頭が誰なのかわかったのか、急に血の気が失せたようだった。
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